(10)予想外の出会い

「ええと……。お兄様の手紙に書いてあった内容だと、ここなのよね……」

 入学から十日程経過した日の放課後。日々の軋轢と腹の探り合いに早くもうんざりしながら、マグダレーナはリロイの指示に従ってある場所に向かった。

 手紙の中で指定された第二教授棟は、通常の授業が行われている講義棟とは異なり、教授達の研究室やその備品を保管しておくための資料室が集約されている棟である。元より生徒はあまり立ち入らないそこは、中央の階段を上がると左右に廊下が伸びており、マグダレーナは指示された方向に足を進めた。すると階段を上がってすぐの部屋が指定された資料室だと分かり、彼女はポケットから手紙に同封されていた鍵を取り出す。


「良いのかしら? 勝手に入ってしまって……。それに、どうして日時指定までしているのやら。最近本当に、お兄様の考えている事が分からなくなってきたわ」

 ブツブツと文句を口にしながら、彼女はそれをドアの鍵穴に差し込んだ。手の中の鍵の出所が全く不明な以上、ここへの出入りを他の者に見つかったら色々拙いのではと判断した彼女は、 周囲に人影がないのを確認してから素早く開錠し、ドアの隙間から室内に入り込む。その直後に素早くドアを閉め、施錠を済ませてから安堵の溜め息を吐いた。


「全くもう……。こんな事がばれて素行不良と評価が減点されたら、お兄様のせいですからね? 盛大に文句を言ってあげるわ」

 そんな愚痴を零しながら、彼女は広くはない室内を見回した。そして一方の壁に設置してある本棚の前に立つ。


「それで次は確か……、こちら側の本棚の前に立って、指定された台詞を言えば良い筈だけど……。本当に、お兄様の指示は意味不明だわ。何が『偉大なる知識の神よ。我が眼前に、真理と友好の扉を開き給え』よ。本格的に頭がおかしくなったとしか」

「はい、お待ちしていました。マグダレーナ様」

「ひゃあぁっ!?」

 マグダレーナが指定された台詞を口にすると、誰かの声が聞こえたと思った瞬間、壁に作り付けられていると思われた本棚がゆっくりと右側に動き始めた。あまりにも予想外過ぎる展開に、彼女は本気で驚愕の叫び声を上げる。動揺著しい彼女の目の前に本棚の背後の壁が現れたが、そこには人が一人通れる程度の穴が開いていた。


「お静かに。他の方に気付かれます」

「早くこちらにお入りください」

「……申し訳ありません。失礼します」

 穴の向こうから女生徒二人に控え目に注意されたマグダレーナは、神妙に頭を下げて穴をくぐった。そして背後で再び本棚が壁の穴を塞ぐ気配を感じながら、お世辞にも広いとは言えない空間を見回す。


「あの……、ここは?」

 その問いかけに、彼女を向かい入れた二人は、苦笑気味に説明を始めた。


「おそらく、この学園創設時から設置されている隠し部屋ですね。詳細は全く不明なのですが」

「リロイ様が綿密な調査と推理の結果、発見されたそうです。この資料室の鍵は、事務係官詰め所から一時拝借して、合鍵を作ったと仰っておられましたわ」

「お兄様……」

 突っ込みどころがあり過ぎる話に、マグダレーナは本気で頭痛がしてきた。そんな彼女を憐憫の眼差しで眺めてから、二人の女生徒が自己紹介をしてくる。


「申し遅れました。私は現在貴族科上級学年に在籍しております、ネシーナ・ヴァン・ノイエルと申します。マグダレーナ様、お見知りおきくださいませ」

「私は貴族科下級学年のユニシア・ヴァン・チガソンです。よろしくお願いします」

 その自己紹介と所属学年を聞いたマグダレーナは、すぐに兄の意図を悟った。


「そうしますと、兄が専科である上の二学年の調査や情報収集をするために手配しておいた人材というのは、お二人のことでしたか」

「はい、よろしくお願いします」

「リロイ様から、色々と申し付かっております。できる限りのお手伝いをいたしますので、遠慮なくお使いください」

「こちらこそ、よろしくお願いします。頼らせていただきます」

(お兄様にしては、まともな根回しをしてくださったらしいわ。後でお礼の手紙を書かないとね)

 貴族の家名と勢力図を頭の中に叩き込んでいた彼女は、目の前の二人の家がどちらの派閥にも属していない、言い換えればどちらの派閥からも無視されているほどの弱小貴族であるのを知っていた。更に、二人とも非常識なタイプには見えない事で安堵したが、それは長くは続かなかった。 


「マグダレーナ様は、ネシーナさんとは末永いお付き合いになりますものね」

「もう、ユニシア。今、それを言わなくても良いじゃない」

「そう言われましても」

 どこか面白がる口調のユニシアの台詞に、ネシーナが拗ねたように応じる。そんな二人のやり取りを聞いたマグダレーナは、怪訝な顔で問いを発した。


「あの……、末永いお付き合いというのは、どういう意味なのでしょうか?」

 すると二人は瞬時に真顔になり、深々と溜め息を吐く。


「やはりそうなのですね。そこまで徹底していたとは……」

「マグダレーナ様は、本当にご存知なかったのですね。リロイ様から聞いた時は、新手の冗談なのかと思っていましたけど……」

「ですから、何がでしょう?」

 話の筋が全く見えないマグダレーナは、僅かに苛ついてきた。その不穏な気配を察したらしく、ユニシアがチラリとネシーナの顔を見やってから、マグダレーナに向けて予想外過ぎる言葉を放つ。


「ネシーナさんは、リロイ様の婚約者なのです。マグダレーナ様にとっては、未来の義姉になりますわね」

「そういうわけですので、宜しくお付き合いください」

「は、はぁあぁぁぁっ!? 何ですか、それはぁあぁぁっ!!」

 神妙にネシーナが頭を下げたところで、マグダレーナは先程以上の驚愕の叫び声を上げた。



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