(12)親交の始まり
「それでは自己紹介が済みましたし、話を元に戻しましょうか」
「そうですね。そうなるとお二人は兄が手配してくれた人材なので、そうなると私の役目を認識していらっしゃるのですか?」
慎重に言葉を濁しつつ、マグダレーナが尋ねた。すると二人も表情を改め、真摯に頷いてみせる。
「はい。王太子選定に関する情報収集など荷が重いですが、できる限り助力いたします」
「初対面の私達をマグダレーナ様が信用するのは難しいと思われますが、先に信用してくださったリロイ様に誓って、他言いたしません」
「分かりました。お二方を信用します。今後一年間、宜しくお願いします」
腹を括ったマグダレーナは、深々と頭を下げた。するとネシーナとユニシアが、持参していた鞄から書類の束を取り出す。
「それでは、こちらをお渡しします。貴族科上級学年クラス在籍者の情報と相関図です」
「こちらが貴族科下級学年クラスの物です。リロイ様に頼まれて、ひと月ほどかけて作成しておきました」
「ありがとうございます、大変助かります! さすがに他の学年に所属している第一王子殿下や第二王子殿下、その周囲の状況を探るのは困難でしたから」
まさに欲していた情報を差し出されたマグダレーナは、本心からの感謝の言葉を口にした。その様子を見た二人が、嬉しそうに微笑む。
「お役に立てそうで良かったです」
「他にも何か知りたい事があれば、いつでもお申しつけください」
「ありがとうございます」
そこでネシーナが、控え目に尋ねてきた。
「それから……。気になっていたのですが、あなたの目から見た第三王子殿下はどうですか?」
「あ、それは私も気になっていました。入学以来、エルネスト殿下の噂が殆ど流れて来ないので。マグダレーナ様のクラスに色々な意味で目立つ方が集まっているので、他の方々の話は良くも悪くも聞こえてくるのですが」
ネシーナの台詞に続けて、ユニシアも首を傾げつつ質問を繰り出す。それを聞いたマグダレーナは問題の人物を思い返し、憂鬱になりながら言葉を返した。
「入学前の予想に反して動静が全く伝わってこないと、噂になるくらいですか?」
「はい。おとなしい内向的な方なのかしら?」
「環境や立場があれですから、わざと意識的に目立たないようにしているのかとも推察していたのですが……」
そこでマグダレーナは、率直な意見を述べた。
「なんと申しますか……、存在感がない。この一語に尽きますわね。それが意識的に装っているものか、元々の素質なのかは未だに判然としませんが」
「考えてみれば、あの方はお気の毒な方ではありますが……」
「それにしても、王族としての矜持くらいは保持しておられるのでしょうね?」
揃って微妙な表情になった二人に、マグダレーナが真顔で語りかける。
「お二人とも、私のクラスに第三王子に加えて第一、第二王子の婚約者、及び彼らの側付きまで在籍しているのはご存知ですよね?」
「はい。勿論です」
「あのクラス分けが張り出された時、どうしてこんな事になったのかと思いました」
「学園側が『どうせ離しておいても揉めるのだから、いっその事面倒くさい生徒を一緒に纏めてしまえ』と自棄になった結果ではないかと、私は疑っています。ですから学園側も、何らかのトラブルが発生するのを前提としている。私はそう考えて、開き直ることにしました」
「いくらなんでも……」
「さすがにそこまでは……」
(あるかもしれないわね)
マグダレーナが断言した内容を二人は否定しかけたものの、すぐにそうかもしれないと思い返した。そして重い口を開く。
「当然と言えば当然なのですが、今のところ貴族科上級学年は第一王子派が優勢で、第二王子派は肩身が狭い状況です」
「貴族科下級学年は、その逆ですね。空気が悪くて、もう本当にどうしようもないったら」
「それで中立派を取り込もうと、双方躍起になっているとも言えますが」
「うっかりどちらかに取り込まれて、負け組になりたくない者達が中立を保っていますしね。現時点では明確に優劣は決しておりません」
「そんなギリギリ均衡を保っている場所で、色々と事を起こさざるをえないのが明確ですわね。もうなるようにしかならないわ……」
改めて現状を認識せざるを得なかったマグダレーナは、殆ど自棄になりながら呟いた。それにすぐさま二人が応じる。
「マグダレーナ様、頑張ってください」
「私達が陰ながら応援しています」
その力強い励ましに幾分救われた気持ちになりながら、マグダレーナは微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは今回、ネシーナ様にちょっとしたお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「私の事は、マグダレーナと呼び捨てにしていただけませんか?」
「え? それは……」
僅かに顔色を変えたネシーナに対し、マグダレーナは冷静に言い諭す。
「兄と結婚したら、貴女は私の義姉です。人目がある場所ならともかく、ここで顔を合わせる場合はそうしていただきたいですわ。実際に義理の姉妹になるまでの練習だと思っていただければ」
「いえ、ですが」
尚も抵抗する気配を見せたネシーナだったが、ここで明るい声が割り込んだ。
「良いじゃないですか、ネシーナさん。年下の私が、ネシーナ様ではなくてネシーナさん呼びしているんですから。その代わりマグダレーナ様も、ネシーナ様じゃなくてネシーナさん呼びですよ?」
「はい、 ユニシアさん。そうさせて貰いますね?」
「ええ、それでいきましょう」
本来であれば格上の公爵令嬢に対しても遠慮なく物が言えるその胆力に感心しながら、マグダレーナがユニシアに微笑みかけ、対するユニシアも満足そうに頷く。そんな二人を目の当たりにしたネシーナは漸く腹を括り、苦笑いしながら手を差し出した。
「分かりました。それではマグダレーナ。これから宜しくお願いします」
「こちらこそ、兄を末永くよろしくお願いします。非常識で容赦がなくて傍迷惑な兄ですが、見捨てないでやってくださいませ」
そこで未来の義姉妹は深く頷きながら握手し、今後の困難に一緒に立ち向かう決意を固めたのだった。
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