(21)両家の悲喜こもごも、再び

「今日はお邪魔します。デニーおじさん、マーサおばさん」

 ローダスとシレイアが揃って休みの日。夕食の席に招かれたカルバム一家は、ローダス家に出向いた。手土産を差し出しながら笑顔で挨拶してきたシレイアに、デニーも笑顔で応じる。


「ああ。ゆっくりして行ってくれ、シレイア。ノランとステラもな」

「今日はレナとカリンも来ているのよ。ちょっと大人数になってしまってごめんなさいね」

「いえ、そんな事は気にしないでください」

 夫の横からマーサも笑顔で口を添えたが、シレイアは笑顔のまま首を振った。次いで、彼女の斜め後方に立っていた女性達に視線を向ける。


「久しぶりにお二人に会えて、嬉しいです! レナさんとは、マルス君を出産した後にお見舞いに行ったのが最後でしたね。うわぁ、マルス君、すっかり大きくなりましたね!」

「ええ。もうそろそろ伝い歩きをしそうで、目を離せなくて大変なの」

「カリンさんとは、ウィルス兄さんとの結婚式でお会いして以来です。ご無沙汰しています」

「シレイアさん、お久しぶりです。私も会えて嬉しいわ」

 そこでシレイアは、その日、妻子連れで実家に戻っていたレナードとウィルスに向き直り、少し茶化すように言ってのけた。


「もぅ~! レナード兄さんもウィルス兄さんも、こんな美人で優しい奥さんを貰って果報者よね!」

「あ、ああ……」

「そうだな……」

「…………」

 共に微妙に引き攣った笑みを浮かべた兄二人を、ローダスは無言なまま微妙な顔で見やった。

 それから全員が席に着き、料理を食べ始めたところで、デニーが徐に口を開いた。


「ええと、それではだな。今日皆に集まって貰ったのは、ローダスとシレイアの事なんだが……」

「それと、私達の移住が決まったのでな。その報告の場も兼ねているんだ」

 ここでさらりと割り込んできたノランを、デニーが慌てて制止しようとする。


「おい、ノラン! 今、その話を持ち出さなくても良いだろう!?」

「どうしてだ? 休暇から戻ってシレイアとローダスが揃っているし、今日正式に決まったし問題ないだろう?」

「正式に決まったって、何の話?」

 唐突に名前を出されたシレイアが、思わずと言った感じで口を挟んだ。それを見たデニーが「あ」とか「う」とか何やら言いかけたのを全く気にしないまま、ノランが話を続ける。


「アズール伯爵領に、新しい教会を作る事が決定してな。私が、そこの総責任者に選任された。今年中に移住して、一から教会とその付属施設を作る事になる」

「ええ?」

「どうしてそんな事に?」

「元々アズール伯爵領にも、国教会所属の教会はあるのでは?」

「そこに移籍する話ではないのですか?」

 ノランの話を聞いたその場の殆どの者は、揃って怪訝な顔になった。しかしデニーだけは、何やら必死に食い下がる。


「ノラン! それはローダスとシレイアには関係のない話で!」

「それはアズール伯爵、つまりエセリア様が、国王様と王妃様との謁見時に公にした擬似職業体験テーマパークに、国教会も参画するのが決定したからだ」

「……はい?」

「ええと……、何と言われました?」

「すみません、何を仰っているのか……」

「あなた、分かる?」

「いや、分からん」

 益々困惑を深める面々に、ノランは冷静に説明を続けた。


「つまりだ。エセリア様が考案された職業選択意識改革特区構想に国教会は全面的に賛同し、協力を惜しまないのを確約したのだ」

「だから、その話は総主教会内で協議する内容で!」

 デニーは必至の面持ちで軌道修正を図ろうとしたが、ここでシレイアが盛大に話に食いついた。


「お父さん、それ、どういう事!? 全くの初耳なんだけど!?」

「ああ、シレイアがこの前エセリア様にお会いした時、そこまでは話題が出なかったんだな。よし、事細かく教えてあげよう」

「ノラン! いい加減に!」

「デニーおじさん!! すみませんが、少し黙っていてもらえませんか!?」

「……すまん」

 総大司教だろうがなんだろうが、邪魔する者は容赦しないと言わんばかりの形相でシレイアに一喝されたデニーは、抵抗を完全に諦めて沈黙した。その様子を目の当たりにした息子と嫁達は、唖然としながら事の成り行きを見守る。


「凄い……、シレイアがお義父様を問答無用で黙らせたわ……」

「さすが……。官吏を立派に務めるだけあるわね」

「感心している場合か……」

「なんか、今日も話にならない気がひしひしと……」

「…………」

 兄達と同様、今日こそはもう少し結婚に向けての具体的な話を進めていきたいと目論んでいたローダスは、がっくりと肩を落とした。そんな中、ノランの落ち着いた声での詳細な説明が続く。


「そういうわけでアズール伯爵エセリア様は、アズール学術院建設予定地周辺に、家業以外の職業の理解の一助とし、先入観と蔑視感情の解消を目的とした小さな町を丸々一つ作り上げ、そこを観光拠点として雇用を創出し、更には有能な人材を流入させるという、凡人には到底思いつく筈もない壮大な構想をお持ちでいらっしゃるんだよ。先日、総主教会にお出でになった時、幹部が居並ぶ席でそれをご披露されたんだ。それを聞いた時の、私の感動と興奮が分かるかい?」

 ノランは最後に、満面の笑みで話を締めくくった。それと同時に、それまで無言で父の話に聞き入っていたシレイアが、歓喜の叫びを上げる。


「勿論よ、お父さん!! すごいわ!! 私、感動して涙が出そう!!」

 それに負けじと、ステラも声を上げた。


「シレイアもそう思うわよね!? その日、帰って来たノランから聞いて、私なんか年甲斐もなく泣いてしまったもの。それで何としてでも、アズール伯爵領への異動を認めさせるのよって焚きつけたわ」

「あ、だから、アズール伯爵領の新しい教会に選任されたのね! それで聖職者の疑似体験ができる教会の付属施設得を、お父さんの指揮で一から作るってことなのね!?」

「その通り。私は元々、総主教会では従来の記録や保管文書の管理担当の大司教だからな。逆に言えば、記録されている各業務や行事内容に最も精通しているとも言える。それで全く新しいこの試みに、最もふさわしいのは私だと幹部会議で主張して、正式に認められた」

「……殆ど無理矢理だったがな」

 半ば不貞腐れつつ、デニーは幹部会議が紛糾した事実を告げた。しかしそれが耳に入らなかったシレイアは、笑顔のまま激励する。


「凄い! お父さん、頑張ってね!」

「シレイアもそうだろう?」

「え? どうして?」

「これから何もない土地に、小さいとはいえ一から町を作り上げるんだぞ? 主体はアズール伯爵、シェーグレン公爵家だが、都市計画や建設運用とかのノウハウは民政局でも十分蓄積があるだろう?」

 その指摘に、シレイアは軽く目を見開いた。そして今まで以上に満足げに頷いて応じる。


「そういえばそうよね!? 確かに民政局の業務範囲に入っているわ! そうなると、アズール学術院そのものも、そのテーマパーク建設と運営に係る可能性もあるし、ますますやりがいがありそう!」

 そう叫んでますます自分の仕事に意欲を燃やすシレイアに、キリング家の者達は誰も余計な口を挟めなかった。










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