(13)婚約破棄、その後

 マグダレーナの生誕記念祝賀会で、ジムテール男爵夫妻がエルネストの不興を買ってから、約半月後。エセリアは《チーム・エセリア》の全員が都合が良い休日を選んで、彼らを屋敷に招待した。

「皆、これまで婚約破棄に協力してくれてありがとう」

 庭にテーブルを出し、お茶と軽食を振る舞いながらエセリアが改めて礼を述べると、出席者から満足そうな声が返ってくる。


「どういたしまして」

「落ち着くところに落ち着いて、安堵しましたわ」

「今日はゆっくりしていって頂戴。だけど皆で顔を合わせるのは久しぶりね。元気そうで何よりだわ。変わりは無かった?」

 そうエセリアが尋ねると、すかさず言葉が返ってきた。


「私達には目立って変わった所も、特にお話しする事もありませんが、エセリア様からお聞きしたい事はあります」

「例の王妃陛下ご誕生記念祝賀会での一件です。概略は漏れ聞こえておりますが、当事者のエセリア様のお話を聞きしたいと思っていました」

「私達は寮生活ですから、概略もまともに伝わってはおりませんのよ? 是非ともお願いします!」

「やっぱり、そうなるのね……」

 最後にカレナが真剣な面持ちで訴えてきた為、エセリアはがっくりと項垂れた。この場にはイズファインと共にナジェークも同席していたが、目線で「自分で説明しなさい」と兄に訴えられ、仕方無く口を開いて、詳細を語り始めた。


「……そういうわけで、ジムテール男爵夫妻が先週のうちに領地に向かったのは確認が取れているし、今後十年間の王都立ち入り禁止措置を受けて、王都内の男爵邸も閉鎖されたらしいわ。使用人達の再就職の世話は、王太子殿下が部下の方に命じたみたいだけど」

 そしてエセリアが情報源の兄をチラッと眺めやると、ローダスが思い出したように確認を入れる。


「そういえばナジェーク様は、王太子補佐官に再就任されたのですよね?」

「ああ。最初の一週間は、前王太子殿下の後始末と尻拭いで潰れたよ」

「ご苦労様です」

 心底同情する顔付きでローダスが頭を下げると、イズファインが呆れ気味に感想を述べた。


「しかし本当に懲りないと言うか、状況判断ができないと言うか……」

「ある意味、素晴らしく前向きな方達でしたね」

 それにうんざりしながらローダスが答えると、シレイアが苛立たしげに切り捨てた。


「良く言い過ぎよ。何でも自分に都合良く曲解する、脳内常春お花畑の単なる馬鹿じゃない。あんなのがこの国の国王にならなくて、本当に良かったわ」

「…………」

 全員が全く反論できず、その場に沈黙が漂った為、ミランが話題を変えようと土産に持参した物について言及した。


「それはそうと、せっかくこちらにお伺いするのだから、エセリア様の気晴らしになりそうな物を持参したんですよ。外に出ると、しつこく一連の事を聞こうとする連中に囲まれるのは必至ですから、それを鬱陶しく思って、柄にもなく引き籠もっておられるかと思いまして」

「ミラン。柄にも無くって、どういう意味よ?」

 エセリアが軽く彼を睨んだが、ここですました声が割り込んだ。


「ミランさんの仰る通りです。慣れない引き籠もり生活で、皆様がいらっしゃる直前まで、それはもうダレ切ったお姿で、盛大な溜め息を吐いていらっしゃいまして」

「ルーナ?」

 すかさずエセリアは自分付きの侍女を睨んだが、今更恐れ入るようなルーナではなく、そんな主従の様子を見たミラン達は、必死に笑いを噛み殺した。


「退屈されていたなら、ちょうど良かったです。エセリア様、お待ちかねのエディタ・ランとマリーナ・ジンスの新作をお持ちしました。まだ店頭には出していない、刷りたてですよ?」

 それを聞いた途端、彼女は勢い良く振り返って、歓喜の叫びを上げた。


「きゃあぁぁっ!! 待ってたのよ! これは例の続編よね?」

「はい。『エセリア様が続きを楽しみにしている』とお話ししたら、お二人とも『光栄です』と大変感激してくれまして。忽ち力作を仕上げて下さいました」

 それを聞いて、エセリアが少々申し訳無さそうな表情になる。

「まあ……、なんだか急かしてしまったみたいで、悪かったわね」

 正直に思うところを口にしたエセリアだったが、それを横からサビーネが、力強く打ち消した。


「エセリア様が恐縮する事などありませんわ。何と言っても読者や執筆者達の間では、あなたは以前から《文聖》と呼ばれて、崇拝の対象なのですから」

「だから何なの、その大袈裟すぎる呼称は……。聞くたびに恥ずかしいから、本当に勘弁して欲しいわ」

 項垂れて愚痴を零した彼女に、ローダスが苦笑しながら言い聞かせる。


「こればかりは、仕方が無いですね。エセリア様は十歳にして、本と言えば聖典か歴史書か詩集位の物しか存在しなかった世間に数々の型破りな作品を発表して、娯楽としての書籍文化を広めた功労者ですよ? 国教会総主教会内にもあなたの作品の愛読者が、私の知る限りでも何人かいらっしゃいますし」

 それを聞いたエセリアは、微妙に引っ掛かりを覚えた。


「あの……、ローダス? 私が書いているのは、主に恋愛小説の分野なのだけど……」

「細かい所はスルーでお願いします」

「……そうした方が良さそうね」

 色々突っ込みたい所はあったものの、ローダスの明るい笑顔に、エセリアは言葉を飲み込んだ。すると今度は、心底感心している口調でイズファインが言い出す。


「その他にも、当時エセリア様が考案した数々の玩具も画期的な代物ばかりで、あれで娯楽の種類が確実に増えましたね。最近では身近な生活用品も次々に開発して商品化されて、それらを独占販売しているワーレス商会は、こう言ってはなんだがかなり儲けているのでは?」

