(15)波乱含みの剣術大会

 絵画展が終了してから、数日が経過した頃。例によって例の如く、エセリアはカフェに気が置けない仲間達と集まり、お茶を飲みながら話し込んでいた。


「このところ、音楽祭や絵画展の準備にかまけていて、殆ど剣術大会の準備に携わってはいなかったけど、今年はサビーネや他の紫蘭会の皆さんが、率先して動いて下さって助かったわ」

 そのエセリアの台詞に、サビーネが大きく手を振りながら笑顔で応じる。


「とんでもありません。エセリア様が忙しく過ごされているのは、私達が一番良く分かっていますもの。エセリア様抜きでも、滞りなく準備を進めるのは当然ですわ」

 そこでカレナが思い出したように、ミランに話題を振った。


「剣術大会と言えば……、例のアリステアの係はどうなったのかしら? 確か以前、ミランのクラスで揉めていたわよね? あれから、何かする事になったの?」

「あれ以降も、本人から何も申し出が無いし、未だに何の係にも入っていないみたいだが……」

「せめて接待係位、すれば良いのに。高位貴族の令嬢が殆どを占めているから、有効な人脈作りになるとは思わないのかしら?」

「グラディクト殿下が味方に付けば他はどうとでもなると、本気で思っているのだろうな……。短慮過ぎると思うが」

 そこでミランとカレナが揃って嘆息して話が途切れると、ローダスがかなり恐縮気味に言い出した。


「その……、今話題に出た、剣術大会に関してなのですが……」

 その口調に全員が不穏なものを感じ取り、その場が静まり返る中、エセリアは傍目には冷静に尋ねた。


「ローダス。また殿下かアリステアが、何か言っていたの?」

 それにローダスは直接答えず、微妙にずれた問いかけを返す。


「今年も殿下の母君、側妃のディオーネ様が観覧にいらっしゃると言うのは、本当ですか?」

「ええ、その筈よ。今年は特にご招待はしていなかったのだけど、向こうから『是非とも今年も見せて頂きたい』との申し入れがあったの。それで昨年同様、近衛騎士団共々、お出でになるのよ。それに加えて、今年はアーロン殿下が参加するから、その母君のレナーテ様も一緒に来られる事になったわ」

 ローダスの態度を不思議に思いながらも、エセリアが淡々と彼の問いに答えると、彼を含む全員が即座に顔色を変えた。


「レナーテ様まで!?」

「アーロン殿下ご本人が、参加するのですか!?」

「参加って、試合にですよね?」

「そんな話、初耳ですが!」

 アーロンと同じクラスのカレナまで驚愕して声を上げる中、エセリアが重々しく説明を続けた。


「アーロン殿下は王族ですから騎士科志望ではありませんが、剣術がなかなかの腕前ですので、教授陣から是非にと参加を勧められたそうです。それでレナーテ様が、大層お喜びになったとか」

「何て面倒な……」

「レナーテ様とディオーネ様が、息子自慢で張り合いそうだわ」

「その話が学園長のお耳に入ったのが昨日で、すっかり頭を抱えられてしまったの。お二人の仲の悪さは、社交界では以前から知れ渡っているでしょう?」

 そう問われたサビーネは、遠い目をしながら答えた。


「ええ……、確かにグラディクト殿下が立太子して、王太子の座を巡った争いは、一応の決着が付いておりますが、アーロン殿下派の皆様は、まだ完全に王太子の座を諦めてはおりませんね」

「それで当日、学園でお二人が顔を揃えた時に、まさか掴み合い殴り合いの乱闘騒ぎなどは起きないとは思いますが、万が一にも舌戦から本格的な両派の対立に発展したりしたら、学園長の立場が無くなりますから」

「……それは確かにありえますし、傍観できませんわね」

「それで剣術大会の期間中、お二人が険悪な雰囲気にならないように、私とマリーリカが張り付いて何とか場を丸く治めては貰えないかと、学園長から直々に相談を受けたわけなの。私達は殿下方の婚約者である関係上お二方とは何度も面識があるし、気性なども学園長よりは良く存じ上げていますから」

