(19)貴族としての矜持

 レオノーラが不愉快極まりない場から離れ、仲の良い者達を従えて廊下を歩いていると、前方から近付いてきたエセリアと遭遇した。

「あら、レオノーラ様。今日のこの時間は、カフェで接待係の顔合わせではありませんでした?」

 意外そうにエセリアが声をかけてきた為、レオノーラは足を止めて彼女に端的に告げる。


「時間を浪費するのは嫌でしたから、さっさと終わらせてきましたの」

「まあ……、どんな策略を?」

「策略と言う程、大した事ではございません。あの方はどうせ私達の家や領地に関して、通り一遍の知識を詰め込んでくるだけでしょうから、それを粉砕した上でミンティア子爵領についてお尋ねしただけですわ。案の定、まともに答えられませんでしたが」

「なるほど……、そういう事でしたか」

 納得したエセリアが薄く笑い、微妙な空気を醸し出しながらの二人の立ち話が始まる。


「自領を誇れないなど、本当に恥さらしですわ。仮にも貴族でしょうに、みっともない事極まりないですわね」

「あなたの、その真面目で貴族として誇り高い所、私は結構好きですわ」

「ありがとうございます。私も、貴女の何を考えているか分からない所は、結構好ましいと思っておりますのよ? 自らの内心をさらけ出すような愚かな方と同一視されるなど、屈辱以外の何物でもありませんもの」

「相変わらずですわね」

 思わずエセリアは苦笑してしまったが、そんな彼女に向かってレオノーラが若干険しい視線を向けた。


「ですが、物にも限度と言う物がございます。昨年からの王太子殿下の愚かなお振る舞い、加えてそれを傍観しているとしか思えない、貴女の不審な行動。この機会に是非とも、思うところをお伺いしたいのですが」

「思うところ、ですか……」

「はい」

 そこでエセリアも真剣な顔付きになり、相手に静かに訴えた。


「私……、結構利己主義ですの。ですからレオノーラ様には、引き続き不審に思いながらも傍観して頂くと、私はとても助かりますわ」

 それを聞いたレオノーラは少しの間顔をしかめて考え込んでから、慎重に確認を入れる。


「……あれは、貴女の獲物と言う事ですか?」

「どちらかと言うと、玩具でしょうか?」

「…………」

 笑顔のエセリアを再び軽く睨んだレオノーラは、不意に表情を緩めて素っ気なく断りを入れた。


「あなたのお考えは、良く分かりました。ただし、あちらから絡んできた場合には、私が私なりのやり方であしらっても構いませんわね?」

「その場合はどう考えても、あちらの自業自得でしょう。あなたに全面的にお任せします」

「分かりました。それでは失礼します」

「ええ、ご機嫌よう」

 そして互いに礼儀正しく一礼してから、二人は周囲の者達を引き連れて離れて行ったが、緊張が解れると同時に、サビーネが溜め息まじりに言い出す。


「……相変わらず、目の前におられると緊張します」

「彼女は“正論”しか口にしない方ですから。自分を正義だと信じていますし、そうあるべきだと思っていますもの。ある意味“邪道”な私の行為や考えを、これまで内心で苦々しく思っていたのでしょうね。でもこの機会に、腹を割って話ができたのは良かったわ。これは殿下のおかげかしら」

「そんなに親しげに、話ができたようには思えませんが……」

 クスクスと笑ったエセリアに、シレイアが微妙な顔をしながら首を傾げた。しかしエセリアは、独り言のように口にする。


「一度忠告しておかないといけないと思っていたけど、あれで私が何をどうしても、レオノーラ様は我関せずでいて下さる筈よ。本当に、手間が省けて助かったわ」

 そう安堵しながら、エセリアはサビーネとシレイアを促して歩き出した。


 ※※※


 それから少しして、エセリアが《チーム・エセリア》の面々を集めた時、当然のように接待係のお茶会の事が話題に上がった。


「エセリア様、密かに接待係の顔合わせ時の噂が、流れていますね。あのアリステア嬢がレオノーラ様を抱き込もうとして、手痛いしっぺ返しを食らったとか」

「当然と言えば当然でしょうね」

「あの二人が、あの方をどうこうできる筈もありませんし」

「幸いな事に、殿下達はそれも私の差し金だと思い込んでいるようですし、この際それに便乗してみようかと思うのですが……」

 そう苦笑いしたエセリアが、少し考え込んでからカレナに尋ねる。


「カレナ。以前聞いたけれど、アリステア嬢はまだ礼儀作法の授業は個別授業で、皆とは別の教室を使っているのかしら?」

「はい、相変わらずですわ……。その教室は元々使われてはおりませんし、もう彼女専用みたいですわね。いっそのこと、全ての授業をそこで一人で受ければ良いのにと、周囲から陰口を叩かれております」

「そう。それならそこで起こったようにすれば、自然でしょうね」

「え? 何がですか?」

 不思議そうに彼女が問い返すと、エセリアは皆を見回しながら問いかけた。


「《クリスタル・ラビリンス~暁の王子編》では、時期的に考えると、そろそろヒロインに直接的な嫌がらせが起こる頃ではない? 持ち物が無くなったり、壊されたりとか」

「確かにそうですが……」

「エセリア様。このクレランス学園では、席は固定ではありませんから、それは不可能かと。皆、私物を鞄に入れて移動して……」

 以前クリスタルラビリンスの事が話題に上った時、今後の参考の為にと、シレイアから本を借りて読破していたローダスが、そう反論しかけて思い付いた様に口を閉ざした。そんな彼に向かって、エセリアが微笑みかける。


「そうなの。だから私物が紛失したり破損するなら、個人授業を受けているその教室が、現場になるのが自然ではないかしら」

「……筋は通っていますね」

「ですがまさかエセリア様が、そんな事は致しませんし、周りにさせもしませんよね?」

 一応ミランが確認を入れると、エセリアは気分を害した様に彼を軽く睨んだ。


「勿論よ。何を言っているの」

「失礼しました」

「でも、あの方ならどうかしら? 私がそういう事をしそうだと言う噂を耳にしたら、これ幸いと自作自演して、殿下に泣きつくとは考えられない?」

 エセリアのその問いかけに、他の者は全員困惑した。


「それは……」

「いくら何でも……」

「そこまで愚かでは……」

「それだったら賭けてみましょうか?」

「…………」

 しかし全員、やらない方に賭ける気は全く起きず、見事に押し黙った。それを見たエセリアが苦笑してから、ある事を申し出る。


「それでちょっとあの二人に、吹き込んでおいて欲しいの。それで実際に事が起こった場合の対処も、周知徹底して欲しいのだけど」

「分かりました。お伺いします」

 そしてエセリアが幾つかの指示を出してから、その場は散会となった。


(自信満々に言ってしまったけど、これは正直五分五分ね。まあ本当にアリステアがやってもやらなくても、こちらは一切関係ないし困らないし。取り敢えずあの二人を、疑心暗鬼に陥らせるだけで良しとしましょう)

 しかし駄目で元々的な発想でエセリアが口にした内容は、行動パターンなど全く予測できないアリステアによって、予想外の騒動に発展していくのだった。

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