(12)結婚祝い

 王都滞在予定期間を半分を過ぎた頃、エセリアはナジェークをパートナーにして、ティアド伯爵家の祝宴に出席した。それはイズファインとサビーネの結婚披露宴であり、新郎新婦それぞれの友人である二人は、是非にと招待されていたからであった。


「やあ、結婚おめでとう。やっと落ち着いたな、イズファイン」

「仕方がないだろう。任務で長期間王都を離れていたし、互いの家でタイミング悪く、服喪期間が繋がってしまったしな」

 主催者であるティアド伯爵夫妻への挨拶を済ませてから、主役の二人が佇んでいる場所にナジェーク達が足を向けると、イズファインが皮肉交じりの友人の祝辞に、苦笑いで応えた。その横でエセリアが、笑顔でサビーネに声をかける。


「結婚おめでとう、サビーネ」

「ありがとうございます。エセリア様が出席してくれて嬉しいです。最近は殆ど領地にいらしているから、来てくださるかどうか心配していましたから」

「親友の結婚式と披露宴への招待ですもの。何としてでも予定を空けるわ」

「エセリア様……」

 その一言で、早くも涙腺が緩みかけたサビーネだったが、次のエセリアの台詞を聞いて瞬時に真顔になった。


「別にお祝いは持って来たけど、これは結婚祝いなの。受け取ってくれたら嬉しいわ」

「何ですか? 本のように見えますが」

「学院の設立準備をする合間に、こつこつ書きためた新作なのよ」

「本当ですか!?」

「……エセリア嬢」

 大き目のハンドバッグから取り出されたそれを、食い入るように見やったサビーネは、エセリアの説明を聞いて目を輝かせた。しかし彼女の隣で、新妻に何を贈るつもりかとイズファインが頭を抱えた為、エセリアがおかしそうに釈明する。

「とは言っても、新婚の女性に男恋本とかは贈れないから、違う内容なのだけど」

 それを聞いたサビーネは、若干残念そうな表情になりながらも、興味深そうに内容について尋ねた。


「そうですか……。そうするとどういった内容なのですか?」

「れっきとした、男女の恋愛話よ。ただし、主人公の男女のモデルになっている方々は、どちらもあなたが面識のある方だし、なかなか興味深い話だと思うわ」

「え? どなたのお話ですの?」

「あら……、本当に分からない? あなた自身も多少、関わっているのだけど」

 当惑したサビーネだったが、エセリアの含み笑いをしながらの説明を受けて、無意識に手を打ち合わせながら嬉々として叫んだ。


「分かりましたわ! ナジェーク様とカテリーナ様のお話ですのね!?」

「ご名答。お兄様にカテリーナ様を紹介していただいた時に聞いたのだけど、周囲の目をごまかす為に、あなたとイズファイン様がお二人の連絡役を務めていたのですって?」

「はい。エセリア様にも秘密にしていて、申し訳ありませんでした。ですがナジェーク様に、『敵を騙すにはまず味方からと言うだろう?』と説得されまして……」

 申し訳なさそうに項垂れたサビーネを、エセリアは苦笑しながら宥めた。


「サビーネ。それは『説得された』のでは無くて、『丸め込まれた』と言うのよ……。でも確かに当時学園内で、貴族の生徒の間では王太子殿下派とアーロン殿下派と中立派が、水面下で微妙なバランスを取っていたものね。対立する派閥の家のお義姉様との事を、お兄様が極力表沙汰にしたくないと考えたのは、理解できるわ」

「分かってくれて嬉しいよ」

 ナジェークは笑って応じたが、イズファインも恐縮気味に頭を下げた。


「申し訳ありません、エセリア嬢。彼女の家と我が家は、昔から家族ぐるみの付き合いがありますが、婚約者がいる私が直接彼女と頻繁に連絡を取っていたら、対外的に問題があったもので。それでサビーネを紹介して顔見知りになって貰って、彼女の名前を使わせて貰っていたのです」

「ええ、存じていますし、イズファイン様が気に病む事はございません。寧ろ兄が、ご迷惑をおかけしました」

 そこで思い出したらしいサビーネは、この場に居ないカテリーナについて尋ねた。


「そう言えば、ナジェーク様。カテリーナ様はお元気ですか?」

 それに彼が、相好を崩しながら答える。

「ああ、随分お腹が大きくなっているのでね。今日は彼女も出席したがっていたが、大事を取って屋敷に残って貰ったんだ。おかげで随分、恨み言を言われたが。帰宅したら大変だな」

 苦笑いしながらも、頑として今回の出席を認めなかったナジェークに、エセリアは呆れ果てた視線を向けた。


「お兄様は本当に、変な所で過保護ですのね。結婚後も変わらず、それまで通りお義姉様に出仕させていたくせに」

「それとこれとは、話は別だからな」

「落ち着いたら二人で、改めてそちらに挨拶に行くつもりだ」

「それはカテリーナも喜ぶだろう」

 男二人がそんな言葉を交わしている横で、サビーネが思い出したように言い出す。


「そう言えば小耳に挟みましたが、シレイアとローダスが結婚するそうですね。私、シレイアは結婚せずに、官吏の道を極めると思っていましたので驚きました。どういう心境の変化でしょう?」

「ええと……、官吏の道を極めると言う彼女の方針は、今でも変わっていない事は確かね……」

「あら……、そうなのですか?」

 微妙に視線を逸らしながらエセリアが語った内容を聞いて、サビーネが意外そうな顔つきになっている横で、王宮内で勤務している男達は、顔を寄せて囁き合った。


「イズファイン。お前は詳細を聞いているか?」

「ああ。王宮内で、かなり噂になっていたしな。色々と思う所はあるが、本人同士が納得しているのなら、それで良いんじゃないか?」

「そうだな。他人がどうこう言うべき事では無いな」

 そこでまたしてもサビーネが話題を変えた。


「ところで、エセリア様はどうなのですか?」

「え? 『どう』と言うのは?」

「領地に行ったきり、なかなか王都に戻って来られないので、ひょっとしたら向こうでお好きな方でもできたのかと思っていまして」

「サビーネ! 幾ら何でも、いきなりそんな事を口にするのは失礼だろう!」

 過程はどうあれ、婚約破棄された形になっているエセリアに、縁談が調い難いのは事実であるため、イズファインが血相を変えて叱責した。しかし当の本人が、笑って彼を宥める。


「構いませんわ、イズファイン様。サビーネ、残念だけど、そう言う縁には未だに恵まれていなくてね。向こうでやりたい事が多くて、帰って来ないだけなのよ」

 それを聞いてサビーネは若干気落ちした風情になったが、すぐに気持ちを切り替えたらしく、明るい笑顔で申し出た。


「そうですか……。ですが、もしエセリア様が結婚するとなったら、その時はどこに居られても駆けつけますから、絶対に私にお知らせくださいね? お約束ですわよ!?」

「ええ、必ず知らせるわ。あなたには絶対に祝って貰いたいもの」

 そんな彼女達をイズファインとナジェークは、微笑ましそうに眺めた。


(結婚か……。この間、まともに考える暇も無かったわ。この世界の結婚適齢期なんて、全然意識もしていなかったし。この点に関しては、家族揃って無頓着で本当に良かったわね)

 すっかり恋愛に疎い、干上がった生活をしているとしか言えないエセリアだったが、そんな自分の生活と環境に、本人は心の底から満足していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る