(16)悪逆非道(?)令嬢エセリア

 休暇に入る直前、婚約破棄プロジェクトメンバーを集めて、いつものようにカフェで意見交換をしていた時、ローダスの報告を聞き終えたエセリアは、それはそれは楽しそうに問い返した。


「それで? 私は毎回定期試験の成績を教授に命じて改ざんする事で、上位の成績を保っているという恥知らずの痴れ者だと、殿下達には思われているわけね?」

「その通りです」 

「さすがローダス、大した手腕ね」

「ありがとうございます」

 嫌み抜きで彼の仕事を褒め称えたエセリアだったが、彼の隣に座っていたシレイアは、憤怒の形相で彼に掴みかかった。


「冗談じゃないわ! エセリア様にそんな汚名を着せるなんて、何を考えているのよ!?」

 その剣幕に、ローダスは必死になって弁解する。


「い、いや、落ち着け、シレイア! あの二人には『あくまで噂に過ぎず、証拠もありません。迂闊に非難した場合、逆に誹謗中傷だとお二方が責められますので、あくまでもここだけの話にして下さい』と、最後にくどい位念を押しておいたから、変な噂にはならない筈だ!」

「そういう問題じゃ無いでしょう!?」

「シレイア、それ位で勘弁してあげて? あくまで殿下達だけの認識なのだし、私には何も後ろ暗い事は無いもの」

「……分かりました」

 エセリアに宥められて不承不承頷いてから、シレイアはまだ険しい表情のまま確認を入れた。


「だけど本当にあの二人には、怪しまれなかったのね?」

「ああ。お前も『モナ』の姿で殿下の前に立っても、『エセリア殿下の取り巻きの一人シレイア』とは認識されないんじゃないか?」

 そのローダスの提案に、彼女は訝しげに尋ねる。


「……本当に?」

「試してみるか?」

「そうね……。もう少ししたら試してみるわ」

 シレイアがそう言って考え込んだところで、エセリアが周りを見回しながら告げた。


「これで殿下達の、私に対する悪逆非道な令嬢の印象が、しっかり上書きされたわけね。幸先がいいわ」

 そんな事を満足げに口にしてから、朗らかに笑ったエセリアを見て、他の者達は揃って溜め息を吐いた。


「本当は、笑い事では無いんですが……」

「幾ら何でも、そんな話を真に受けるなんて……」

「残念っぷりが甚だしいわ……」

 そんな周りの反応を見ながら、ここでエセリアが話題を変えた。


「それで音楽祭の話なのだけど、私に話を持ちかけた時以来、何も公表されてはいないでしょう? ソレイユ教授のお話では、実は休暇明けの月末に日程は決まったのだけれど、殿下が休暇が終わってから参加者を募集するように指示したらしいの」

 それを聞いたサビーネは、不思議そうに意見を述べた。


「エセリア様、それは少し日程が慌ただしくありませんか?」

「そうですよ。参加者の募集位、休暇に入る前にやっておけば良いのに」

 ミランも納得しかねる顔付きで口を挟むと、シレイアが顔付きを険しくしながら、呻くように言い出す。


「まさかそれは、あれですか? あの女以外の参加者には、あまり練習などさせたくは無いと、そういう事ですか?」

 彼女がそう口にした途端、エセリアに視線が集中した。しかし当のエセリアは、素知らぬ顔で言葉を返す。


「さぁ……、私は何も知らなくてよ? ただソレイユ教授から『音楽祭の準備が何も進まない』と、内密に愚痴られただけですから」

「…………」

「それで向こうがその気なら、こちらも休暇の間にしっかり練習しておこうと考えています。あの話を持って来た時に、さり気なく私が音楽が不得手だと思い込ませておきましたから、強制的にでも私を参加させるでしょうし」

 一斉に無言で渋面になった面々を眺めながら、エセリアは何一つ問題など無いように、話を続けた。


「ローダス様は学年末の休暇の時に、屋敷でお聞かせした曲のメロディーを、通しで覚えていらっしゃいますか?」

 唐突な話題の変換に戸惑ったものの、ローダスは記憶を探って即座に頷いた。


「え、ええと……、あれの事ですよね。はい、最初から最後まで覚えていますが、それが何か?」

「あのメロディーに合わせて歌える、賛美歌をご存じありませんか?」

「あれに合わせて、ですか?」

「ええ、メロディーは違いますから、それに上手く当てはめて歌えるという事ですね」

 その問いに、彼は難しい顔で考え込み、断りを入れる。


「……少し時間を頂けますか? 考えてみますので。休暇に入るまでに、お返事をすれば宜しいのですね?」

「ええ、お願いします」

 賛美歌の件を片付けたエセリアは、次にサビーネに顔を向けた。


「それではサビーネ。今年はバタバタしそうだから、剣術大会の準備の方を、お願いする事が多くなると思うのだけど……」

 その言葉に、サビーネは笑顔で頷いた。


「お任せ下さい! エセリア様は、その音楽祭とやらで殿下達を見返すために、全力を尽くして下さいませ! 去年一度経験済みですから、大体の流れは把握しておりますもの!」

「そうですわ! 私も微力ながら、お手伝いしますので!」

 続けてカレナも声を上げたが、その隣でミランが冷静に申し出る。


「今年は私が居ますから、不足する物品があれば、すぐに実家から届けさせます。剣術大会の後、製品の良さが学園の教授方にも認められたのか、細々した物を含めて学園からの発注を受けていまして。連日のように店の者が納品に来ておりますから、その人間に手紙を託せば、すぐに店に連絡が行きますし」

 それを聞いたエセリアは、僅かに目を輝かせた。


「それではその方を経由して、外部の方と連絡を取る事も可能かしら?」

「はい。王都内であれば、その日のうちにお手紙を届けさせます。予め父や兄達にも、そう伝えておきましょう」

「助かるわ。お願いね、ミラン」

 緊急時の通信手段も確保して、エセリアは現状にすこぶる満足していた。


(さて、そうと決まれば……。早めにマリーリカに話を通して、休暇中に練習しておかないとね)

 更に音楽祭への対策を頭の中で考えながら、それからエセリアは友人達と、楽しいひと時を過ごしたのだった。

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