(7)両親の善行

「本当にそうよね!? だけどまだまだ序の口よ! いよいよニーナさんのお祖母さんの容態が悪くなって、あとひと月は持たないだろうってお医者様から匙を投げられて、ガルムさんが『なんとか新居を整える程度のお金は貯まったから、お祖母さんが生きているうちに結婚式を挙げて安心させてあげよう』と提案してくれたのよ」

「それは良かったですね」

 安堵して表情を緩めたシレイアだったが、ローゼは吐き捨てるように話を続けた。


「全然良くないわ! バールド通り一帯はサレク教会の管轄だから、教会に挙式の申し込みに行ったら、あの野郎、なんて言ったと思う!?」

「え? 何を言ったんですか?」

「ニーナさんに相手にもされなかった腹いせに『礼拝堂も司教も司祭も予定が詰まっているから、あと一ヶ月は式ができない。出直せ』と、面と向かってほざきやがったのよ!」

 その暴言をとても看過できなかったシレイアは、悲鳴じみた叫びを上げた。


「なんですって!? そんな非人道的な!! お祖母さんの余命が幾ばくもない事は、ちゃんと伝えたんですよね!?」

「当然よ! それなのに『それはそちらの都合だろう。甲斐性なしを選んだ己の見る目の無さを、こちらに責任転嫁しないで貰いたい』と言って鼻で笑ったそうよ! 付き添いで同行した私の父から聞いた話だから間違いないわ!」

「なんですって!?」

「許せないわ!」

「何、その腐れ外道!」

「神様は天罰を与えるべきよ!」

 これまで事の次第を黙って聞いていた周囲も、さすがにここに至って口々にその司祭を非難し始めた。急激にその場の空気が険悪になる中、コーネリアは表面上は穏やかにローザに尋ねる。

「ローザさんを含めたバールド通りの方々が、そのロペックという失礼極まりない司教の顔を見間違える筈がない事情は分かりました。それで、そのニーナさんの結婚はどうなりましたの?」

 ローザはコーネリアから声をかけられてなんとか平常心を取り戻し、声のトーンを落として説明を続けた。


「興奮して、失礼いたしました。それでニーナさん達は仕方なくそのまま帰り、父からその話を聞いた私は、どうにもこうにも腹の虫が治まらなかったんです。その数日後、気分転換しようとこちらに来て本を眺めていたら『そんな怖い顔をして本を眺めていたら、本から足が生えて逃げ出しそうよ?』と、ステラさんに声をかけられました」

「お母さんが?」

 驚いたシレイアを見ながら、ローザは苦笑気味に語る。


「ええ。さっきのコーネリア様のように優しく微笑みながら、『なにか悩み事があるなら、見ず知らずの私に話してみない? 話すだけでも、気が楽になるかもしれないから』と勧められたの。それで私、思わずニーナさんの事を初対面のステラさんに、洗いざらい話しちゃったのよ」

「そうでしたか……」

「全部聞き終えたステラさんが『それならその件は、私に任せてくれないかしら』と言ってくれたの。更にカルバム大司教夫人だと聞いて、肝を潰したわよ。もう恐縮しまくりだったけど、そんな私を宥めて住所を教え合ってから、『色々段取りをつけてから連絡をするから、指定した日時にサレク教会に、なるべく大勢で挙式申し込みに出向いて欲しいの』と言われたの」

「それで、どうなりましたの?」

 コーネリアが興味津々で話の先を促すと、ローゼは先程までとは打って変わって満面の笑みで説明を続けた。


「三日ほどして、ステラさんから連絡を貰いました。それまでにはバールド通りの主だった面々には話をしていたので、十数人でサレク教会に出向いて挙式申し込みをしたんです。当然、ロペックは予定が埋まっていると言って押し問答になったのですが、そこにカルバム大司教が入ってこられました」

「え? お父さんが? どうして?」

「カルバム大司教様のお話では、『たまたま』王都内の会計監査をする事になり、『たまたま』カルバム大司教様が西部地区の担当になり、『たまたま』当日その時刻にサレク教会を訪問する事になったけど、『たまたま』急に決まった事で連絡が徹底されていなかったらしく、『たまたま』陳情者の対応時間と重なったらしく、こちらの予定をごり押しするのは申し訳ないので話が終わるのを待っていたが、看過できない内容だったので入室してみた、ということだったらしいわ」

