(23)周囲の雑音

「さて、しっかりお昼を食べて、頑張らないとね」

 昼休憩に入り、そんな独り言を呟きながら廊下に出た瞬間、目の前に立っていた人物にシレイアは首を傾げた。


「よう、シレイア。今日は一緒に食べないか?」

「ギャレット? 勿論構わないけど、どうしたの? この廊下で出くわすなんて、まるで私を待ち構えていたみたいよ?」

「待ち構えていた。詳細を聞きたい事があってな。ローダスとエリムが先に食堂に行って、席を確保してる。ジャンも終わり次第、食堂に向かうと言っていた」

 真顔でそんな事を言われてしまったシレイアは、すぐにその話題の見当をつけた。


「えぇ~、それってもしかして、もしかしなくてもアイラさんとマルケス先生の事? 寮で話題になったのは昨夜なのに、広がるのが早過ぎない? 王太子筆頭補佐官のナジェークさんと、侯爵令嬢の近衛騎士であるカテリーナさんの話と比べると、確実に地味だし庶民同士の話なのに~」

 少々茶化すように言ってみたが、ギャレットは真顔のまま僅かに眉根を寄せる。


「シレイア。それ、本気で言ってないよな? 他の人間はともかく、俺達にとっては十分関係のある話だろうが」

「了解。皆で揃ったところで話すわ」

 相手の反応に、これはふざけている場合ではないと思い返し、シレイアは神妙に頷いて歩き出した。そして食堂に入って昼食のトレーを受け取ると、少し離れた所からローダスが大声で手を振りながら呼びかけてくる。


「シレイア、ギャレット、こっちだ!」

「おう、今行くからちょっと待っててくれ!」

 そしてシレイア達は六人掛けのテーブルに五人で座った。するとシレイアが椅子に落ち着いた途端、周囲から立て続けに声をかけられる。


「それで? 昨晩、女性寮で話題になったそうだから、シレイアは当然詳細を知っているよな?」

「出勤早々、職場で話題になっていて驚いたぞ。しかも彼女の相手が、修学場の教師だって言うし」

「それも、名前がはっきりしなかったが、よくよく聞いたらお前が『恩師で信用できる人だ』と保証したって話だし」

「お前の恩師って事は俺達にとっても恩師で、そうなるとマルケス先生で間違いないよな?」

 各自の部署所属の女性官吏達から大まかな話は伝わっているらしく、それなら事細かに説明しなくて済みそうだと安堵しながら、シレイアは手元の昼食を指し示しながら尋ねてみる。


「あぁ~、うん、そうね。その判断は間違っていないわ。取り敢えず、ご飯を食べてからで良い?」

「即行で正確に、かつ端的に説明を終わらせてから食べてくれ」

「分かったわよ、もう。午前中も仕事をしていた筈なのに、どうやって示し合わせて雁首揃えて追及する事ができるのよ。あなた達、真面目に仕事をしていたの?」

 一歩も引かない構えのローダスにと、同様の同級生達を見て、シレイアは完全に諦めて詳細を語り出した。


「……というわけで取り敢えず婚約して、将来二人で住む家を購入するそうよ。それでアイラさんが退職した後で正式に結婚するという形で、話が纏まりました。なんにせよ、おめでたい話よね。それじゃあ、食べさせて貰うから」

 いつの間にかシレイア達のいるテーブルの周囲は静まり返っており、彼女の話に耳を傾けていたのが明白だった。それに少々苛つきながら、シレイアは冷め始めた昼食に手を付けようとする。しかしそれを、慌てた感じのローダスの声が遮った。


「シレイア、ちょっと待った。今の話、おかしいとは思わないのか?」

「はぁ? どこがおかしいのよ。本人達が納得しているし、世間一般と比べて多少婚約期間が長いだけじゃない」

「多少と言えるのか?」

「家を買う資金を、女性側も出すというのも……」

「未婚のままって、マルケス先生の立場上どうなんだろう」

「アイラさんもこのまま寮生活って、色々世間体が」

 四人揃って何か言いたげに、微妙な顔を見合わせているのを目の当たりにしてしまったシレイアは、周囲の視線を集めているのも相まって苛立たしげに叫んだ。


「ああもう、ごちゃごちゃ五月蠅いわね! これまで散々女性官吏ってだけで、まともな女じゃないとか非常識だとか、一般的な女性とは一線を画した物言いをされてきたのに、結婚に関してだけ一般的な女性である事を求められるわけ!? それって矛盾しているでしょうが!? 当事者が納得しているんだから、第三者に口を挟む権利はないわよ!! 私が言った事、間違っているかしら!?」

