(13)イズファインの憂鬱

「お待たせ致しました、イズファイン様」

「いえ、お呼び立てして申し訳ありません」

 授業の終了後、学園の係官がイズファインが面会に来た事を伝えてきた為、エセリアは快くカフェへと向かった。そして待ち構えていた彼と挨拶を交わし、同じテーブルに着く。

「ところで、今日はどうされましたか?」

 そう尋ねてみると、彼は笑顔で説明を始めた。


「剣術大会の話が持ち上がった時に、貴女が口にしていた通り、王家と近衛騎士団主催で武術大会を開催する事が決定しました」

「本当ですか? それでは既に、準備が進められていますの?」

「昨日正式決定されましたので、これからですね。ワーレス商会には今日明日中に、話がいくかと思いますが」

 それを聞いたエセリアは、思わず笑ってしまった。


「おそらく、今か今かと連絡を待っていると思いますわ」

「そうですね。昨年話が持ち上がってから、準備万端整えている事でしょう。それで貴女にも、運営に関して色々助言を頂きたいと、上層部からの依頼がありまして」

「……最近、助言を求められる事が多いわね」

「は? どういう事ですか?」

 思わず苦笑いしながら無意識に口にした台詞に、イズファインが不思議そうな顔になったが、エセリアは笑って誤魔化した。


「いえ、何でもないので、お気になさらず。助言の件は、お引き受け致しますわ。そちらの封筒の中身が、開催に関しての資料ですか?」

「はい。こちらに目を通して頂いて、意見をお願いしたく。直接書き込んで下さっても、構いませんので」

「分かりました、お預かりします。なるべく急いで目を通して、返却致しますわね?」

 そう言いながら彼女が差し出された大きな封筒を受け取ると、イズファインが申し訳無さそうに言い出した。


「今年も剣術大会の実行委員長を、引き受けていらっしゃるのを小耳に挟んでおります。お忙しい時に申し訳ありません」

「そうは申しましても、前年と同様の作業ですので、それ程大変ではありませんから」

 そう宥めてから、エセリアはさり気なく話題を変えた。


「ところでイズファイン様。最近、変な女性と出会ったりはしていませんか?」

「変な女性、ですか?」

「例えば……、市場を巡回中に出会い頭にぶつかったとか、休暇で王都内を歩いていた時に、道を尋ねられて送って行ったとか」

 戸惑った様子に、エセリアが具体的な例を上げてみても、彼は本気で首を傾げるばかりだった。


「そういう事は、一度もありませんが……」

「それから今日こちらに来る時に、正門からこちらの棟までに来る時に、落とし物を拾ったとか」

「何も拾っておりませんし、見知った騎士科の後輩にしか会ってもおりませんが……。それが何か?」

「いえ、それなら宜しいのです。お気になさらず」

 そこで話を終わらせた彼女は、場を誤魔化す為に「おほほほほ」と些か不自然に笑い、イズファインはそれを幾らか不審に思ったものの、口に出しては何も言わなかった。


(イズファイン様が嘘をついている気配は無いし……。取り敢えずアリステアとは、接触していないみたいね。やっぱりイズファインルートや、逆ハールートに入っている可能性は無いわけか。それなら安心して、イズファイン様にも色々お願いできるわね)

 ゲーム内でのイベント内容を思い返しつつ安堵したエセリアは、軽く咳払いしてから話題を変えた。


「イズファイン様がこのタイミングでこちらに出向いて下さって、助かりましたわ。実はちょっと、お話ししておきたい事がありますの」

「何でしょう?」

「昨年お話しした、殿下側からの婚約破棄に関してです」

「ああ……、あれですか……」

 まだ本気で話を進めているのかと、思わず遠い目をしてしまったイズファインだったが、エセリアの話が進むに連れて、何とも言えない表情になった。


「それでその子爵令嬢を、殿下のお相手に考えていると?」

「はい」

「…………」

 一通り話を聞き終えてから一応確認を入れてみたものの、即答が返ってきた為、イズファインは無言で額を押さえて項垂れた。それをみたエセリアは気の毒そうに宥めながらも、若干面白がっている口調で続ける。


「仰りたい事は分かりますわ。普通であれば有り得ませんもの。ですが、だからこそ上手く事を運べた暁には、より大きい達成感が得られるかと思いませんか?」

「分かりました。もう何も言いません。それで、私は何をすれば宜しいのですか?」

 何かを悟りきったらしい彼が尋ねてきた為、エセリアは遠慮なく申し出た。


「話が早くて助かります。当面はお願いする事は無いかと思いますが……、そうですね。来年辺りから、少しお願いする事があるかと。それで私的な時間を使って頂くのは、誠に申し訳無いのですが……」

「来年からだったら大丈夫でしょう。今年は入団したばかりで訓練も多いですから、意外に時間に余裕が無いもので。クロード達にも内々に声をかけておきますよ。彼らはあなたの事を、崇拝していますので」

「宜しくお願いします」

 予想以上にすんなりと話が纏まってしまい、エセリアは心の中で快哉を叫んだ。


(よっしゃあ――っ! 使える近衛騎士、複数ゲット!! これで来年以降、色々楽になるわね)

 そこで二人に対して、唐突に声がかけられた。


「イズファイン様、お久しぶりです。エセリア様、少し宜しいのですか?」

「ええ、ミラン。どうかしたの?」

「久しぶり、元気そうだね」

 すかさず応じた二人に笑顔で会釈し、空いている椅子に座ったミランは、うんざりとした表情で報告してきた。


「例のアリステア嬢ですが、また騒ぎを起こしました」

「……今度は何?」

 溜め息を吐いてエセリアが尋ねると、ミランは心底嫌そうな顔つきになって話を続けた。


「少し前にクラスで剣術大会に向けての係決めをしたのですが、あの人だけ何の係も希望していなくて。それでまとめ役をしている生徒が気を利かせて、『それなら接待役で登録しておきますね? 他にやりたい係ができたら、変更できますから』と説明していたのですが、先程私達のクラスに、グラディクト殿下が乗り込んで来たんです」

「え? どうして殿下が乗り込んで来るの?」

「何でも『彼女は近々公表する新企画において、重要な役割を果たす予定なので、そんな些末な事に関わっている暇は無い』だそうです」

 それを聞いて、今度はイズファインが溜め息を吐いた。


「剣術大会は建前上、あの方が発案した事になっていますし、名誉会長を務めておられるのですがね……」

「それで、あなたのクラスではどうしたの?」

 彼の愚痴っぽい呟きに続いて、エセリアは話の先を促すと、ミランが苦々し気に答える。


「『それならご自由に』と総スカンですよ。これまで特に彼女に悪感情を持っていなかった生徒も、殿下を巻き込んでごり押しさせた事で、呆れ果てていましたから」

「それはそうでしょうね……」

「殿下は何をお考えなのか……」

 エセリアが納得したように呟き、イズファインが信じられないと言わんばかりの口調で呻く。そんな彼の台詞に、ミランが素っ気なく応じた。


「二人揃って、別に何も考えてはいないのでしょう。自分達が信じたい内容だけを信じて、見たい物だけ見ているだけです。まともに考えるだけ馬鹿をみますよ」

「厳しいわね」

「日々、目の当たりにしていますから」

 もうすっかり二人を精神的に切り捨てているらしいミランの様子に、エセリアは苦笑する事しかできず、イズファインは諦めた表情で溜め息を吐く事しかできなかった。

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