(4)際限なく広がる騒動

 シレイアは王宮の中枢部に向かいながら忙しなく行き交う者達の何人かと捕まえ、デニーが運び込まれた部屋の場所を聞き出した。そして見当をつけた扉の横に立っている騎士に、駆け寄りながら勢い込んで尋ねる。


「すみません! 内務局のアイラさんから話を聞いて来たのですが、総主教会総大司教が休んでいる部屋はここでしょうか? 関係者です!」

「ああ、アイラさんから話は聞いている。この部屋だよ。さっき意識を取り戻されて、診察した医師も大きな問題は無いだろうと言っていた。何かあったら声をかけてくれ。ここで待機しているから」

「ありがとうございます」

 幾分安堵しながら会釈と共に感謝の言葉を口にしたシレイアは、次の瞬間勢いよくドアを開けて室内に飛び込んだ。


「シレイアです! デニーおじさん、大丈夫ですか!?」

「わっ、私は無関係ですからな!! 婚約破棄も王位簒奪も全く与り知らぬ事! 陰謀の片棒を担がされるなんて、真っ平ごめんです! 大体、貴族なのに財産信託制度の対象になるなど、胡散臭いにも程がある! これは国教会を巻き込んで、自分に有利な状況を作ろうとする、王太子殿下とそれを誑かした性悪女の企みですぞ! そもそもケリー大司教が、あんな面妖な話を鵜呑みにして面倒な小娘の後見を引き受けるから!! あいつは国教会を政争に巻き込んで壊滅させるつもりか!!」

 病人の寝ている部屋に騒々しく駆け込んだことを咎められるかと思いきや、自分以上の剣幕で喚き立てている人物がいたことで、シレイアは呆気に取られた。


「……何事?」

 思わず足を止めて部屋の奥に設置してあるベッドと、その前に仁王立ちになっている白髪頭の男の背中を眺めていると、彼女に気がついたローダスがベッドの近くから駆け寄って来る。そして開口一番、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


「すまない、シレイア。仕事は終わっているのに呼びつけて」

「それは構わないけど……。あの大司教の正装の人、誰?」

「財産信託制度総責任者のジェラル大司教。ケリー大司教様が殆どの実務を担っているが、貸金制度担当も兼任されている関係上、あの人が名目上の総責任者になっているんだ」

 不審人物の身元は分かったものの、シレイアはまだ納得しかねる顔つきで問いを重ねた。


「それは分かったけど、あの人はどうしてこんなところで喚き散らしているの? 非常識過ぎるわ」

「王太子殿下が公衆の面前でエセリア様との婚約破棄を宣言した挙句、新たに自身の婚約者として披露したアリステア・ヴァン・ミンティアの名前に、聞き覚えがあったようでね。それに気付いた瞬間、自分は無関係だ事実無根だ巻き込まれた被害者だと錯乱しているんだ」

 ローダスが心底うんざりした表情で説明してくる。それを聞いたシレイアは、思わず溜め息を吐いた。


「意識を失って倒れたと聞いたけど、あの人があまりにも五月蠅くておじさんの意識が戻ったんじゃない?」

「それは良かったが、俺が宥めても興奮状態が全然収まらなくて。取り敢えず父さんの意識は戻ったし、医師も少し安静にして落ち着いたら戻って良いと言われたんだが」

 そこでシレイアは、真顔でローダスに言い聞かせる。


「まだ仕事中だし、おじさんの命に別状がないと分かったのなら、早く会場に戻らないと駄目でしょう。この場は私がなんとかするから」

「本当にすまない。助かる。今度埋め合わせをするから」

「分かった。期待してる」

 話が纏まったところで二人は揃ってベッドに近付き、いまだ横になっているデニーに声をかけた。


「父さん、シレイアが来てくれた。悪いけど、俺は仕事に戻るから」

「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけて悪かった。シレイアも、わざわざ来てもらってすまないな」

「いえ、すぐに意識が戻って良かったです」

「面目ない。殿下のあまりの暴挙を目の当たりにして意識が遠のいてしまうなど、私もまだまだだな」

「それだけ殿下が非常識な行為をしたということですよ」

 そんなやり取りをしていると、すかさずベッドの反対側から金切り声が飛んでくる。


「総大司教! 聞いておられるんですか!? これは国教会にとって、重大な危機なのですぞ! エセリア様とシェーグレン公爵家とワーレス商会と王家を敵に回すなど、正気の沙汰ではありませんぞ!!」

(ああぁっ!! 五月蠅いっ!! 自分の責任が追及されそうだと勝手に被害妄想を膨らませた挙句、筋違いの危機を喚き立てないで頂戴! よくこんなのが、大司教になれたわね!? しかもケリー大司教の上の立場だなんて、色々激しく間違っていると思うんだけど!?)

