(51)ルーナの推察

 この頃には既にグラディクト達の訴えにまともに耳を傾ける者は殆どいなくなっていたが、彼は尚も主張を続けた。

「先月十日の午後。エセリアは学園内の一角において、アリステアを階段から突き落とし、怪我をさせたのです! 幸い捻挫だけで済んだものの、一歩間違えば大惨事。父上! この女は下手をすれば命にも関わるのに、微塵も躊躇わずに自ら手を下せる、誠に恐ろしい悪女なのです!」

(はぁ? 殿下は何を言っているのよ。エセリア様がそんなことをするわけないじゃない)

 勢い良くエセリアを指さしながらグラディクトが発言した内容を聞いてルーナは呆れたが、彼の自信に満ちた発言は続いた。


「私はアリステアとある場所で待ち合わせをしていたのですが、急に上方から悲鳴が聞こえたのです。何事かと慌てて声が聞こえた方に駆けつけましたら、階段の踊場から少し下がった所で、アリステアがうつ伏せに倒れておりました!」

「私、階段を下りていたら、背後から突き飛ばされて、転がり落ちたんです!」

 グラディクトに続いてアリステアも必死の形相で訴え、観覧席の生徒達がざわめいた。その反応に気を良くしたグラディクトが、更に声を張り上げる。


「しかも、まさにその時階段の上層階では、上級貴族令嬢達による卒業記念茶話会が進行中だったのです! そこにエセリアが参加していたのは、確認が取れています。しかも茶話会の開催時間中、偶々その階の廊下を歩いていた者が、『会場の教室から出て来たエセリア様を見た』と証言しております!」

「それに! 私を突き落とした人の後ろ姿を見ましたが、エセリア様と同じくプラチナブロンドのストレートヘアーを、ハーフアップにされていました!」

「その卒業記念茶話会に出席していた者で、そのような色と髪型に該当する者は、エセリア以外におりません!」

 アリステアと共に、エセリアが犯人だと断定する根拠を叫んだグラディクトは、得意満面でエセリアを見やった。しかしここで再びレオノーラが立ち上がり、彼に軽蔑しきった眼差しを向けながら発言する。


「呆れましたわ……。随分と見当違いな事を、臆面もなく堂々と主張なさること」

「何だと!? どこが見当違いだと言うんだ!」

「確かにエセリア様は当初、参加予定でしたが、前日になって急用が入った為に、当日は参加されなかったのです」

「はぁ? そんな馬鹿な! 確かに当日、参加した筈だ!」

「そうよ! お昼過ぎにリアーナさんが、エセリア様が予定通り参加されるから、その付近に近付かないようにって、わざわざ警告しに来てくれたもの!」

(何? あの人、それを知っていたのに、わざわざそこに出向いたわけ? おかしくない?)

 ルーナはアリステアの台詞に心の中で突っ込みを入れたが、マグダレーナが冷静に同様の疑問を呈する。


「あなたは事前に、そのような警告を受けたのにも関わらず、何故わざわざそちらに出向いたのですか?」

「え、ええと……、それは……」

「確かに少々迂闊だったかもしれませんが、今この場で糾弾されるべき人物は違います! お前達! 全員が口裏を合わせて、エセリアがその場に居ない事にするとは。両陛下に対して、不敬にも程があるぞ!」

 口ごもったアリステアの代わりにグラディクトが語気強く主張したが、ルーナにはおおよその事情が分かってしまった。


(ああ、なるほど。おそらくこれも、あの彼女の自作自演なわけね。だけどエセリア様が欠席したと上級貴族の皆さんが口裏を合わせているなんて、本気で考えて主張しているわけ? 上級貴族の家と王家との間に確執を生じさせかねないのに、考えなしにもほどがあるわよ)

