第2章 “人脈”は、得難い最高のスキルです
(1)新たなる閃き
予め話を通してから数日して、ワーレスは息子を伴い、シェーグレン公爵邸を訪れた。
「エセリア様、こちらが息子のミランです。今後、宜しくお願いします」
「初めまして、ミランです」
「初めまして、エセリアです。色々お話を聞かせて下さいね」
向かい合って座ったミランがぺこりと頭を下げたのを見て、エセリアも笑顔で頷く。それを見届けたワーレスは、安心しながらすぐに腰を上げた。
「それでは私はカルタス殿と話をしてから、先に失礼させて頂きます。息子にはエセリア様のお話が済んだら、帰る様に言ってありますので」
「ええ、ご苦労様」
そしてエセリアが退出の許可を出す様に頷くと、ワーレスは軽く一礼して出て行った。そしてドア近くに佇んでいた二人の侍女のうち、一人が彼に続いて出て行き、一人がそのまま室内に留まる。
(ふぅん? やっぱり貴族のお姫様だよな。平民と二人きりにはしないらしい)
そんな事を皮肉げに考えていると、エセリアは手近に置いてあった用紙を取り上げ、ソファーの間にあるテーブルに乗せた。
「じゃあ、ミラン。早速だけど、見て欲しい物があるの。第三者の率直な意見が欲しいのよ」
「はい、見……、拝見します」
うっかりいつもの口調で応じかけてから、慌てて丁寧な言葉遣いで頷いたミランは、気まずさをごまかす様に用紙に視線を落とした。そしてまず目に入ってきた見慣れない図面に、困惑した表情になる。
「これは……」
「使い方については、私が補足説明するわ。読みながら聞いていて。えっと……、読めるわよね?」
「……ええ、大丈夫です」
(馬鹿にするなよ!? だけど、これは……)
思い出した様に尋ねられて、ミランは内心で腹を立てたが、すぐに手元の文書に意識を集中した。
「どうかしら?」
そして一通りの説明を終えたエセリアが、親身にお伺いを立ててきた為、ミランは顔を上げて率直に意見を述べた。
「なかなか面白いと思います。斬新な発想ですし、有益性もなかなかです。次はこれを試作すれば宜しいのですね?」
「ええ、お願い」
(確かに、非凡な人らしいのは確かだな)
ホッとした様に笑ったエセリアを見て、思わずミランも苦笑いしたが、ここで彼女が話題を変えてきた。
「そういえば……。これとは別に、聞きたかった事があるの」
「何でしょうか? 僕、いえ、私に答えられる事でしたらお答えしますが」
「この前ワーレスから話を聞いてから、気になっていたんだけど、うっかりして他の人に尋ねるのをすっかり忘れてしまっていて。庶民がお金を借りる時って、普通は誰から借りるの?」
「はい?」
「貸金業者とかはいないの?」
全く予想外の質問をされて、ミランは一瞬思考が停止したが、すぐに気を取り直して確認を入れた。
「あの……、今仰られた『かしきんぎょうしゃ』とは、要するにお金を貸す事を生業としている商人の事ですか?」
「ええ、そうよ」
「いる事はいますが……、ろくでもない暴利を貪る奴らです」
如何にも忌々しげにミランが吐き捨てた為、エセリアは少し驚きながら問いを重ねた。
「それって、いわゆる闇金って奴?」
「『やみきん』? でも確かに奴らには似合いの言葉ですね」
皮肉っぽくミランは笑ったが、エセリアの質問は更に続いた。
「でもどうしてその人達は、暴利を貪れるの?」
「金利を勝手に設定できるからです」
「だって国で金利の上限とか決めていないの?」
「ええ、法制化されていませんので。ですからそれを回避するには、個人的にお金を借りるしかありません」
そこまで聞いたエセリアは、難しい顔になって指摘した。
「それだと、友人知人に裕福で余剰金を持っている人がいないと、お金を借りられないんじゃない? 見ず知らずの人間に、大金は貸さないと思うし、下手すると闇金並みの金利を要求されそうだわ」
その台詞に、彼が深く頷く。
「そうです。だから当時、職人の息子で、商家で下働きをしていた父にご領主様が大金を貸して下さったのは、例外中の例外です。大抵は起業したくても、先立つ物が無くてできません。職人の子は職人で、農民の子は農民です」
「はぁ……、なるほど。お金が流通しにくくなっている事で、間接的に職業選択の自由が狭まり、優秀な人材の発掘にも支障が出て、最終的には経済や文化の停滞に繋がっていると言うことなのね……」
「はい?」
(え? 僕はそんな大袈裟な話をしたのか? それに職業選択の自由って、貴族のお嬢様がそんな事を口にするのか? しかも『経済と文化の停滞』って、話がとてつもなく大きくなってないか!?)