 全く好感を抱けない、無駄に年だけ取ったような小心者の錯乱状態を目の当たりにして、シレイアは既にキレそうになっていた。しかし本調子ではないデニーの目の前で余計に揉めるような愚行に及ぶことはできず、なんとか怒りを堪えつつ冷静に言い諭す。


「ジェラル大司教様。意識が戻って大事はなかったとはいえ、キリング総大司教様はお倒れになった直後です。安静にしなければいけない場面で、声を荒立てるのはお止めください」

「何だと!? 部外者の小娘は引っ込んでいろ!!」

「部外者かもしれませんが、総主教会関係者です。自らの職場で、総主教会及び国教会最高責任者の心身の安全に気を配るのは、総主教会大司教の娘として当然の義務だと心得ております」

 そこでジェラルは不審そうな顔になった。


「大司教の娘だと?」

「申し遅れました。民政局所属、シレイア・カルバムと申します」

 シレイアは神妙に名乗って軽く頭を下げたが、それを見たジェラルの態度は間違っても礼儀に適ったものではなかった。


「そういえばノランの奴が、『娘は官吏になりたいと頑張っている』とか馬鹿な事をほざいていたな! 本当に官吏にさせるとは、酔狂にも程があるぞ!」

(この耄碌くそじじい……。私だけならともかく、父さんの事まで悪しざまに言うなんて。貴様こそポックリ逝きやがれ!)

 ジェラルが放った悪態を聞いて、今度こそシレイアは相手の横っ面を張り倒したくなった。その危険な気配が十分感じ取れたらしいデニーが、申し訳なさそうに囁いてくる。


「……シレイア」

「分かってます。大丈夫です」

(超絶にムカつくけどおじさんの体調も心配だし、なんとか即行でこの場を収めないと。それにしても、エセリア様かナジェーク様に相談して、この老害野郎を総主教会から放逐する算段を立てられないかしら!?)

 内心で物騒な事を考えつつも、ここでデニーに余計な心労をかけられないと判断したシレイアは、なんとか自制心をかき集めながら事を穏便に収めようとした。しかし予想外の方向に話が進む。


「全く! ケリーの奴、ろくでもない女に誑かされやがって! あの王家乗っ取りを企む毒婦がクレランス学園に入学し、王太子に近付いたのが国教会の仕業だと思われたら、なんとするつもりだ!! 総大司教! あなたが人事不省になっている間に、ケリーにさっさと帰還して弁明するように言いつけた、私のとっさの判断を賞賛して頂きたいものですな!!」

(は? 何を口走ってんの、この老害野郎?)

 シレイアは当惑したが、デニーも寝耳に水の話だったらしく、怪訝な顔で尋ねる。


「ジェラル大司教。私の意識がない間に、誰に何をどう言いつけたと?」

「今現在、地方の教会に視察に出向いているケリーをすぐに呼び戻すのを、総主教会の担当者に伝えるよう、馬車の御者に伝えて総主教会に戻らせたんだ! あれの責任なんだから、あれに弁明させるほかなかろう!」

 そこで不安なものを感じたシレイアは、慌てて確認を入れた。


「ちょっと待ってください。事態を箇条書きにでもまとめた文書を渡したわけではなく、口頭でですか? しかも御者に? どう伝えたんですか?」

「だから! 記念式典で王太子が婚約破棄を宣言して、王太子を誘惑して王家転覆を計る毒婦の後見人がケリー大司教で、総大司教がその場で倒れて、事の真偽の場を設ける事になって、総主教会の責任が追及されかねない事態だからケリーに大至急戻るように遣いを出すように伝えろと言ったんだ!」

「…………」

 必死の形相で喚き立てるジェラルを見て、デニーは疲れたように片手で顔を覆った。シレイアも、思わず床に蹲りなりたくなるのを必死に堪える。


(いまだに、この狼狽っぷり。どう考えても、御者にはもっと支離滅裂な伝え方をしたはず。状況が正確に伝わったとは思えないわ。今頃、総主教会で余計な騒ぎになっていないかしら?)

 なんてことをしてくれたのかと詰りたいのは山々だったが、そんな事をなんの得にもならないと、シレイアは自分自身に言い聞かせた。


(冷静に、間違っても声を荒立てては駄目よ、シレイア。この人と同調したら、治まるものも治まらないわ)

 そして息を整えたシレイアは、静かに口を開いた。











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