(16)代理戦争勃発

 様々な不安要素を抱えながら迎えた、剣術大会初日。

 エセリアはリーマンやマリーリカと共に、学園本校舎の正面玄関前で、ディオーネ達の来訪を待ち構えていた。


「マリーリカ……」

「はい、エセリアお姉様。何でしょうか?」

「今更、一々口に出す事でも無いのだけれど……。笑顔と話術のみが、私達の武器よ。何があっても最後まで、それを手放しては駄目ですからね?」

「はい、お姉様。最後の最後まで、全力を尽くします」

「お互いに頑張りましょう」

 改まった口調でエセリアが告げると、マリーリカが幾分硬い表情で頷いた。するとここで、微かに馬蹄の響きが門の方向から伝わり、リーマンが落ち着き払った様子で呟く。


「おう、いらっしゃいましたな」

 その声に、自然に目を向けた二人だったが、視線の先に連なっている馬車の数を認めたマリーリカが、正直な感想を口にした。

「……随分、大仰な車列ですわね。騎士団の方は、全員騎乗しておられるようですが」

 それにエセリアが、うんざりとした口調で応じる。


「去年もディオーネ様の馬車の後に、お付きの侍女が乗った馬車が続いてはいたけれど……。今年はディオーネ様とレナーテ様が別々の馬車でいらした上に、お二方の侍女もそれぞれ別な馬車でいらしたみたいね。しかも侍女の人数が、絶対に増えているわ」

「あのお二人が、馬車に同乗するとは思えませんが、何も付き従う侍女の人数まで張り合わなくとも……。無駄と申し上げたら不敬でしょうか?」

「心の中で思う分には、構わないでしょう。私も激しく同感だもの。……それではお出迎えしましょうか」

「はい」

 馬車から降り立ったディオーネとレナーテが、まず学園長であるリーマンと挨拶をしている間、エセリアとマリーリカは大人しく彼の背後に控えて待機していたが、それが済むと恭しく淑女の礼を取りつつ、二人に挨拶した。


「ディオーネ様、レナーテ様。学内行事の為にわざわざこちらまで足をお運び頂き、誠にありがとうございます」

「お二方とも、良くいらして下さいました。今回ご活躍の殿下方も、さぞかしお喜びの事と思います」

 それにディオーネが、上機嫌に応じる。


「エセリア様、マリーリカ様。揃ってのお出迎え、ありがとうございます。ですが出向くのに、煩わしい思いなどはしておりませんわ。なんと言っても、我が子の成長ぶりを目の当たりにできる、絶好の機会ですもの」

「本当にそうですわね。私もアーロンの勇姿を見るのを、何日も前から楽しみにしておりましたのよ? グラディクト殿下は試合にご参加されないと聞き及んでおりますから、アーロンが王族として恥ずかしくない戦いぶりを見せないといけませんので、心配で心配で」

 殊勝な物言いに聞こえるレナーテの台詞も、その優越感に満ち溢れた表情を見れば彼女がどんな事を考えているかは一目瞭然であり、それでディオーネは僅かに表情を険しくし、エセリア達は内心で動揺した。


(げ! 早速始まったわ)

(後宮内での催し物に呼ばれた時は、王妃様がちゃんと目を光らせていたから、この手の争いは抑え込まれていたけど……)

 迂闊に口を挟めず、ハラハラしながら事態の推移を見守るエセリア達の前で、ドレスや小物、侍女の人数に至るまで常に張り合っている二人は、早速嫌味の応酬を始めた。


「本当に、アーロン殿が予選を勝ち抜く所までいければ宜しいですわね。予選が行われる前半二日で、かなりの生徒が脱落しますし」

「予選で脱落するような生徒なら、教授からの推薦など頂かないと思いますから、そこの所は心配しておりませんのよ?」

「その推薦下さった教授とやらは、王族という事でちょっとしたお追従を口にしたのではなくて? まさかそれを真に受けて出場するとは思っていなくて、今頃真っ青になっておられなければ良いのですが」

「クレランス学園は基本的に身分の差を考慮せず、平等な教育を施すのが大前提の所ですもの。教授がアーロンを、正当に評価して下さっただけでしょう。寧ろそのように邪推する方は、何か後ろ暗い事がおありなのかと、勘ぐられそうですわね」

「何ですって!?」

 リーマンは勿論、護衛と視察の為に同行してきた騎士団幹部の面々も下手な事は口にできずに固まる中、ディオーネが声を荒げたのを契機に、かなり強引にエセリアが会話に割って入った。


「あ、あのっ! ディオーネ様、レナーテ様! このような場所で立ち話をしては、足が疲れますので観覧席までご案内致します」

「ドレスに埃が付きかねませんし、風で御髪が乱れる事もあるかと思いますので」

 マリーリカも咄嗟に彼女に続いて訴えると、ディオーネ達は一瞬睨み合ってからそれに従った。


「……そうですわね。まずは参りましょうか」

「お手数おかけします」

「いえ、それではどうぞこちらに」

「侍女の方々も、近くに待機して頂く場所がありますので、後に付いて来て頂けますか?」

 そしてエセリアとマリーリカが笑顔を振り撒きつつ、一行を先導して試合会場へと向かう。


(最初からこんな調子で、大丈夫かしら?)

