(18)俸給の使い道

 王宮で波乱を巻き起こしたナジェークのプロポーズ騒動後、休暇で実家に戻ったシレイアは、それを夕食の席で世間話の一つとして披露した。それに伴う自分の失態までシレイアが語り終えると、両親から呆れ気味の声が返ってくる。


「それで、休憩から戻るのに遅れてしまったのか?」

「同様に遅れてしまった先輩の方々と、一緒に叱責されたの?」

「そうなの……。幸い注意だけで済んだけど、本当に反省しているわ」

「それで済んだのは幸いだったな、と言っていいものかどうか……」

「驚いたのは分かるけど、これからは同様の事がないように気をつけなさい。結果的に同僚の方にご迷惑をおかけした事には、変わりないのだから」

「気をつけます」

 ステラから真顔で言い聞かされたシレイアは、神妙に相槌を打った。そこで話題を変えてみる。


「ところで……。婚約破棄騒動の後、一度ケリー大司教様に会って現状を伺ったんだけど、その後、どんな感じなのかしら? 総主教会内で、ケリー大司教様が財産信託制度や貸金業務の担当を外されたりとか、外そうとしている動きとかはない?」

 心配そうな娘の問いかけに、ノランとステラは揃って笑顔で応じる。


「それは大丈夫だ。さすがに少々居心地が悪いようだが、それを面には出さずに頑張っているよ」

「私達夫人会も、例の件ではケリー大司教様に同情しているもの。ほら、ジムテール男爵夫妻は結婚直後に何やら王宮で騒ぎを起こして、今後十年間王都への立ち入り禁止を命じられて、即刻王都追放になったでしょう? 全て悪いのはその男爵夫人になった令嬢で、大司教様は完全に巻き添えを食っただけというのが、夫人会の統一見解になっているわ」

「確かにそうかもね……」

(確かに婚約破棄までは色々裏工作した自覚はあるけど、さすがにその後の下手打ちぶりには同情のしようがないわね)

 内心ではかなり微妙な心境になっていたシレイアだったが、ここですぐに気持ちを切り替えた。


「それなら安心して、明日はケリー大司教様に挨拶だけでもしてこようかな。ちょっと聞いておきたい事もあったし」

「彼に何を聞きたいんだ?」

「俸給を貰い始めたけど、寮生活だしあまり使わないじゃない? 同僚達は実家に仕送りするとか結婚資金を貯めるとか、明確な使い道を決めている人が殆どなの。でも私、俸給を貰ったら使い道をどうするかなんて、全然決めていなくて……」

 なんとなく自分が周囲に取り残されているような気がしていたシレイアは、困惑気味に話を切り出した。すると両親が、真顔で言い聞かせてくる。


「別に恥じる事ではないでしょう? 無駄遣いをしているわけではないし。それにうちの事なら、心配しなくて良いですからね?」

「将来、何に使っても良いように、きちんと貯めておきなさい」

「そうするつもり。でもその中で、少し修学場への寄付と貸金業務への出資しようかなと思っているの。修学場ではお世話になったし、少しでもお金に困っている人の助けになりたいと思って」

 シレイアの考えを聞いた二人は、揃って満足そうな笑顔になった。


「それは良い心がけだな」

「そうね。是非、そうしなさい」

「うん。でもさすがに本当に毎月の額だと少額だし、ある程度の額を貯めてから渡した方が良いのかとか、どれくらいの額くらいから受付可能なのか確認したくて。さすがに管轄外のお父さんは知らないでしょう?」

「そうだな。さすがにそこまで細かいことは」

「それならケリー大司教様の所に顔を出しつつ、お伺いして来なさい。シレイアの気持ちを知ったら、きっと喜んで貰えるわ」

「ああ。彼の励みになるだろう。行っておいで」

(修学場に対する感謝の気持ちは本物だけど……、貸金業務への出資は罪滅ぼしの意味が全くないわけじゃないのよね。でも仕事以外の事でも、誰かの役に立ちたいと思う気持ちは本当だから)

 両親に笑顔で勧められ、シレイアは翌日の予定を決定して、それからは楽しく家族とのひと時を過ごした。



 ※※※


 

 急な申し入れであり、もし面会が無理であれば他の担当者に聞いてみようと、シレイアは考えていた。しかし幸いな事にその日の予定は空いていたらしく、面会室に通されてそれほど待たされずにケリーが現れた。


