(3)カルバム家の教育方針

「ノランおじさん。どうして家庭教師を頼まないんですか? 裕福でない平民が費用が無料の修学場に通うのならともかく、生活に余裕のある聖職者の子女が修学場で勉強するなんて、普通だったらあり得ないですよね? 現に兄さんも僕も、家庭教師に教えて貰いましたし」

(あれ? 子供って皆6歳になったら、修学場でお勉強するんじゃないの?)

 ウィルスの話を聞いて、これまで子供は全員修学場で学ぶものだと思い込んでいたシレイアは、本気で困惑した。そんな娘に一瞬視線を向けてから、ノランがウィルスに説明する。


「確かにウィルスの言う通りなのだが……、シレイアには幼い頃から教会関係者だけではなく、より幅広い交友関係を築いて欲しいんだ。それが、この子の将来の可能性や選択肢を増やす事になると思うから」

「はぁ……、そうですか。因みにそれは、ステラおばさんも納得の上の話ですか?」

「ええ。私には難しい事は分からないけど、シレイアには色々な人と接して色々な事を考えて貰いたいから」

「それなら俺のような子供が、偉そうに意見する必要はありませんね。失礼しました」

 既に11歳であるウィルスは以前から秀才の誉れ高く、将来は官吏を目指して勉強している身であった。他家の教育方針に疑問を呈するのは、非礼な行為だとの認識でウイルスは素直に頭を下げたが、デニーとステラは全く気にせず、笑顔で彼を宥める。


「気にしなくてよいよ。確かに私達のような立場の子供であれば、珍しいだろうからね」

「シレイアを心配してくれたからだと分かっているもの」

 ここでマーサが、溜め息交じりに言い出す。


「でも、それなら少し残念ね。そちらが良ければ、ローダスと一緒に家庭教」

「僕も総主教会管轄の修学場に通うから!」

 いきなり母親の台詞を遮りながらローダスが声を上げたため、彼の家族は揃って面食らった。


「え?」

「ローダス?」

「だってお前……」

「ちゃんと先生」

 家族が口々に何か言いかけるのを、ローダスは再び力強い声で遮りながら、父親を眼光鋭く睨み付ける。


「ノランおじさん達には言ってなかったけど、僕も総主教会管轄の修学場に入る手続きをしてるから! 父さん、そうだよね?」

「……あ、ああ。そうだな」

 有無を言わさない口調で念押ししてきたローダスの迫力に押されて、思わずデニーが曖昧に頷く。それを見たノランが、怪訝な顔で尋ねた。


「そうなのか? レナードとウィルスには家庭教師を頼んでいたから、てっきりローダスもそうするのかと思っていたが」

「う……、まあ、兄弟で違いがあっても良いだろう……」

「…………」

 末息子からの(余計な事は口にしないでよ!)という無言の圧力を受けて、デニーは微妙に口ごもりながら答えた。すると今度はステラが、何かを思い出したように言い出す。


「あら? でもマーサ。あなたこの前、ローダスの家庭教師がどうとか、何かの折りに話していなかったかしら?」

「それは、兄さんの時の話とごっちゃになったんじゃなかな? そうだよね? 母さん?」

 マーサの問いかけに、そこで割り込んだローダスが答えた。更にその息子から笑顔で(総大司教夫人なら、当然これくらいの空気は読めるよね?)との無言の圧力を受けたマーサが、引き攣り気味の笑顔で応じる。


「……え、ええ、ステラ。ローダスが言った通りかもしれないわ」

「そうなの? 確か具体的に名前も出していた気がするし、決定事項かと思っていたのだけど……」

「ウィルスの時の家庭教師が良かったから、誰かに紹介するという話の流れだったのかもね……」

「ああ、なるほどね」

 そこであっさりステラは追及を止め、大人達の話は他の内容へと移った。



「へぇえぇえ~。なぁるほどぉ~」

「あぁ~、そぅなのかぁ~」

「……なんだよ?」

 兄二人から意味深な視線を向けられたローダスは、微妙に視線を逸らしながらふて腐れ気味に応じた。しかしレナードとウィルスは、この場でそれ以上からかったり冷やかしたりはせず、含み笑いでローダスとシレイアを眺める。


「いゃあ? なんでも? うん、まぁ、勉強も、他の事も頑張れよ?」

「そういうわけだから、シレイア。ローダスの事をよろしく頼むよ。何ヵ月かシレイアの方がお姉ちゃんなわけだし」

 いかにも楽しそうにレナードとウィルスが言い出したことに、シレイアは快く頷いてみせた。


「うん、任せて。ちゃんとローダスの面倒を見てあげるから、お兄ちゃんたち安心して?」

「それは頼もしいな」

「良かったな、ローダス。シレイアに面倒を見て貰えるぞ?」

「はぁ? 余計な事を言うなよ! それに、面倒を見て貰うってなんだよ!?」

 兄二人にからかわれ、ローダスはむきになって言い返した。そんな賑やかな兄弟のやり取りを見て、兄弟姉妹が皆無のシレイアは、ちょっとだけ残念に思う。


(相変わらず、ローダス達って兄弟仲が良いな。私にも兄弟がいたらな……。ううん、どうしようもないことを言っていても仕方がないよね。実の兄妹みたいに仲良くして貰っているんだから、それに感謝しないと)

 そんな事を考えてから、シレイアはこれからの修学場での生活を想像し、どんな事があるのかと期待に胸を膨らませるのだった。


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