(18)粉砕する付け焼刃
「それでは、私達の紹介は終わりましたし、今度は是非アリステア様のお話をお伺いしたいのですが」
そう話を切り出したレオノーラに、アリステアは満面の笑みで頷いた。
「はい! 何でも聞いて下さい!」
(レオノーラ様ってとっても良い人! 自分に関する事だったら、何でも答えられるもの。これなら、話題についていけない事なんて無いわ。だって私が、話題そのものなんだものね!)
これまで見当違いの知識を披露して引かれたり、次々目まぐるしく変わる話題に全くついて行けず、殆ど会話に入れなかった彼女は嬉しくなった。そんな彼女に、レオノーラが落ち着き払って尋ねる。
「それでは、ミンティア子爵領の特産品は何ですの?」
「……え?」
まさかそんな事を聞かれるとは予想だにしていなかったアリステアは固まったが、レオノーラは穏やかに問いを重ねた。
「ミンティア子爵家など、これまで全く耳にした事がないお名前でしたので。因みに領地の館がある街は、何という名前ですの? それを聞いたら特産品なども、思い出すかもしれませんが」
「いえ、それは……」
すると他の生徒達も、先を争う様に質問を繰り出す。
「そうですわね。特産品などは大抵中心となる街で収集して、売り出したり宣伝するものですし」
「因みにご領地は、海沿いですか? 山沿いですか? それとも街道沿いですか? 王都からの距離すら分からないもので、この機会に教えて下さいませ」
「良く産出される農作物や、作り出されている工芸品なども興味がありますわね」
「どれ位の規模の街があって、どれ位の領民がいらっしゃるの?」
「あ、あの……。それは……」
「どうかなさいました?」
狼狽しているアリステアに、レオノーラが怪訝な表情で尋ねたが、そこでグラディクトが机を拳で乱暴に叩きながら怒鳴りつけた。
「お前達、いい加減にしろ! 先程からアリステアを無視して話を進めた上、彼女が答えられない質問をするなど、底意地が悪いぞ!」
しかしその非難の声を、レオノーラは如何にも心外そうに受け流す。
「あら……。別にこちらが話から締め出した訳ではなく、彼女が参加して来られなかっただけですわ。それに仮にも貴族であるならば、自家の領地に関して精通しているのは当然です。私達は親切心から、彼女が一番話しやすい話題を振ったつもりですのよ? どうして責められなければならないのか、理解に苦しみます」
「お前達……」
尚も言い募ろうとしたグラディクトだったが、そんな彼を無視してレオノーラが静かに立ち上がった。
「アイリーゼ様、また機会が有ったらお会いしましょう。そんな機会が有るかどうかは分かりませんが」
明らかにわざと名前を間違えて挨拶してきたレオノーラに、アリステアは困惑しながら訂正しようとしたが、他の女生徒達もレオノーラに倣って次々に席を立った。
「え? あの、レオノーラ様。私の名前はアリステ」
「アナベル様、今日は大変楽しく過ごさせていただきましたわ」
「いえ、私はアリス」
「本当にアーリア様は天真爛漫な方でいらっしゃいますのね。羨ましい位」
「ですから、私の名前はアーリアなどでは」
「殿下の覚えも良いようで、アルゼーナ様は幸運の持ち主でいらっしゃいますのね」
「あのっ! ちゃんと名前を」
「貴様ら、彼女の名前は」
「それでは失礼致します、アーレイア様」
「……っ!」
そんな調子で、その場全員が意図的に彼女を他の名前で呼びながら挨拶を済ませ、何事も無かったかのように引き上げて行った。それは彼女の名前を覚える価値も無いとの無言の意思表示であり、さすがにそれが分からないグラディクトではなく、憤怒の形相になる。
「あの女狐ども! アリステアの名前すら、きちんと言わずに立ち去るとは!」
怒りに任せてグラディクトが悪態を吐いていると、アリステアが気落ちした風情で彼に謝ってくる。
「すみません、グラディクト様……。私、領地には殆ど連れて行って貰った事がなくて……。それにそんなに広くも賑やかな所でも無かった筈ですし、特産品なんか有るかどうかも分からなくて……」
そう言って涙ぐんだ彼女を、グラディクトは何とか怒りを抑え込みながら慰めた。
「気にするな。アリステアの境遇なら、仕方のない事だ」
「グラディクト様……」
(どいつもこいつも、エセリアに媚びへつらって、アリステアに恥をかかせるとは……。やはり諸悪の根元のあいつだけは許せん!)
そして今回のレオノーラの行為も、エセリアが裏で糸を引いていると思い込んだ彼は、彼女を追い落とす事に、これまで以上の執念を燃やす事となるのだった。
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