(6)転がり出た情報

「そういうわけで今現在、元々貸金業務に否定的な派閥が勢いを増して、下手をすると事業事態が頓挫しかねない可能性があり、事業推進派の父や総大司教達が押されている状況なのです」

 シレイアがそう話を締めくくると、コーネリアはしみじみとした口調で感想を述べた。


「そうだったの……。公爵令嬢が貸金業務などに口を挟むのは外聞が悪いと思ったのか、屋敷内でも父や妹がそれについて話をしていなかったから、私は全く知らなかったわ」

「貸金業務が頓挫ですって? 冗談ではありません」

 かなり険しい表情になりながらラミアが呟き、それを見たシレイアは反射的に頭を下げる。


「そうですよね……。ラミアさんは危険を冒してエセリア様と一緒にあの査問会に乗り込んで提案してくださったのに、国教会内の内紛でこんな事態になるなんて、本当に申し訳ないです」

「まあ! シレイアさんが謝る事ではありませんよ!?」

 慌ててラミアはシレイアを宥めた。しかしコーネリアは、真顔で指摘してくる。


「『内紛』と言うと……。もしかしたらシレイアさんは、その襲撃事件が偶発的なものではなくて、国教会内部の人間が関係していると疑っているのかしら?」

「まあ!」

「そんな、まさか!」

 妙に確信している風情のコーネリアの発言に、周囲の者達は揃って驚愕した。そんな緊迫する空気の中、シレイアは硬い表情で自身の推測を述べる。


「残念ながら、そうなのではないかと……。商団とか荷馬車とか貴族の馬車とか、いかにも金目の物が取れる一団と分かるわけでもない一行を、わざわざ王都近くの街道で盗賊が襲う意味が分かりません。貸金業務の担当者が事業説明のために王都以外の教会を巡って戻る行動予定を把握して、襲ったと考えるのが妥当です」

「確かに、そうかもしれないわね……」

「現に何も取られずに、怪我人だけ出しましたし。死人が出なかったのは幸いですが……、私の知り合いはかなりの重症で、ひと月経ってもベッドから起き上がれません。彼が庇った責任者の大司教は、左腕が動かせなくなっています」

「まぁ……」

「なんて事でしょう!」

「許せないわ!」

 シレイアの話を聞いて、恐怖のあまり顔を青ざめさせる者もいたが、怒りで顔を紅潮させる者もいた。しかしコーネリアは、冷静に話を続ける。


「シレイアさん。そうなると、王家が金利を定めて国教会が承認を得て貸金業務を開始した事で、これまで市中で貧しい人達相手に暴利を貪っていた高利貸が商売にならなくなって逆恨みをして、国教会内の反対勢力と組んで貸金業務を潰しにかかっていると、そう考えているのね?」

「ご推察の通りです……」

 国教会内部関係者が共謀している可能性を指摘されたシレイアは全く反論できず、面目なさげに項垂れた。それを見たラミアが、苛立たしげに呟く。


「許しがたいわ……。どうしてくれようかしら」

 憤然としているラミアに、コーネリアも小さく頷く。

「そうね。こんな話を聞いた以上、私も傍観しているつもりはないわ。シレイアさん、話してくれてありがとう」

「い、いえ、そんな。お腹立ちになる話をお聞かせしてしまって、恐縮です」

「そんな事はないわ。現に私の妹とラミアさんが関わっている話だから、立派な当事者よ。教えて貰って良かったわ」

「私も同感です。てっきり貸金業務は順調に運営されていると思っていましたから。しかしこれは、どうしたものでしょうか……」

 そこでコーネリアが真顔で考え込んだ。 


「そうね。貸金業務反対派を潰すのに一番手っ取り早くて確実なのは、その襲撃犯と繋がっているであろう、高利貸と国教会の内通者を特定する事でしょうけど……。それくらいは、国教会の上層部の方々も考えておられるでしょうし……」

「はい。その通りです。ですが反対派はかなりの人数ですから全員を疑うのは無理ですし、末端まで考えると……。そもそも国教会には騎士団などとは違って、捜査組織などはありませんし」

「それはそうよね。そうなると……」

「私、確実に高利貸と繋がっている、根性がねじ曲がった司祭を一人知っています!!」

「え?」

 シレイアも加わって三人で議論していると、参加者の一人が勢いよく右手を上げながら予想もしていなかったことを申し出る。次いで彼女は、シレイアに向かって力強く叫んだ。


「最初の自己紹介でシレイア・カルバムと聞いた時、ひょっとしたらカルバム大司教様に縁の方かと思っていたけど、やっぱりあなたはカルバム大司教様の娘さんだったのね!? 私、ううん、バールド通りの全員が、あなたのご両親に特大の恩があるのよ!」

