(5)思わぬ展開

「ただいま」

 シレイアが修学場から自宅に帰ると、廊下で花瓶を抱えたメルダが出迎えた。


「お嬢様、お帰りなさい。お昼の支度ができておりますよ。すぐに食堂に運びますね」

「お母さんは?」

「午後に夫人会の方々をお招きしてお茶会なので、その準備中です」

「一昨日の人達とは、違う顔ぶれなのかな?」

「そのようですね」

「メルダも大変よね。お疲れ様」

「とんでもない。これも仕事のうちですし、まだまだやれますよ」

(お母さんは夫人会の意見集約をしつつ、貸金業務推進派の維持拡大に向けて頑張っているわね。王都にいないマーサおばさんの分まで頑張らないといけないし、デニーおじさんに頼まれてマーサおばさんと現地情報収集の中継もしているそうだし、本当に大変だわ)

 多忙を極めている母を気遣うと同時に、母を助けているメルダに感謝しながら、シレイアは言葉を継いだ。


「私、お昼ご飯を食べてお茶会の支度を手伝ったら、ワーレス商会書庫分店に行ってくるから。夕方に戻るわね」

「分かりました。奥様には断ってから出かけてくださいね」

「そうするわ」

 その後、シレイアは宣言通り母の手伝いをしてから、ワーレス商会書庫分店へと出かけた。




 その日は紫の間で、紫蘭会会員による男恋本座談会が開催予定だった。

 シレイアは久しぶりにサビーネと顔を合わせて喜ぶ間もなく、その場でエセリアの姉であるコーネリア・ヴァン・シェーグレンを紹介されて恐縮しきりだった。しかしコーネリアは、公爵令嬢とは思えない気安さで挨拶を返してくる。そうこうしているうちに定刻となり、その日集まった十数名の会員は、ラミアが円形に揃えてくれた椅子に座り、互いに自己紹介をしてから白熱した討論会を開始した。


(はぁ……、議論に集中したいけど、貸金業務のこれからが心配で……。お父さんもお母さんもはっきり口には出さないけれど、推進派が形勢不利なのがなんとなく伝わってくるもの)

 開始当初は嬉々として会話に参加していたものの、このところずっと鬱屈したものを抱えていたシレイアは、少ししてから難しい顔で黙り込んでしまった。それからも周囲では楽しげな会話が続いていたが、シレイアはふいに軽く腕を引かれて我に返る。


「……シレイアさん?」

「シレイア? コーネリア様に呼ばれているわよ?」

「あ……、は、はい! なんでしょうか!?」

 隣席のサビーネに囁かれたシレイアは、慌てて斜め向かいに座っているコーネリアに視線を向けた。すると彼女は、心配そうに尋ねてくる。


「もしかして、体調が優れないのかしら?」

「え? あの……、どうしてですか?」

「あなたが先程から難しい顔をして、一言も発していないから気になっていて。それほど具合が悪いなら、無理をしなくても良いのよ?」

 公爵令嬢が本気で気遣ってくれている様子を目の当たりにしたシレイアは、申し訳なさのあまり狼狽しながら謝罪した。


「ああああのっ! ご心配いただいて、ありがとうございます! そして、申し訳ありません! 体調は万全ですが少々気がかりな事がありまして、そちらに意識が向いておりました! せっかくの座談会の最中に、大変失礼いたしました!」

「そうだったの。それなら良いのよ。具合が悪いなら、ラミアさんに頼んでお医者様を呼ぼうかと思ったものだから」

(コーネリア様……。今日が初対面の私にも気を配ってくださるなんて、公爵令嬢であられるのになんてお優しい方なの!? さすがはあのエセリア様の実のお姉様だわ!)

 椅子から勢い良く立ち上がり、シレイアは深々と頭を下げた。対するコーネリアは気を悪くした風情も見せず、上品に微笑む。その様子にシレイアが密かに感激していると、コーネリアが予想外のことを言い出した。


「ところで……、何がそんなに心配なのかしら? 私が聞いてもたいした助けにはならないと思うけれど、もし良ければ聞かせていただけないかしら?」

「はい!? コーネリア様に、ですか!?」

「ええ。私には適切な助言などはできないかもしれないけど、この場には色々な立場の方がおられるし、他の方に話すだけでも気持ちが楽になる場合もあると思うの。どうかしら?」

(どうしよう……。コーネリア様にここまで言っていただいたのに、曖昧にしてごまかすなんて却って失礼よね。でも、貸金業務に関わる国教会の内紛に関して外部に漏らすのは国教会の体面にも関わるし、下手をすれば管理が行き届いていないと王家から叱責される事態になるかも……。だけど、このまま手をこまねいていられないのも事実だわ)

 明らかに親切心からと分かる申し出に、シレイアは悩んでしまった。しかしすぐに心を決めて口を開く。


「分かりました。お話しします。実は、コーネリア様とラミアさんにも少々関係のある内容でもありますので」

「あら、私に?」

「それは……、まさか、国教会の貸金業務に関わる内容でしょうか?」

 コーネリアは怪訝な顔をしただけだったが、この場に同席していたラミアが、幾分顔つきを険しくしながら問い返す。それにシレイアは深く頷いてみせた。


「はい。ラミアさん、さすがです。皆さん、申し訳ありませんが、私が今から話す事は少々外聞を憚る内容ですので、できれば他言無用でお願いします」

「皆様、よろしいですね?」

 シレイアに続いてコーネリアが念押ししたことで、その場全員が瞬時に真顔になる。

「勿論です」

「私達を信用してください」

「それではシレイアさん。話してみてください」

「はい」

 コーネリアに促されたシレイアは、緊張をほぐすために息を整えてから、徐に口を開いた。


「それでは……、まず詳細についてご存じない方のために、全国に先駆けて最近王都内で総主教会が開始した貸金業務について説明します。実はこの貸金業務は、ここにいるラミアさんとコーネリア様の妹のエセリア様が総主教会に提案して実現した制度です。少々事情があって、この事実は公にはしていませんが」

「えぇえぇぇっ!」

「あの貸金業務が!?」

「貸金業務のことは、噂になって勿論知っているけど、どういう事!?」

「ラミアさんとエセリア様が提案したって、本当に!?」

 途端に周囲から驚愕の声が上がったが、それをコーネリアはやんわりと制する。


「皆様、落ち着いてください。質問は、シレイアさんが全て話し終わった後で、まとめていたしましょう」

「はい……」

「失礼いたしました」

「さあ、シレイアさん。続きをどうぞ」

「はい。それで総主教会内で議論を重ね、周到に準備を進めて無事運用の運びとなったのですが……」

 それからシレイアはこの間の事情を、時折解説を加えながら順を追って説明し、腹立たしい気持ちを抑え込みながら最後まで話し終えた。

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