「ケリー大司教様。急な面会申し込みに応じていただいて、ありがとうございます」

 ケリーが現れると同時に、シレイアは椅子から立ち上がって頭を下げた。対するケリーは、明るい笑顔で応じる。


「大丈夫だよ。今日は元々時間が空いていたから。明日からは半月位かけて地方の教会の視察に出るから、今日出向いてくれて良かった」

「そうでしたか。半月も視察ですか? 確か建国記念式典の時も視察に行かれていた筈ですが、大変ですね」

「あそことは、別の地域でね。国内全ての地域で貸金業務が偏りなく運用されているか、定期的に満遍なくチェックしているんだよ」

「本当にご苦労様です。実は今日、私がこちらにお伺いしたのは、その貸金業務に関する事です」

 椅子に座りながら、シレイアが来訪の目的を述べた。すると同様に椅子に座りながら、ケリーが怪訝な表情で応じる。


「おや、知り合いに運用資金に困窮している方がいるのかい?」

「いえ、そうではなくて、俸給を頂く身になりましたので、ほんの僅かですがその中から貸金業務に出資したいと考えています」

「シレイア?」

「そうは言いましてもまだ新人ですし、出せる金額が少額過ぎて恥ずかしいのですが……。それで毎月少額を出すよりは、ある程度手元で貯めておいて、半年に一回とか年に一回とかお渡しするようにした方が良いのかとも思い、どちらが良いのか大司教様に教えていただきたいのですが」

 シレイアの考えを聞いたケリーは、最初意外そうな顔になり、次に難しい顔で考え込んだ。そしておもむろに口を開く。


「シレイア……。一つ、聞いても良いかな?」

「はい、なんでしょうか?」

「余剰金を困っている人の為に役立てたいと思うなら、普通に国教会への寄付という形でも良い筈だが。敢えて貸金業務への出資の形にするのは理由があるのかな?」

「勿論考えましたし、国教会への寄付金の使い道に不平不満があるわけではありません。ですが真に困っている方への援助として、すぐにそのお金が活かされるのは、貸金業務に勝るものはないと判断しました。それでは駄目でしょうか?」

 シレイアが冷静に思う所を述べた。するとそれを聞いたケリーが表情を和らげ、軽く頭を下げる。


「少額であれば、運用利益を見込んでの行為ではないとは分かっていたが、わざわざ理由を尋ねるような真似をしてすまない。君の気持は良く分かった。ありがたく出資を受け入れよう」

「ありがとうございます」

「ただし、先程自ら口にしたように、まだ君は就任一年目の官吏だ。俸給の中から余剰金を出すと言ってもそれほど余裕はないだろうし、突発的にまとまった金額が必要になる場合もあるかもしれない。やはり余裕がある分だけ毎月貯めておいて、もしもの時はそれを使いなさい。そして一年貯めておいて、その時点で余裕がある分だけ、出資して貰えれば良いから」

「分かりました。そうさせて貰います」

 自分の言葉に深く頷くシレイアを見て、ケリーは僅かに涙ぐみながら独り言のように小さく呟く。


「本当に……。真に官吏になるくらいの者だと、常日頃の心がけから如実に違うのだな。彼女とは、一学年しか違わないと言うのに……」

(ああ、これは絶対、アリステアの事を思い出しているわ。タダで挙式をさせろなんて言ってくるあたり、夫婦揃って教会に寄付しようなんて殊勝な心がけはないでしょうし)

 無意識の呟きかもしれないと思ったシレイアは、その台詞が聞こえなかったふりを装った。


「ケリー大司教様。今、何か仰いましたか?」

 どうやら本当に無意識の愚痴めいた言葉だったらしく、それでケリーは我に返って言葉を返してくる。


「あ、ああ、いや。なんでもない。君が官吏として頑張っているようで、私も嬉しいよ。だいぶ仕事にも慣れたかな?」

「一通りの業務には慣れましたが、つい最近、とんでもない失敗をしまして。未来の宰相様の、未来の騎士団長様へのプロポーズ騒動に巻き込まれました」

「え? なんだい、それは?」

 直前のアリステアに関する考えを綺麗さっぱり忘れて貰うため、ここでシレイアはインパクト十分な話題を提供した。さすがのケリーもその内容に呆気に取られ、シレイアの作戦は見事に成功したのだった。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る