「ええと……、それはどういう事でしょう?」

(ええと、確かこの人は……。冒頭の自己紹介でローザ・アメルと名乗っていた、王都西部街のバールド通りの花屋で働いている人よね? お父さん達に恩があるって、どういう事かしら? 家からは離れているから、普段バールド通りで買い物とかはしないし)

 二十歳程に見える女性を観察しながらシレイアは困惑したが、ローザはコーネリアに向き直り、語気強く訴え始めた。


「コーネリア様! 結論から先に言いますと、バールド通りのオランドという陰険な高利貸と、サレク教会のロペックという性悪司祭が、確実に手を組んでいます! 間違いありません!」

「オランド……、確かになにかで噂を小耳に挟んだような。良くない噂だったと思うけど……」

「サレク教会……、王都西部管轄の……。確か、総主教会内での西部教会管轄者は……、そういえばあの人って、貸金業務反対派だったんじゃ……。まさか、本当に繋がっているの?」

 彼女の発言を聞いて、ラミアとシレイアが真顔で考え込む。そんな二人を横目で見てから、コーネリアが冷静に詳細について尋ねた。


「ローザさん。順を追って説明してくれますか? まず、どうしてあなたは、その高利貸と司祭が繋がっていると確信しているのかしら?」

「はい、コーネリア様。本来、教会の司祭であれば、生活資金に不足はない筈です。頻繁に高利貸の所に出向くわけがありません。それにお金を借りたら、返却にひと月とかふた月後に訪れる筈ですが、毎週のように訪れるのは変です」

「なるほど。それは一理ありますね」

 コーネリアは素直に頷いたが、ラミアが冷静に指摘してくる。


「単に、司祭というには生活が乱れすぎて、賭け事や女性にお金を注ぎ込んで、頻繁に少額ずつ借りているということは考えられませんか?」

「ラミアさん。以前からそうなら気に留めませんが、奴が出入りし始めたのは、この二・三ヶ月くらいの話です。それに目撃しているのは、私だけではありません。バールド通りで複数の人間が出入りしているのを目撃していて、『あのろくでなし、またなにか企んでいるんじゃないか』と皆で警戒していましたから」

「シレイアさん、どう思いますか?」

「総主教会で、貸金業務を運用開始した時期と重なります」

「黒さが増しましたね…………」

 ラミアからの問いかけに、シレイアが真顔で応じる。そこで引き続きコーネリアが、慎重に確認を入れた。


「それではローザさんを含め、バールド通りの方々が、誰か見ず知らずの方とロペック司祭を見間違っている可能性はありませんか?」

 しかしその問いかけに、ローザは激しく首を振った。


「そんな可能性は断じてありません! 通りの皆が、あの性悪陰険野郎の顔を見間違える筈なんてありませんから!! これはカルバム大司教様に望外のご配慮を頂いた一件に、大いに関係がありますし!」

「え? お父さんに、ですか?」

「そうなのよ!」

 シレイアは再度驚いたが、ローザは更に驚きの内容を暴露した。


「昨年の話だけど、バールド通りのパン屋で働いているニーナさんっていう気立てのよい綺麗な人がいたの。私より六歳上のお姉さんのように慕っていた人で、とっくに結婚していてもおかしくない年齢だったんだけど、早くに両親を亡くしたニーナさんを一人で育てたお祖母さんが当時病気で寝たきりになっていて、仕事と看病でそれどころではなくて……」

「それは大変でしたね。そのニーナさんがどうしたんですか?」

「ニーナさんには、当時婚約していたガルムさんがいたんだけど、行商人で生活に余裕がなかったから結婚が延び延びになっていたの。それは仕方がない事だと周りも思っていたんだけど……、ロペックの野郎がニーナさんに付きまとって、平然と言い寄ってきやがったのよ!」

 その憤然としたローザの叫びに、シレイアは驚きのあまり目を見開く。


「なんですかそれは? 仮にも、司祭のする事ではありませんよね?」

「子供のあなただって、そう思うわよね!? もう本当に最低だったわよ! 仕事中のニーナさんに『あんな甲斐性なしと一緒になっても苦労するだけだ』としつこく言い寄るだけじゃなく、店に入り浸って仕事の妨害をしたり、仕事上がりを待ち伏せしたり、ガルムさんに商品を回さないように裏で手を回したり」

「なに、その腐れ野郎!? そんなのが堂々と司祭の座に収まっているなんて、信じられない!?」

 聖職者にあるまじき暴挙に、シレイアは思わず声を荒らげる。それに触発された如く、ローザの語りもヒートアップした。




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