(22)ノランの指摘

「いい加減にしてくれないか!?」

 カルバム家の者だけが大盛り上がりの中、ローダスの鋭い叫び声が上がった。それを耳にしたシレイア達は、驚いて彼に目を向ける。


「え?」

「はい?」

「ローダス? いきなりなんなの? 大声を上げて」

「さっきから大声で騒いでいるのはそっちだろう!? どうして静かに話ができないんだ!?」

 憤慨しながらの指摘に、さすがに他人の家で羽目を外し過ぎたと自覚したシレイア達は、揃って頭を下げた。


「確かに、お呼ばれした場で騒ぎ過ぎたわね。デニーおじさん、マーサおばさん、大変失礼しました」

「確かに、年甲斐もなく騒ぎすぎたな。面目ない」

「ごめんなさいね。エセリア様のお考えが凄すぎて、口にするとつい興奮してしまって」

「あ、ああ、いや、気にしなくて良い」

「本当にエセリア様の非凡さは、私達には想像もできないくらいだもの」

 三人揃って謝られ、デニーとマーサも安堵しながら友人一家を宥めた。するとローダスが、呆れ気味に会話に割り込んでくる。


「分かったなら、少しは話を進めたいんだが」

 しかしそれを聞いたシレイアは、不思議そうに問い返した。


「話って、何の話を進めるって言うの?」

「はぁ!? 決まってるだろう! 俺達の結婚に関しての話だよ!!」

「だから、何に関しての話?」

 まだ要領を得ない顔つきをしているシレイアに対し、ローダスは本気で苛立った様子で叱りつけた。


「シレイア! ふざけているのか!? 俺と結婚するって言ったよな!?」

「言ったけど。それで?」

「結婚するとなったら、まず結婚式の準備とかしないといけないだろうが!!」

「どうして真っ先に、結婚式をしないといけないわけ?」

「何を言ってるんだ! ドレスを着て皆から祝福される結婚式は、女の夢だろう!? だから俺は、お前のために、万人から喜んで貰って羨ましがられるような結婚式を挙げるにはどうすれば良いのか、父さんと母さんにも相談して色々考えているのに! 結婚が決まってからというもの、お前ときたらまともにその話し合いの機会を持たないし、仕事が忙しいと会う事すらなかなかままならないし、いい加減にしろよ!?」

「ローダス、気持ちは分かるが言い過ぎだ」

「いきなり怒鳴りつけなくてもよいだろう」

 これまで積もり積もっていた不満を、ローダスはここで一気にぶちまけた。さすがに家族達は彼を制止しようとしたが、ここでシレイアが冷え切った声で言葉を返してくる。


「……ローダス。あなた何を言ってるのよ」

「はぁ!? 俺の考えが間違っているっていうのか?」

「あなた、結婚を何だと思ってるの? 人生のゴールだと思っているわけ? この先の人生がどん詰まりで、今後いい事なんか一つもないって分かっているのなら、有終の美を飾る意味で盛大なドレスを着て、幾らでも散財してあげるわよ。いつ死んでも心残りのないようにね」

「なっ!?」

「私はそうじゃなくて、人生の新しいスタートだと思ってるわ。それに向けての準備を、着々と進めている最中よ。学術院の派遣を見据えて、今担当している仕事をいつまでに誰に引き継ぐかを考えて、その準備を進めているし、向こうに派遣されたら必要になる資料などのリストも作って、分冊や複写も検討している所だし。移籍も関係してくるけど引っ越しとなたら荷物をどの程度まとめて整理しないといけないかまで、仕事の合間に精査している段階よ。第一、結婚の具体的な話は、どうしてもアズール伯爵領に移ってからの話だと思っていたけど?」

「それはそうかもしれないが!! アズール伯爵領に移ったら、結婚式に親戚や友人知人を招待するのも大変だろうが! だから王都にいる間に結婚式を挙げておけば、好きなだけ呼びたい人間を招待できるだろうから、お前が喜ぶと思ってだな!」

 尚も必死に言い募ったローダスだったが、そこでシレイアが眼光鋭く問いを発する。


「さっきから気になっていたんだけど。その『お前のために』とか『お前が喜ぶ』とか、一方的に押し付けないで貰えないかしら。単なるそっちの自己満足じゃないの? それに、どうして私が王都で大勢招待客を招いて盛大に結婚式を挙げれば喜ぶと、決めつけているわけ? その根拠は?」

「いや……、だって、大抵はそうだろう……」

 気圧されて自信なさげに反論したローダスだったが、シレイアは容赦しなかった。


「それなら鄙びた地方で、招待客なんか皆無で、満足な花嫁衣装も着られないような結婚式をした花嫁って、あなたの感覚だと全然結婚を喜ばない、不平不満の塊で超絶不幸な花嫁ってことになるのね。そもそも結婚式だって挙げない夫婦だっているのに、そういう人達は漏れなく不幸という主張に聞こえるのだけど?」

 そのシレイアの台詞に、ノランとステラは無言でローダスを凝視し、デニーとマーサはある事に気がついて微妙に狼狽する素振りを見せた。


「別に、そこまで極端な事は言っていないが……。大体、シレイアは総主教会の大司教の娘で、金銭的にも余裕がある家なんだから、それくらいはきちんとしないとおじさんやおばさんの対面というものがあるだろう」

 言い負かされたくないとローダスは抵抗したが、ここで反論したのはシレイアではなくノランだった。


「別に私は娘の結婚式で自分の権勢を誇ったり、体面を保つつもりは無いからシレイアがやりたいようにさせるつもりだ。私は昔から、娘の判断を尊重するつもりだからな」

「ですが! おじさんだってシレイアの生活を全面的にサポートするつもりで、移住することにしたんですよね!?」

 むきになって指摘したローダスだったが、ノランは冷静に言葉を返す。


「何から何まで手を出すつもりはない。本当に困って、手助けが必要な時だけ助力するつもりでいた。この前話した時に、それは伝わったと思っていたのだが……。基本的にはシレイアと君で、勤務を続けながらも滞りなく生活を維持しなけれなならない。そこの所を、君はどう考えているのかな?」

「あ、いえ、それは……。実際に結婚すれば、それなりになんとかなるのでは……。シレイアは今は寮生活をしていますが、家では家事は普通にしていると聞いていますし」

「それでは君は、家の中で何をするのかな?」

「え? 何をって……」

「シレイアが家事をするなら、その間、君は何をするのかと尋ねている」

「その……、洗濯業は外注できますよね? エセリア様の事業計画で」

「答えになっていないな。 家事は洗濯だけではないと思うが」

「それは……、家政婦を雇うくらいの給与はありますので……」

「住み込みで雇うわけにもいかないだろう。家政婦がいない時間帯はどう過ごすのかと聞いている」

「…………」

 怒るでもなく、淡々と、静かな口調で問いを重ねてくるノランに、ローダスは完全に反論を封じられた。そんな彼を、シレイアは怒る以前に呆れて眺めていたが、ここでノランに続いてステラが参戦してきた。


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