「…………」

 さすがにこれまで色々と女官吏について揶揄するような物言いをしてきた者達は、無言のまま微妙にシレイアから視線を逸らした。そしてシレイアから怒りを向けられたローダス達は、狼狽しながら弁解する。


「いや、俺達は別に」

「シレイアの事をそんな風に思ったことはないから」

「そんな事分かっているわよ。今のは、周囲で私達の話に聞き耳を立てている連中に対して吠えただけだから気にしないで」

「……そうか」

 シレイアに囁かれて、ローダス達は安堵して胸を撫で下ろした。そこで唐突に、シレイアの背後から声が聞こえてくる。


「さすがだな、シレイア・カルバム。君の主張する通り、他人の結婚話に第三者が口を挟むのは褒められた事ではない。ここは思う所があっても、率直に祝福すべきだろう。幸せの形も結婚の形も、人の数だけ存在する筈だからね」

 その笑いを含んだ口調に聞き覚えのあったシレイアは、慌てて背後を振り返った。


「あ、ナジェークさん、お疲れ様です」

「久しぶり。席が空いているようだし、ここに座っても良いかな?」

「ははははいっ!」

「どうぞ、お座りください!」

「ありがとう」

 空いているシレイアの隣の席に、優雅な身のこなしでナジェークが収まった。そしてシレイア達が僅かに緊張する中、ナジェークが楽しげに語りかける。


「少し前から話を聞かせて貰ったが、なかなか斬新な結婚話だったね」

 あなた達の結婚話には負けますと思いながら、シレイアは口を開いた。


「ちょっと暴露話をしますと、これはナジェークさんの影響が大きかったりするんです」

「それはどういう意味かな?」

「アイラさんが修学場にマルケス先生を尋ねて行った時、世間話の一つとしてナジェークさんのプロポーズの一部始終を話して聞かせたんですよ。そうしたらマルケス先生が、そんな形の結婚もあるなら、こんな変則的な結婚もありだな的な考えに至ったみたいです。確かに先生は以前からアイラさんの事が好きでしたが、最後の一押しは確実にそれです」

 それを聞いたナジェークは、笑みを深めた。


「それはそれは……。自分の行動が一組のカップル成立を後押ししたかと思うと、色々な意味で感慨深いな」

「そういうわけで、近日中にナジェークさんにはお礼を言いたかったのですが、今日お目にかかれて良かったです。本当に、ありがとうございました」

「大したことはしていないがね」

 座ったまま頭を下げたシレイアに、ナジェークは笑顔のまま頷いた。そのやり取りを聞いたローダス達が、顔を見合わせて囁き合う。


「確かに、インパクト十分だったしな……」

「マルケス先生、変なスイッチが入ったか……」

「それにしても、思考がぶっ飛び過ぎのような気が……」

「本人達が幸せなら良いけどさ……」

 するとここで漸く食べ始めたシレイアが、すぐに食事を中断して声を上げた。


「あ、そうだ、ローダス! やっぱり、私が正しかったじゃない!」

「え? いきなり何の事だ?」

「ほら! 修学場にいた頃にマルケス先生に紹介して貰って、私がアイラさんに官吏の話をしてもらった時があったじゃない。その時に『マルケス先生はずっと前からアイラさんが好きだと思う』と言ったら、ローダスったらそれは『妄想と紙一重』とか『独断と偏見』とか、随分な事を言ってくれたわよね? まさか綺麗さっぱり忘れたとか言うつもり?」

 軽く睨まれたローダスは記憶を探り、すぐに該当する出来事を思い出した。


「……ああ、確かにそんな事を言ったな」

「それなら私の観察眼と判断力が、正しかったと認めるわよね?」

「分かった。認める。全面的に、シレイアが正しかった」

「それならよろしい。なんだか嬉しくなっちゃった。子供の頃から男女の機微を察知できるなんて、私って凄くないかしら? さあ、急いで食べようっと。休憩時間が無くなっちゃう」

「…………」

 途端に機嫌よく自画自賛したシレイアは、再び猛然と食べ始めた。そんな彼女を眺めながら憮然としているローダスを、友人達が憐れむ表情で眺める。ナジェークはそんな彼らを少しの間興味深そうに観察してから、含み笑いでローダスに囁いた。


「君も色々な意味で大変そうだね。まあ、頑張って」

「そうですね。鋭意、努力します」

 その時、ローダスの笑顔が僅かに引き攣っていた事に、食べることに集中していたシレイアは全く気がつかなかった。















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