真剣な顔でエセリアがしみじみと呟いた内容を耳にして、ミランは内心で少々動揺した。しかし彼女は、そこであっさりと話を切り上げる。
「まあ、取り敢えず、それはそれで良いわ。追々、考えていきましょう。欲張りすぎても仕方がないしね」
「考えて、って……。あのエセリア様。何をどう考えると?」
「だけどやっぱり、何か今一つ違うのよね……」
「は? な、何がでしょうか?」
今度はアームレストに肘を付いたと思ったら、急に物憂げな溜め息を吐いたエセリアにミランは困惑したが、当の本人は気乗りがしない口調で、愚痴めいた呟きを漏らした。
「今まで色々なゲームや玩具の案を出してきたけど、所詮は子供の遊びの延長じゃない? そりゃあ大人を交えて遊べるけど、要はファミリー向けなのよ」
そんな事を言われて、ミランの困惑が深まった。
「はぁ……、ですが老若男女が楽しめるというコンセプトが斬新だったわけですから、方向性は間違ってはいないと思いますが……」
「それはそうなんだけどね……、こう乙女の娯楽としては、微妙に異なると言うか何と言うか……」
(『乙女の娯楽』? いきなり何を言い出すんだ、この人は……)
そのままブツブツと独り言モードに突入した彼女を見て、ミランは正直呆れたものの、このままでは話が進まない為、声をかけてみた。
「不勉強ですみません。それでは『乙女の娯楽』に必要な物や条件とは何でしょうか? これまでのゲームの様に、シンプルな構造やルール、安価での販売では無いのですか?」
「違うわ。それは『萌え』よ」
「……『もえ』ですか?」
完全に理解の範疇を超えた言葉に、ミランははっきりと顔を顰めたが、対するエセリアはそれを口に出した事で色々な思いが溢れ出したらしく、滔々と喋り始めた。
「そうよ。ハラハラドキドキな非日常ながら、感情移入できるシチュエーション、等身大の魅力的なキャラ、そして……、あぁぁぁっ!!」
「どっ、どうかしましたか!?」
「ゲームや玩具の類にかまけて、今の今まですっかり忘れていたじゃない! そうよ、初心に返るのよエセリア! そうと決まれば、早速行動有るのみ!!」
「あのっ!! エセリア様、どちらに!?」
何やら急に叫び声を上げたと思ったら、勢い良く立ち上がってドア目指して駆け出したエセリアに、ミランは度肝を抜かれながら声をかけた。すると振り返った彼女が笑顔で告げる。
「あ、ミラン。ごめんなさい。今日はこれで失礼するわ! また来週来てね? それまでに仕上げてみせるから!」
「あの、仕上げるって……、エセリア様?」
そして呆然としているミランを放置して、彼女はドアの向こうに駆け出して行った。するとそれまで黙って控えていた侍女が歩み寄り、遥か年下のミランに対して、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。お嬢様は動き出したら止まらないご性格なもので……。もうお部屋におこもりになって、何やらされているかと思います」
「……そうですか。分かりました。失礼致します」
「ご苦労様です」
そしてミランは、恐らく彼女付きであるであろうその侍女に深く同情してから、大人しく公爵邸を後にした。
「父さん、戻ったよ」
店に戻ったミランが父に声をかけると、ワーレスは笑顔で首尾を尋ねてきた。
「おう、ミラン。どうだった?」
「新しい案を貰ってきた。追加で口頭で説明された分は、あとから伝えるから」
「そうか、ご苦労。ところで、お前から見てエセリア様はどう見えた?」
その問いに、ミランは一瞬口ごもってから、正直に感想を述べる。
「確かに有能で非凡な方の様だけど……、かなり変だ」
「そう感じるなら、お前もまだまだって事だな。いやぁ、あの商才。実に惜しい。公爵令嬢などに生まれついてなければ、きっと稀代の商人になられた筈……」
しみじみとそんな事を呟きながら一人で頷いている父親を見たミランは、付き合っていられるかとばかりに店を通り抜け、奥の自室へと向かった。
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