 彼がそう尋ねると、ミランが笑って答えた。


「気を遣って頂かなくて結構ですよ、イズファイン様。以前から商会がボロ儲けをしているのは、誰が見ても明らかですから。今朝も父が『儲かって儲かってたまらんな!』とそっくり返って高笑いした挙げ句、反り返り過ぎで背後に転倒して、頭を打った位です」

「お大事にと伝えてくれ」

 苦笑いで内情を暴露したミランに、イズファインも笑うしかなかった。そこで会話が途切れたのを見計らって、ローダスが金貨の入った皮袋と書類の束を取り出し、エセリアに差し出す。


「エセリア様、ここに来る前に総主教会寄って担当者から預かってきた、貸し出し資金の利息と、追加運用した投資内容の決算書です」

「そろそろ出る頃だと思っていたわ。金額を確認したら、お金はまた大部分を持って帰って貰うから、お願いね?」

「畏まりました」

 早速書類に目を通し始めたエセリアを見て、サビーネがしみじみとした口調でローダスに語りかけた。


「教会の貸金業も、今では完全に軌道に乗りましたね」

「正直、教会が貸金業をすると聞いた時は、上層部の正気を疑ったぞ。それを陛下がお認めになったのも、驚きだったが」

 イズファインもそれに付け加えると、ローダスが真顔で頷いて同意した。


「私も最初に話を聞いた時は、父の正気を疑いました。ですが確かに当時、資金の貸し借りが法制化されていない為に、暴利を貪る闇金貸しが巷に横行していましたからね。エセリア殿の法制度に向けての助言と進言、計画立案のおかげで一気に市場にお金が回る様になった上、商売の範囲を広げたり独立する者も増えて、二次的効果も顕著でしたから」

「あ、そう言えばローダス。今度国教会で、保険業務も始めたらどうかと考えていたの」

「『ホケンギョウム』ですか? それはどういった事でしょう?」

 急に顔を上げたエセリアの口から、聞き慣れない言葉が出て来た事でローダスは戸惑ったが、彼女は構わず話を続けた。


「詳しい内容を纏めた書類を既に作ってあるから、帰る時に総主教会に持って行ってくれないかしら? 後日、総主教会に出向いて詳細を説明するつもりだけど、それまでに総大司教様に一通り目を通しておいて貰いたいの」

「分かりました。早速父を初めとする国教会上層部の面々に、内容を確認して貰います」

 真顔で深く頷いたローダスを見てから、ここでイズファインがエセリアに問いかけた。


「国教会の事業範囲も更に広がりそうで、益々この国での重要性が増しそうだな。ところでエセリア様、再来月に臨時で武術大会が開催される事が決定したのは、もうお耳に入りましたか?」

「え? 聞いていませんけど。でもどうして臨時で開催を? しかも再来月なんて急過ぎませんか?」

 素で驚いたエセリアに、彼は含み笑いで詳細について告げた。


「元王子殿下が、他国の使者も居並ぶ場であんな暴挙に及んだので、陛下達が火消しに躍起なんです。国内向けには騎士達に己の力量を誇る機会を、平民には更なる娯楽を与えて、新しい話題で汚点を打ち消す算段です」

「なるほど……、そういう事ね」

「それで新たに外国参加者枠を設定して、その国自慢の猛者を送り込んで貰う事を、各国に要請中とか。それで諸外国でもその武術大会の事が、取りざたされる事になる筈です」

 それを聞いた彼女は納得して頷いた。


「確かに以前から、諸外国の腕自慢の王族や貴族から、参加させて欲しいとの要請が出ていたと、王妃様が仰っていたわね」

「それで家で、今日こちらに出向く事を話しましたら、父から『武術大会とトーナメント制の発案者であるエセリア様に、何か大会を盛り上げる工夫は無いかお伺いしてこい』と厳命されもので。何か目新しいアイデアはありませんか?」

「目新しいアイデアですか。そうですね……」

 そこで俯いて真剣に考え込んだエセリアだったが、すぐに何かを思いついた様に顔を上げた。


「せっかく諸国を代表して、我が国に来てくださるのですから、その方々にはある程度好条件を用意した方が良いと思います」

「例えば、どんな事でしょう?」

「予め一回戦を不戦勝で上がる様に組み込んでおくとか、シード権を確約しておくとかはどうでしょうか?」

「すみません、エセリア嬢。『シードケン』とはどのような物ですか?」

 エセリアが口にすると、イズファインが不思議そうに問い返す。それで我に返った彼女は、ルーナに声をかけた。


「ええと……、これは書いて説明した方が早いですね。ルーナ!」

「どうぞお使いください」

 何か言う前に、すかさず紙の束とペンを乗せたトレーを差し出してきた彼女に、エセリアは本気で感心した。


「随分、用意が良いわね」

「ミスティさんからの引継ぎ時に『いつお嬢様が妙な事を思いついて、紙とペンをご所望になっても良い様に、常に身近に揃えておくように』と指導されましたので。役に立ったのは、今回が初めてかもしれませんが」

「妙な事って何よ、妙な事って……」

 ルーナの台詞を聞いて周りが苦笑する中、エセリアがぶつぶつと小声で文句を言いながらも、紙に書き込みながらイズファインに「シード権」についての説明を始めた。

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