 もう溜め息も出なかったルーナの視線の先で、マグダレーナが淡々とグラディクトの主張を退ける。


「その日、エセリアは昼過ぎから夕方まで、王宮にいたのにですか? それは私と共に国王陛下が証言いたします」

「ああ。エセリア嬢は該当する日時には、確実に王宮に居た。王妃に相談して、私が呼び寄せたのだからな」

「何ですって!?」

「そんな馬鹿な!!」

 王妃に続いて国王まで証言するに至って、グラディクト達は驚愕の叫びを上げた。続いてエルネストから語られた内容を聞いて、ルーナは深く納得する。


(なるほど。財産信託制度はエセリア様発案だし、それをどう他国で運用するべきかを、視察団の方々と検討するために王宮に出向かれていたのね。これはどう考えても覆せない証言だし、潔く諦めるしかないでしょうね)

 しかしそれを聞いたグラディクトは、予想外の反応を示した。


「どうしてその話で、エセリアが招聘されるのです?」

「まさか……、本当に知らないのか?」

「何をでしょう?」

「制度を運用しているのは国教会だが、貸金業制度と共に、財産信託制度の元々の発案者はエセリア嬢だ。本人とシェーグレン公爵の意向で、公にはしてはいないが、教会関係者と王宮で内政に関わる者達の間では、公然の秘密なのだが……。それで」

「えぇえええっ!? 財産信託制度の発案者がエセリア様!? そんな馬鹿な!!」

(はい? あの部外者の彼女が知らないのは不思議じゃないけど、王太子殿下が知らなかったの? 冗談でしょう?)

 困惑顔になったエルネスト同様、どうしてそんなことになるのかとルーナは呆気に取られた。するとここで、国王の台詞を遮るという不敬行為をしてしまったアリステアに対して、マグダレーナが怒声を放つ。


「陛下の御前ですよ! 愚か者! 控えなさい!!」

「ひいっ!」

「アリステア!」

 その迫力に圧されたアリステアは、床に崩れ落ちるように座り込んだ。マグダレーナの怒りを目の当たりにして静まり返り、講堂内に冷えきった彼女の声が響き渡る。


「先程のあなた方の発言を、今一度確認したいのですが。殿下はその女生徒が『うつぶせで倒れていた』と申しましたね?」

「はい、それが何か?」

「うつ伏せで倒れていたのに、どうやったら背後から突き飛ばした人物が逃げ去る所を、目撃できるのですか?」

(本当にそうなのよね。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、突っ込む気にもならなかったけど)

 その初歩的な矛盾点をマグダレーナが突いてみせると、グラディクト達は見苦しいにもほどがある、弁明にもならない世迷い言を繰り返し、更には学園所属の

医務官にまで怪我など負っていないことを暴露されてその主張を粉砕された。

 そんな醜態を曝し続けている息子に、ここでエルネストが憂い顔で語りかける。


「グラディクト……、もう良かろう。これ以上の議論は不毛だ。潔く己の非を認めて」

「父上は騙されているのです! エセリアは休み時間や放課後など、入れ替わり立ち替わり女生徒を周りに侍らせ、ありもしないアリステアの誹謗中傷をでっち上げては学園内で流布させるような、品性下劣な女なのです!」

「まだ言うか……」

(あぁ……、せっかく陛下が温情をかけてくれたのに。それも、おそらく最後の……。これは色々な意味で、もう駄目ね)

 がっくりと肩を落としたエルネストを見て、ルーナは本気で彼に同情した。しかしグラディクトは父親の心情を推し量ることなどせず、自分に対して非難の声を上げた女生徒達を口汚く罵って口論を始める。


「いい加減にしろ! お前達が示し合わせて、アリステアの悪評を流していたのは分かっているんだ! ユーナ・ヴァン・ディルス! モナ・ヴァン・シェルビー! 直に耳にしたお前達から、この恥知らず達に指摘してやれ!」

「まあぁ、どなたが恥知らずだと?」

「まともに、相手をする気にもなりませんわ……」

「殿下は先程から、誰の名前を口にしておられますの?」

「その方も、先程から床に座り込んだままで、様子がおかしいですし」

「あら、元から少しおかしかったのではない?」

 くすくすと笑いを漏らす彼女達を、グラディクトは殺気すら感じる目で睨み付けたが、ここで一方の当事者でありながら、暫く無言で事態の推移を見守っていたエセリアが、ゆっくりと立ち上がった。

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