(22)暗躍要員の追加

「アリステア、怖い思いをさせてすまなかった。もう大丈夫だから」

「平気です、殿下が来て下さいましたから。それにしても、どうして殿下はここに?」

 本の通り助けに来てくれたのは良かったものの、タイミングが良すぎないかと疑問に思ったアリステアが尋ねると、グラディクトが事情を説明しながら、困惑気味に周囲を見回した。


「それが……、エクリー教授に呼び出されて話をしていた時、そこに女生徒が一人乱入して来て、アリステアが呼び出しを受けて絡まれていると教えてくれたんだ。それで彼女の案内で、ここまで来たんだが……、そう言えば、彼女はどこに行ったんだ?」

「それらしい人はいませんね」

 アリステアも一緒になって周囲を見回したが、女生徒の姿は無く、代わりに何やら焦った様子で、一人の男子生徒が駆け寄って来るのが見えた。


「ああ、良かった。大丈夫だったんですね? 間に合ったようで良かったです」

「貴様は誰だ?」

 先程の事もあり、すかさずグラディクトがアリステアの前に立ちながら誰何すると、その生徒は恭しく騎士の礼を取ってから、グラディクトに名乗った。


「申し遅れました。私はロイス・ヴァン・ケミストアと申します。先程殿下に急を知らせたユーナ・ヴァン・シュルスに頼まれて、お二人の様子を確認しに参りました」

「ああ、さっきの生徒はユーナと言うのか」

 納得したようにグラディクトが頷くと、《ロイス》と名乗ったミランは、彼に向かって淡々と説明を始めた。


「はい。彼女が偶々廊下を歩いていた時、エセリア様がご自分の関与を疑われないように、殿下の側付きの方々を使って、アリステア様を脅迫させようとしている話を聞きつけたのです」

「え? それって本当ですか?」

「何だと!? あいつら……、本来仕えるべき私を蔑ろにして、エセリアに媚びを売るとは何事だ!!」

 アリステアとグラディクトは、揃って驚愕して憤慨したが、ミランはそのまま嘘八百を並べ立てる。


「更にエセリア様が、その首尾を聞く為に校舎内で待っていると判明し、今現在の話だと分かった彼女は、それを止めさせる為に慌てて殿下を呼びに行ったのです。しかし彼女は教授からの呼び出しの時間が迫っていた為、殿下をご案内後すぐにこの場を離れましたので、彼女からお二人の様子を見てくる事と、ご挨拶も無しに離れた事を殿下にお詫びして欲しいと頼まれました」

 その説明を聞いたグラディクトは、それをすっかり信じ込んだ。


「なるほど……、そういう事だったのか。分かった。彼女に対して私は怒っていない、寧ろ感謝しているとお前から伝えてくれ」

「畏まりました。必ず伝えます」

 そこで期待に満ち溢れた、アリステアの声が割り込んだ。


「あのっ! それじゃあユーナさんとロイスさんは、私達の味方なんですよね!?」

「はい。アシュレイ達から『自分達の他にも、殿下達の事を密かに応援している者がいる』とお聞き及びかと思いますが」

 それを聞いたグラディクトは、満面の笑みで頷いた。


「そうか、お前達もか。これから色々頼りにしているぞ? エセリアの奴狡猾な事に、素知らぬふりで間接的に、アリステアに手を出すような真似までしてきたからな」

「ご心痛、お察しします。家のしがらみもあり、おおっぴらにお二方をお守りする事はできませんが、陰から全力で支えていく所存ですので、ご安心下さい。勿論私達の他にも、エセリア様の横暴ななされように、憤っている者はおりますので」

 かしこまってミランがそう述べると、アリステアが勇気付けられたように声を上げる。


「グラディクト様! 味方がたくさんいて良かったですね! あんな頼りにならない側付きの人達なんか、必要ありませんよ!」

「そうだな。私には君を筆頭に、たくさんの理解者に恵まれて幸せ者だ」

「そんな……、筆頭だなんて恐れ多いですが、私はいつまでもグラディクト様の味方です!」

 そんな風に盛り上がっている二人を、ミランは傍目には穏やかな笑みで眺めていた。


(馬鹿馬鹿しくて、話にもならないぞ。それに俺はあんた達と、ばっちり面識があるんだが?)

