(40)意外な出会い

 久しぶりの休日に街へと繰り出したルーナは、まず真っ先にワーレス商会書庫分店に出向き、最近発売された著者名とタイトルの確認を済ませた。そして何冊かの内容を吟味して、満足して店を後にする。

「うん、アリーお気に入りの作家の新刊本が出ていたし、それが良いか手紙で確認してみよう。やっぱり来て良かったわ」

「あれ? もしかして、ルーナ? こんなところで奇遇だな」

「え?」

 店を出て少し歩いた所で、ルーナは曲がり角から現れた男から声をかけられた。その相手が屋敷内で見覚えがあるナジェークの側近であるのを確認し、ルーナは笑顔で挨拶する。 


「ヴァイスさん、こんにちは。今日はお休みですか?」

 屋敷内や領地の管理に携わっている他にナジェークの護衛もしているらしいが、不定期にしか屋敷に現れず、一体何をさせられているのか謎な彼との交流は、これまで両手で数えるほどしかなかった。そんな彼がどうして街中でわざわざ自分に声をかけてきたのかと、ルーナは少し不思議に思ったが、相手は笑顔のまま話しかけてくる。


「ああ、そっちも休みのようだな。何か買い物中かな?」

「はい。今度領地に戻る時に持っていく、お土産を見繕っている最中です。エセリア様の長期休暇が明けたら、また纏まった休みを取ろうと思っていますので」

 そこでヴァイスが、妙にしみじみとした口調で言い出す。


「そうか、色々大変だよな……。その分、通常の休みを少な目にして、屋敷中の人手が足りないところに駆り出されているみたいだし」

「本来専任でお世話するべきエセリア様が普段寮生活をされておられるのですから、手が足りない所で働くのは当然ですよ」

「だが、なんと言ってもエセリア様付きだしな……。良く分からないことをやらかしたり、させられたりしているだろう?」

 笑って流そうとしたルーナだったが、とても笑えないことを真顔で言われてしまい、思わず顔を引き攣らせた。


「…………まあ、それは確かにそうですね。でも突拍子もないことを考えたり、予想もつかないことをなさる方ですが、基本的にエセリア様の人間性に問題はないと思いますし、精神修行と思えばなんてことはないかと思いますので」

 少し考えてから精一杯前向きに述べてみると、ヴァイスが感心したように告げる。


「そうか……。そこまで達観しているなら、なんとか大丈夫か。俺もそこまで達するには、少し時間が必要だったな……」

 そこでヴァイスの主人を思い出したルーナは、思わず口に出す。

「仕える相手がナジェーク様だと、エセリア様とは別の意味で色々と大変そうですよね……」

「ああ、うん……。エセリア様よりはまだ常識的というか、現実的な物の見方をされるが、その分人使いが荒いというか、容赦がないというか、えげつないというか……」

「…………」

 そこで互いの顔を見合わせてから、二人は深い溜め息を吐いた。しかしヴァイスはすぐに気を取り直し、話を続ける。


「それで声をかけた理由だが、普段何かと頑張っている君に、食事でも奢ろうかと思ったんだが」

 そんな提案を聞いたルーナは、慌てて首を振りながら固辞した。


「そんな! とんでもありません! 街で顔を合わせただけで、奢っていただくなんて!」

 その様子を見たヴァイスが、あっさりと先程の提案を引っ込める。


「確かにそれは遠慮するか。それなら俺は一日暇だし、何かかさばる物や重い物を買う気なら、君の買い物に付き合って幾らでも屋敷まで運ぶが」

「さすがに、それもちょっと……」

(そういえば、あれがあったっけ……。ええと、ヴァイスさんはナジェーク様より五歳年長の筈だから、私の六歳上になるのよね?)

 親切心から申し出てくれた事を拒否するのも申し訳ないかと思い始めたルーナは、ふと思い付いた事を口にしてみた。


「それなら、ちょっとお付き合いして欲しい事があるのですが」

「うん? どうした?」

「実はヴァイスさんよりは年下ですが、兄代わりの従兄の結婚が決まりまして。姉代わりの従姉が結婚した時は諸々の好みを把握していたので、上質な生地を色々取り揃えてお祝いに贈ったのですが、従兄には何を贈ろうか考えている最中なんです。選ぶのを手伝って貰えませんか? 男の人への贈り物なんて、考えた事がないもので」

 その申し出を聞いたヴァイスは、笑顔で快諾した。


「ああ。そういうことなら付き合うよ。確かに現金だけだとちょっと味気ないよな? 親しい間柄なら余計に」

「そうなんです。でも従兄は間違っても針仕事なんかしないし、伯父の商会で働いていて、特に入れ込んでいる趣味もなかった筈だし」

「それなら仕事で使う道具とか……、あ、いや、そういう物にはこだわりがある場合もあるから、その道具を手入れする物とか、綺麗に整理できる収納容器とか」

「なるほど、それも良いですね」

「あとは……、明らかな趣味はないとルーナが思っていても、普段の様子を聞いていれば何か思い付くかもしれないな。あとは……、いっそのこと、リストを作ってみたらどうかな?」

「え? リストって、なんですか?」

 キョトンとした顔になったルーナに、ヴァイスが説明を加える。


「色々な贈り物のリストを作って、どれが欲しいのかを本人に選んで貰うんだよ。もしかしたら、他の人から同じ物を貰うかもしれないだろう?」

 その指摘に、ルーナは素直に頷いた。


「あ、それもそうですね! その考えはなかったです」

「そのリストの中には、従兄の結婚相手が使う物を入れてみても良いんじゃないかな? 王都なら質の良いものが揃っているし、洒落た飾りのついた鏡とか櫛とかもどうかな?」

「なるほど。それもありですね……。ヴァイスさん、ありがとうございます。なんとなく方向性が見えてきました。今日はお礼代わりに、是非私に奢らせてください」

 結婚祝いの目処がついて安堵したルーナが笑顔で申し出ると、ヴァイスが苦笑しながら対案を出してくる。


「それなら奢り云々は抜きにして、二人でどこかのカフェに寄ってから屋敷に戻らないか? 幾つか店を回ってから、お茶を飲みながら考えを纏めようか」

「分かりました。そこで自分の分は支払いますね。お付き合い、よろしくお願いします」

「ああ、それじゃあ早速行こうか」

 そこで意見が一致した二人は、それから楽しげに会話を交わしながら街路を歩き出した。


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