(9)意外な交友関係

「ぶふぁっ!! だっ、駄目だっ! おかしすぎて、我慢できない! うわははははっ!」

 そのまま両腕でお腹を抱えて笑い続けている同級生に、フレイアの取り巻きの一人が詰め寄った。


「ちょっとあなた! 何がおかしいのよ!? その馬鹿笑いを止めなさい!」

 しかし叱りつけられたローガルド公爵家のイムランは、辛うじて笑いを堪える表情のまま言葉を返す。 


「いや、だってさ、端から見たらご威光を傘にきているのは明らかに君達の方だし。その上、マグダレーナ嬢と比べると格下過ぎて、気の毒なくらいだよ。よくマグダレーナ嬢が、まともに君達の相手をしているなと思って」

「なんですって!?」

 初対面の時から陽気な性格だと思っていたが、彼は怖いもの知らずでもあったらしいとマグダレーナは呆れた。女同士の口論に進んで口を挟んでくるなど愚の骨頂だろうと思ったが、案の定、彼女達は標的をマグダレーナから彼に変えてくる。


「あなた、私達を侮辱するつもり!?」

「私達を侮辱する行為は、フレイア様を侮辱するのと同じことよ!?」

 そこですかさずイムランが、彼女達を指さしながら皮肉っぽく告げる。


「ほら、言ってるそばから王女様の威光を傘にきているじゃないか。語るに落ちるとはこの事だね。フレイア様、あまり頭が悪い人間を側につけていると自分の価値を下げてしまいますから、側に置く人間の人選は熟慮された方が良いですよ?」

「……お黙りなさい。あなたの事を、ユージン殿下に報告しますよ?」

「はいはい、おおせのままに。王女殿下」

(第一王子のご学友として請われたのに、その婚約者のトラブル対応までしないといけないなんて大変ね。でもあの様子だと、彼は結構面白がっていそうだけど)

 中立派で有力なキャレイド公爵家令嬢と揉めたらユージン王子派に不利と即座に判断し、さり気なく会話に割り込みつつ怒りの矛先を変えさせて状況の悪化を防いだイムランの手腕に、マグダレーナは半ば呆れ、半ば感心した。

 するとここで、新たな声が割り込む。


「皆、忘れていると思うのだが……、そろそろ思い出した方が良いと思う」

「え? 何をだい? ディグレス」

 彼の面持ちがこれ以上はないくらいの真剣だったため、周囲の者達は何事かと緊張しながらシェーグレン公爵家のディグレスの次の言葉を待った。しかし僅かな沈黙の後に彼が発した言葉は、ごくごく常識的なものだった。


「もうすぐ始業時間だから、早く席に着いた方が良い。そろそろ教授が来る頃合いだ」

「………………」

 その指摘に、教室内の者達は一瞬戸惑ってから、無言のまま自分の席に移動を始めた。そんな中イムランだけは小さく噴き出し、ディグレスの肩を楽しげに叩きながら親しげに語りかける。


「はいはい、ご指摘の通りだな。しかしこんな笑える状況の真っ最中に、真顔でそんなつまらない事を口にできるとはね。ディグレス、やっぱり君は大物だよ。君を見込んだ俺の目に狂いはなかった」

「それはどうも」

「今のは軽い嫌みだったんだが?」

「安心してくれ。私も本気の嫌みのつもりで言った」

「そうか。それじゃあ、お互い様ってことで」

「いい加減、私に絡まないでくれないか?」

「俺はもっと絡みたいんだけどな?」

「止めろ」

「止めろと言われるとしたくなるのが、人情ってものじゃないのか?」

「そんな人情など知らん。馬に食わせろ」

「我が家の馬に変なものを食べさせたりしたら、父上から勘当されるのだが」

「自分の人情が変なものだとの認識はあるのか。入学後最大の驚きだな」

「どうしてそう人の上げ足を取るのかな?」

 入学直後からユージン王子派で饒舌なイムランと、ゼクター王子派で本来寡黙なディグレスとの絡みは日常茶飯事になっており、マグダレーナは密かに少しだけ彼らを羨ましく思っていた。


(やっぱり男性の方が、派閥とかこだわりなく親近感を覚える相手とは素直に親交を深められるものなのかしら。ディグレス様の方がうんざりしているように見えないでもないけど、本当に嫌だったらきっぱり拒絶する感じだものね。対立派閥に属している相手が絡んでくるので、対処に困っているという感じかしら。それに、ディグレス様も不必要に騒ぎを大きくさせないように、敢えて割り込んでくれたと思うし。実際に授業が始まる時間ではあるけど)

 ここまでマグダレーナが考えを巡らせたところで、教室の出入り口に教授が姿を見せた。


「君達、何をしている。もう始業時間だぞ。すぐに着席しなさい」

「……はい」

「申し訳ありません」

 結果的に、教授の道を塞いでいたのはフレイアとその取り巻きの女子生徒であり、彼女達は不満そうな顔つきでマグダレーナを見やってから大人しく席に着いた。


(本当に、勘弁して欲しいわ……。私を巻き込まないで、勝手にいがみ合っていてよ。それにしても……)

 何事もなかったように開始された授業中、マグダレーナはそれに集中する素振りを見せながら、密かに斜め前方の席にいる人物の背中を見やった。


(エルネスト殿下の、存在感の無さときたら……。あの騒ぎの中、さっさと席に着いているなんて。泰然自若といえば聞こえは良いけど、王族として覇気が無さすぎないかしら。それに、目の前で他の者達が揉めているのを見ても、我関せずで静観しているというのもどうかと思うわ)

 入学以降、どう接したらよいか分からない周囲からは腫れもののように扱われ、空気に徹していると言っても過言ではないエルネストに、マグダレーナはこの頃には呆れや同情よりも苛立ちの方を感じ始めていた。





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