 しかし内心では目の前の二人の残念っぷりに、ほとほと嫌気がさしていた。



 そんな風に、ミランが《ロイス》としてグラディクト達からの信頼を得た翌日。エセリアはいつものメンバーとカフェに集まり、彼の報告を受けた。


「それではミラン。殿下とアリステア嬢に、側付きの人達が彼女を脅迫した事は、私が裏で糸を引いていたと思わせる事に、成功したのね?」

 そう確認を入れたエセリアに、ミランがどことなく釈然としない様子で頷く。


「はい。正直、冷や汗ものでしたが。彼女とは一応同じクラスですし、殿下にはクーレ・ユオンの試供品配布の時に顔を見られていますから、さすがにウィッグだけで誤魔化せるかどうか、半信半疑だったのですが……」

 それを聞いたエセリアは、少しおかしそうに笑った。


「私の言った通り、大丈夫だったでしょう? 彼女のようなタイプは他のクラスメートなんて眼中に無いでしょうし、殿下は利害関係がはっきりしている人間であればさすがに覚えているけど、あの時のミランについては『多少羽振りが良い商人の小倅』程度の認識しか無かっただろうから、覚えてはいないと確信してしたわ」

「成功して良かったのですが……、釈然としませんし、ムカつきますね。存在自体を無視されている事になりますから」

「そう怒らないで、ミラン」

 微妙に機嫌が悪くなったミランを宥めてから、エセリアは話を元に戻した。


「それでは首尾よく、ミランは《ロイス・ヴァン・ケミストア》として、カレナは《ユーナ・ヴァン・ディルス》として、あの二人に認識されたわね。カレナは来年は彼女と同じ貴族科のクラスになるだろうし、一応念の為、ユーナとしての接触は、殿下メインでお願いします」

「はい、分かりました」

 即座に頷いたカレナに頷き返し、エセリアはそのまま話を続けた。


「ミランとシレイアとローダスは、来年度も二人との直接的な接触は無い筈ですから、フリーで動いて貰う事にして」

「エセリア様」

「サビーネ、何かしら?」

 いつもの彼女らしくなく、話の途中で遮ってきたサビーネにエセリアが怪訝な顔を向けると、彼女が嬉々として言い出した。


「話を聞いていましたら、段々楽しくなってきました。私もこの間、変装をして殿下の側付きや周辺の様子を探っていましたが、もう少し積極的に働かせてはいただけませんか?」

 瞳を輝かせながら訴えてきた彼女に、エセリアは若干引きながら、ちょっとした危険性を口にしてみた。


「ええと、一応考えてはいましたが……。さすがにサビーネは私の取り巻きとして、殿下がしっかり認識しているでしょうから」

「そうなると必然的に、私はカレナさんとは逆に、アリステア嬢の担当になりますね!?」

「……やって頂けたら、嬉しいのですが」

「勿論です! 因みに役名は決まっておりますか?」

 全くひるまない彼女を見て、エセリアはこの間頭の中で温めていた、彼女用の設定を披露した。


「その……、官吏科所属の《リリアーナ・ヴァン・ジュール》などは、どうでしょうか?」

 その提案を聞いたサビーネが、顔を紅潮させながら楽しげに声を上げる。


「まあ、なんて素敵なお名前! それに間違っても入る事のできない官吏科だと名乗れるなんて、素晴らしいですわ! 一度お芝居って、やってみたかったんですの!」

「そうでしたか……」

 やる気に満ち溢れている彼女を見て、エセリアは小さく溜め息を吐いた。


(サビーネがここまでノリノリだとはね。こういう悪乗り的な事には、加わらないタイプだと思ってたのに……。でもさすがに私自ら接触するわけにはいかないから、動ける人数は多いに越した事はないわ)

 サビーネにまで積極的に動いて貰うのはさすがにグラディクトにバレる危険性があると懸念したものの、卒業まで一年強しかない現実の前に、エセリアは完全に腹をくくった。

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