「あらあら、随分偶然が重なったみたいね」

「カルバム大司教様がすこぶる有能であられるのが、今のお話だけで分かりますわ」

 ローゼの説明を聞いたコーネリアとラミアは、揃って笑いを堪える表情になった。シレイアも(お父さんったら、知らない所で随分格好良いことをしているんだから)と、少々照れくさくなりながら話に聞き入る。


「そうですよね! それで唖然としているロペック司祭とニーナさん達に、『双方の事情は良く分かりました。それでは総主教会の小礼拝堂で、近日中に結婚式を執り行いましょう』と提案してくださったんです! 慌ててロペック司祭が『こちらの教会管轄の信徒の挙式ですから、平民の挙式など総主教会でできません!』と抵抗したけど、『信徒の諸事情を加味して予定を組むのが各教会所属の聖職者の責務だ。それが不可能というのだから、各教会の上部組織である総主教会がフォローをするのが当然では? 何の不都合がある。それとも君は管理能力が欠如しているのではなく、挙式が可能なのに不可だと虚偽の発言をするような、聖職者としての資質を疑われそうな人間なのかね?』と睨まれて。結局、『こちらの不手際で申し訳ありません。挙式の手続きをよろしくお願いします』とロペックの野郎が憤懣やる方ない顔で、大司教様に頭を下げたそうです。私の父を初めとしてその場に居合わせた人全員が、皆済を叫んで帰ってきました」

 嬉々としてローザが告げると、周囲から安堵の溜め息と共に喜びの声が上がる。


「さすが大司教様だわ!」

「本当に良かったわね!」

「ええ。それに、本当に凄いのはこれからよ。その二日後に総主教会小礼拝堂での挙式が決まって嬉しかったけど、支度をどうしようかと通りの皆で頭を抱えていたら、ステラさんがやってきて『支度のことは考えなくて良いから、皆さん身一つでいらっしゃい。衣装や必要な物は一式、こちらで揃えておきます。移動の馬車も幌馬車で良ければ準備しますから、お祖母さんも寝たまま同行いたしましょう』と言ってくださったの」

「え? まさか、その余命幾ばくもないっていうお祖母さんも、結婚式に参加したんですか!?」

「そうなのよ!」

 予想外過ぎる話の流れにシレイアは驚愕したが、ローゼは力強く肯定した。


「当日の朝に、通りに幌馬車が6台もやって来て。布団に寝たままのお祖母さんを大きな板で運んでそのまま幌馬車に寝せて、その一台はニーナさんとお祖母さんが乗って、他の5台に通りの皆で分乗したの。総主教会に着いてからも、ステラさんに頼まれたっていう男の人達がお祖母さんを布団ごと板で運んでくれて。礼拝堂に着いたら最前列に、背もたれにできるようにクッションを重ねて置いた大きな寝椅子があったの。『これならお祖母様も式の一部始終をご覧になれますよね』と、付き添ってくれたステラさんが言ってくださったわ」

「そんな事が……、それならお祖母様は喜んでくれましたよね?」

「ええ、本当に喜んでくれたし、とても良いお式だったわ! カルバム大司教様が自ら式を執り行ってくださっただけでも、ありがたかったもの。お祖母さんは涙ぐみながら式を見ていたけど、終わってから『これで、安心してあの世に逝けるよ。向こうでお前の両親に再会できたら、良い報告ができるからね。最期に良いものを見せて貰ったよ』とポロポロ涙を流しながら言ってね。それを聞いたニーナさんは号泣しちゃうし、私を含めて参加者全員貰い泣きしたわ」

「本当に良かったですね」

「なんて良い話なの」

「ええ。カルバム大司教ご夫妻の、人柄の良さが滲み出ていますわ」

 既に何人かが涙ぐみながら、口々にノランとステラを褒めたたえる中、ローゼのしみじみとした口調での話が続いた。

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