(予選二日に加えて、本戦が二日あるのよね。お二方とも毎日いらっしゃるのかしら?)

 既にこの時点でうんざりしていた彼女達だったが、並んで歩いているディオーネ達は、当然彼女達の心境など微塵も理解していなかった。


「それにしても、昨年グラディクトが発案して行われたこの剣術大会は、恒例行事になったみたいですわね」

「はい。今年度から年間予定に、最初から組み入れられております」

「本当に誇らしい事。例え剣術が不得手でもそれを苦にする事無く、寧ろそれを利用して全校生徒が関わる行事を考案し、生徒同士の連帯感と向上心を増やす事を目指すなど、凡人のできる事ではありませんわ。エセリア様はそう思いませんか?」

「確かに、そうでございますね」

 ディオーネがさり気なく息子を褒め称え、エセリアも素直にそれに同意すると、レナーテが妙にしみじみとした口調で言い出す。


「本当にエセリア様は、優秀でいらっしゃいますわね。その分ご苦労なさっているようで、私、本当に頭が下がる思いですわ」

「え? あの、申し訳ありません、レナーテ様。何の事でございますか?」

 全く何の事を言われているのか分からなかったエセリアが、困惑顔で問い返すと、レナーテは薄笑いで告げた。


「まあ……、お隠しになっても無駄ですのよ? 確かに剣術大会はグラディクト殿下が発案されたかもしれませんが、実際に企画運営されていたのはエセリア様ではございませんか。学園の生徒達の間では有名な話だと、身内に在校生がいる貴族の間ではもっぱらの評判ですわ」

 そう言ってくすくすと彼女が笑った為、他の者は皆、顔色を変えた。


(在校生から、情報が漏れているとは……。でも別に口止めとかはしていなかったし、表に出て動いていたのは私だったし、確かに誰にだって分かるわよね。でもまさかアリステアの事まで、広まってはいないわよね!?)

 動揺しながらも、この場を何とか上手く治めないと拙いと判断したエセリアは、かなり苦し気に言葉を絞り出した。


「それは……、グラディクト殿下は、色々とお忙しいもので……。確かに私が率先して動いた事は、多かったかもしれませんが……」

「ええ、そうですわ。グラディクトは何と言っても王太子として、他の生徒の模範となるべく、勉学に励んでおりますので」

 彼女の言葉に乗ってディオーネが反論したが、レナーテが含み笑いをしながらそれに応えた。


「そうですわね。エセリア様の方が、グラディクト殿下よりはるかに成績はよろしいみたいですから。優秀なエセリア様と並んでも見劣りしない程度の成績を修める為には、相当勉学に励まなければいけないでしょうね。本当に“ご優秀な婚約者”をお持ちで、グラディクト殿下が羨ましいですわ」

「……っ!」

 一見エセリアを褒め、かつグラディクトをうらやんでいる様に聞こえるこの台詞は、裏を返せば「婚約者と比べて、そんなに見劣りする王太子なんて」と暗に馬鹿にしている台詞でもあり、ディオーネは一気に険しい表情になった。しかしここでマリーリカが、些かわざとらしく明るい声を上げる。


「本当に、グラディクト殿下はお幸せですわね! お姉様のような方が、婚約者として控えておられるのですもの。私など、お姉様の足元にも及びませんわ!」

「まあ、確かにそうだとしても、それほど謙遜する事は無いのではありません?」

 他ならないアーロンの婚約者である彼女の、謙遜する言葉を聞いて、ディオーネは幾らか気分を良くしたが、すかさずレナーテがマリーリカを褒め称えた。


「そうですわ。マリーリカ様は先程開催された絵画展で、新しき画材を用いて素晴らしい絵を描き上げたとか。それで学園内の話題をさらったと聞いて、さすがはアーロンの婚約者たる方だと、誇りに思っておりましたのよ?」

「それは……、ありがとうございます」

 ディオーネが再び表情を険しくする中、引き攣り気味の笑顔で何とかマリーリカが礼を述べた所で試合会場に到着した為、エセリアが落ち着いた口調で一行に注意を促した。 


「皆様、足元にお気をつけて下さい。ここからは段差がございますので」

「あら、本当ね」

「注意しますわ」

 それからは無駄話などせず、足元に注意しながら一行は進み、無事ディオーネ達や騎士団幹部の面々は観覧席に落ち着いた。しかし双方が同行してきた侍女の椅子が不足し、その手配の為と理由を付けて、エセリアとマリーリカはいったんその場を離れる。


「お姉様……」

 一行に声が届かない所まで来た途端、不安で一杯の顔で縋る様に呼びかけてきたマリーリカに、エセリアは溜め息を吐いて言い聞かせた。

「マリーリカ、言いたい事は分かるわ。だけどまだ始まったばかりだから、気を確かに持ってね。私が付いているわ」

「……はい」

 一瞬泣きそうになった彼女だったが、そのエセリアの励ましを聞いて、最後まで乗り切る事を改めて心の中で誓った。

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