「エセリア様もマリーリカ様も、本当にお疲れ様です」

 その場を代表してサビーネが憐憫の眼差しを送ると、エセリアはうんざりした顔をいつもの表情に戻しながら、改めてローダスに尋ねた。


「確かに頭が痛いですが……、何とかするしかないわ。それにローダスが言いたいのは、この事ではなさそうね。全く知らなかったみたいだし」

 それを受けて、ローダスが顔を強張らせながら口を開く。


「はい。実はグラディクト殿下が剣術大会の時に、アリステアをディオーネ様に直接紹介するとか口走っておりますので、エセリア様に早めにお知らせしておかなければと思いまして」

 そんな事を大真面目に言われてしまったエセリアは、一瞬自分の耳を疑い、声を裏返させながら問い返した。


「剣術大会の観覧席で? 近衛騎士団の上層部のお歴々の前で?」

「本人はそのつもりのようです」

(本当に、考えの足らない奴はっ!! 放置しておくと何をやらかすか、想像がつかなくて怖いわね!)

 思わず脱力し、テーブルに両肘を付いて頭を抱えたエセリアだったが、他の面々も困惑顔を見合わせた。


「それは本気なの? 人目のある所でそんな事をしたら、後から撤回なんかできないじゃない。それにレナーテ様が『王太子殿下がエセリア様を差し置いて、末端貴族の令嬢を厚遇している』と、嬉々としてふれ回るに決まっているでしょう?」

 シレイアのその指摘に、ローダスは一応弁解を試みた。


「レナーテ様の事は今まで知らなかったが、俺も『人目があり過ぎるから拙いのでは』と遠回しに言ってはみたんだ。だが『アリステアのような素直で気だての良い娘は、母上もきっと気に入って下さる。エセリアを遠ざけるにしても、まず母上に納得して貰わないとな』と聞く耳持たなくて……。さすがに彼女をディオーネ様がおられる後宮に連れて行くのは、拙いと判断された上での事だろうが」

「人目を気にする頭があるなら、もう少し深く考えたらどうなのよ!」

「いや、それを俺に言っても、どうしようもないだろう!?」

 シレイアとローダスの間で、そんな不毛な論争が繰り広げられているのを見たサビーネは、この間黙って何やら考え込んでいたエセリアに、控えめに声をかけてみた。


「エセリア様、どうされますか?」

「殿下が私の排除に向けて、一歩踏み出そうとして下さったのは嬉しいけれど……。いきなり人目がある場所で、アリステア嬢をディオーネ様に紹介するつもりとは……、本当に困ったものね。考えなしにも程があるわ」

 周囲からの視線を集めながら、深々と溜め息を吐いたエセリアは、意を決したように顔を上げて宣言した。


「分かったわ。それは私がなんとかするから。要は殿下が彼女をディオーネ様に紹介しても、特別扱いしていると周囲に思わせなければ良いのだしね」

「そんな事が可能なのですか?」

「まあ……、なんとか。こんな事もあろうかと、予め用意しておいたことがあるし」

 カレナが驚いて思わず問い返したが、エセリアは曖昧に笑って誤魔化した。そして

シレイアとサビーネに向き直る。


「シレイア、サビーネ。以前お願いしていた、今年のそれぞれの係で中心になって働いてくれている方、かつ平民の方を探しておいてくれたかしら?」

「はい、勿論です」

「ご希望なら、明日にでもお引き合わせできます」

「それなら良かったわ。早速調整をお願いしたいの。その方達の他に、各係の責任者の方にも同席して貰いたいわ」

「分かりました」

「お任せください」

 それを聞いて安堵したエセリアは、改めてシレイアとローダスに向き直って指示を出した。


「取り敢えずシレイアとローダスは、アリステアをディオーネ様に紹介する時間帯は、初めの方ではなく最後にした方が良いと、さり気なく殿下を説得しておいて下さい。その方が時間に余裕があるとか、開始前のざわついている時より落ち着いて話ができるとか、それらしい適当な理由を付けて。その内容は、二人にお任せします」

「分かりました」

「必ずそのように、誘導しておきます」

「宜しくお願いします」

 そんな風にとにもかくにも剣術大会に向けての対策は、エセリア達の手によって着々と整えられていった。

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