(23)ステラの止め

「あなた。それくらいにしてあげて? ローダスはそこら辺の若者と比べればはるかに優秀な若者だとは思うけれど、秀逸過ぎて画期的な意識をお持ちのエセリア様と比べたら、ただの凡人と大差ない程度なのだから。年長者として、あまり若い人をいじめるものではないわ」

 口調だけは穏やかに、しかし目が全く笑っていない妻を見て、長年連れ添っているノランは明確な危機感を覚えた。そのため、控え目に意見してみる。


「……お前も、あまりいじめない方が良いと思うが」

「あら、何の事?」

「…………」

 にこりと微笑まれたノランは、これ以上下手に刺激しない方が良いと判断し、口を噤んだ。


「先程からあなたの話を聞かせて貰ったけど、なかなか面白かったわ。特に結婚式がどうとか言っていた辺りが」

「え? あの……、それはどういう意味でしょう?」

 困惑気味に言葉を返したローダスだったが、ここで先程から顔色を悪くしていたレナードとウィルスが、囁いてくる。


「ローダス。お前、覚えていないのか?」

「ノランおじさんとステラおばさんは……」

「……っ」

 そこでローダスは、漸くステラが元々豪商の出身だったが、ノランとの結婚を反対されて駆け落ち同然で結婚した挙句、実家から勘当されていたのを思い出した。当然、当時のごたごたでまともな結婚式なども挙げておらず、結婚当初は地方暮らしで相当苦労したらしいと両親が話しており、慌てて謝罪と弁解の言葉を口にしようとする。


「ステラおばさん! あの、さっきの台詞は!」

「ところでローダス。私も聞きたい事があるのだけど、良いかしら?」

「あ、は、はいっ! 何でしょうか!?」

 優雅ささえ感じる微笑みにあっさりと発言を遮られ、ローダスは焦りながらも相手の話を促した。するとステラは。静かな口調で問いかけてくる。


「シレイアはあなたが民政局へ移籍して、一緒にアズール学術院へ派遣されるのが結婚の条件だと言ったのよね? それであなたは、きちんと民政局へ移籍して、内々にアズール学術院への派遣も決まったのよね?」

「はい、その通りです」

「そうなると、エセリア様がアズール学術院周辺を《男女平等社会参画特区》として、様々な施策を立ち上げながら住民の意識改革を目指していくつもりだと、認識しているのよね?」

「それは勿論です。シレイアから聞いた他にも、王宮内で話題になっていますから」

 ローダスは真顔で頷いたが、ここでステラは笑みを消し、冷え切った口調で指摘してくる。


「それであれば、そのアズール学術院に派遣される以上、その方針に異を唱えることはできないし、それどころかその方針を積極的に推進していく立場ではないの?」

「はぁ……、それは、まあ、確かにそうかもしれませんが……」

 ここで一気に室内の空気が緊迫した者に変化し、シレイアやノランは勿論、キリング家の者達は迂闊に口を挟めないまま、事の成り行きを見守ることしかできなかった。


「そもそもシレイアがその条件を飲めばあなたと結婚すると言ったのは、その《男女平等社会参画特区》構想にあなたが積極的に賛同する、かつ実践できると思った人材だと見込んだからだと思っていたのだけど。だから移籍できない、する気がない見込みのない人間なら、他の結婚相手を探すと言っていたのでしょう? ねえ、シレイア?」

「え、ええと……、そこまではっきりとは言っていないけど……」

 母親が怒っているのが明確に感じ取れたシレイアは、冷や汗を流しながら控え目に言葉を返した。どうすればこの場を穏便に収められるのか、彼女は必死に考えを巡らせたが、その結果が出る前にステラが言い放つ。


「先程からあなたの話を聞いていると、男女平等は勿論、シレイアの意見を尊重するどころか勘違いも甚だしいような気がして仕方がなくてね」

「いえ、確かに俺も、少し言い過ぎたとは思いますが!」

「そもそもの話、うちのシレイアは誰かに幸せにして貰うのを黙って待っているような考えの子ではないの。ローダス。あなた、シレイアさんと結婚するつもりなの? 良かったら教えてくれないかしら? 子供の頃から知っているあなたの結婚なら、心からお祝いしてあげたいし」

「…………」

 満面の笑みで優しく問いを発したステラだったが、彼女が全身から醸し出している不穏な気配を察知できない人間などこの場に存在せず、室内は不気味に静まり返った。テーブルの向かい側のローダスが顔色を無くして固まるのを見やったノランは、溜め息を吐いてから妻を宥めにかかる。


「あのな、ステラ……」

「お母さん?」

「え? 二人とも、どうかしたの?」

 さすがにシレイアもこれ以上の糾弾は止めて欲しいと声を出したが、ステラは不思議そうに夫と娘に視線を向ける。


「いや、その……、それくらいにしておいた方が良いと思う……。さすがにダメージが……」

「なんか滅多にない笑顔なだけに、お母さんの台詞が余計に盛大に刺さった感じ……」

「え? 控え目に意見したつもりだったのだけど」

 僅かに首を傾げたステラを見て、ノランとシレイアは即座に判断を下した。


「え、ええと、だな。夜も遅くなったので、これくらいで引き上げさせて貰う」

「その……、ごちそうさまでした。お邪魔しました」

 そこで両隣で席を立って挨拶をした夫と娘に、ステラが怪訝な顔で尋ねる。


「あなた? シレイア? 何を言っているの? まだ全然お料理をいただいていないし、まだ早いわよ?」

「良いから! 帰るぞ!」

「それでは失礼します! おやすみなさい!」

「ええ? あなた! シレイアまでどうしたの?」

 これ以上きつい言葉を言わせないように、ノランとシレイアはステラを半ば引きずるようにして、キリング家を後にしたのだった。





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