(22)他人の不幸は蜜の味

「キャリー、カテリーナ! 大変よ!」

「食堂で、とんでもない話を聞いちゃったわ!」

「どうかしたの? アイーダ、ノーチェ」

 そろそろ昼休憩に向けての交替要員が来る頃だとカテリーナが考えていると、その二人が興奮気味に声を上げながら駆け寄ってきたのを見て、何事かと首を傾げた。それはその日組んでいるキャリーも同様であり、不思議そうに問いかける。すると彼女達の目の前に来た途端、二人は嬉々として語り始めた。


「それがね? 昨日財務局内事部で、横領と贈収賄が発覚したんですって!」

「それで内事部長と共に所属官吏が一人罷免されて、今日から投獄されているそうよ!」

 それを聞いたキャリーは驚きで目を見張ったが、予めナジェークから聞かされていたカテリーナも驚いた風情を装った。 


「横領に贈収賄!? しかも財務局の内事部と言ったら、王室関係の予算を扱う部署でしょう? そんな所でそんな事が起こるなんて、とんでもないわ!」

「ええ、言葉もありませんね……」

「それから驚く話がそれだけじゃなくて、その投獄された官吏というのがリドヴァーン・ヴァン・コーウェイなんだけど」

「二人とも、この名前に聞き覚えは無い?」

「えぇ? 官吏の名前なんて、一々知らないわよ」

 思わせぶりに尋ねてきたアイーダとノーチェに、キャリーは怪訝な顔をしただけだったが、完全に話の筋が見えていたカテリーナは控え目に申し出る。


「あの……、恐らく、最近ご自身の妹の縁談を騎士団内で吹聴していた、第七隊所属のアベル・ヴァン・コーウェイ殿のご家族かご親族の方ではありませんか?」

「そう! そうなのよ!」

「それで、その縁談のナジェーク・ヴァン・シェーグレンが、一見好青年のふりで、実はとんでもない陰険な鼻持ちならないナルシストだって事が判明したのよ!」

「……何を言ってるのよ、あなた達?」

「…………」

 カテリーナの指摘に二人は益々意気込んで喋り出し、話が脱線したようにしか感じなかったキャリーは呆れ顔になった。しかし彼女達は、そのままのテンションで交互に喋り続ける。


「コーウェイ侯爵夫妻が娘のステラ嬢と共に、一昨日どこぞの夜会に出席したそうなの」

「そこにシェーグレン公爵夫妻と、アベルが吹聴していた妹との縁談相手のナジェークも参加していたそうよ」

「実はステラ嬢は不器量で頭が悪くて性格も難がありすぎて、とても通常の縁談を望めなかったみたい」

「一方のナジェークも、自分の容姿と才能に絶対の自信を持っている事で他人を見下して、結婚する気が皆無らしいのよ」

「それで両家が相談して、二十年か三十年後かに彼の気が変わって結婚する気になったら、結婚させる事になっていたそうよ」

「だけどステラ嬢に他の縁談が持ち上がったりした時、婚約話が公になっていたら婚約破棄の形になってステラ嬢に傷がつくでしょう?」

「それで、正式に婚約していなかったのですって!」

「でもどういう経緯かは分からないけど、一昨日の夜会でその事実が公になったらしいわ!」

「本当にそのステラ嬢って、どれくらい難がある人なのかしらね!?」 

「私は寧ろ、涼しい顔で官吏勤めをしているナジェークの方が、どれくらい裏表が激しい人間なのか気になるわ!」

 他人の不幸は蜜の味とばかりに盛り上がっている二人を見て、キャリーは疲れたように溜め息を吐いた。


「……食堂は、その贈収賄と縁談に関する噂で持ちきりだったみたいね」

「だって! 最近第七隊のアベル・ヴァン・コーウェイが、事あるごとに自分の家や例の縁談を自慢していてうんざりしていたのに、実の兄は王室予算を横領して罷免されちゃったし」

「自慢の妹は、実は自慢にも何もならない訳あり難あり令嬢で、お情けで体面上仮の婚約者扱いだった事が露見してしまったんだもの。これが笑わずにいられる!?」

 叫ぶように言ってからお腹を抱えて笑いだした二人を見て、カテリーナは遠い目をしてしまった。


(一昨日の夜の話が、もうこんなに公然と……。昨日の贈収賄事件と相まって、面白おかしく話題にしてあっと言う間に広がったのね。確実に私の噂より、伝播速度が速いわ)

 そこでこの間少し考え込んでいたキャリーがカテリーナに向き直り、唐突に問いかけてくる。


「カテリーナ。あなたは去年入隊だし、ひょっとしたら話題のナジェーク殿と、クレランス学園で同じ学年じゃない? 例の噂を聞いた時、ステラ嬢の相手が今年二年目の官吏だと聞いた気がするし」

「え? え、ええ……、そうですね」

 戸惑いながらも答えた瞬間、アイーダとノーチェから好奇心に満ちた目を向けられたカテリーナは、かなり居心地の悪い思いをした。


「それなら教えて欲しいのだけど……。ナジェーク・ヴァン・シェーグレンは在学中から鼻持ちならない性格をしていたの?」

「いえ……、向こうは貴族科でこちらは騎士科だったので、実際に接したのは数える程しかありませんが、そこまで対外的に問題を引き起こすタイプでは無かったかと……」

「そうなの?」

「はい。それに仮にも今まで問題なく、官吏勤めをしていた筈ですから。単に個人的な趣味主張の問題なので、仕事上や社交上では表に出すような事はしていなかったのではありませんか?」

「それはそうかもね。じゃあ、後はよろしく。私達、休憩に入るわ」

「行ってらっしゃい」

 キャリーは二人ほど噂話に花を咲かせるタイプではなく、そこで話を締めくくって食堂に向かって歩き出した。カテリーナも同様に二人に向かって小さく一礼してから食堂に足を向けると、キャリーが些かうんざりしたように呟く。


「今日は落ち着いて食べる事ができそうにないわね」

「……そのようですね」

 きっとナジェークがつてを総動員して、噂を煽って広めているに違いないと確信しながら、カテリーナはおとなしくキャリーに付いて食堂に向かった。

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