(9)コーネリアの作家魂

「エセリア、入るぞ」

「お父様、どうかされましたか?」

 驚いて室内の全員が顔を向けると、彼は先程来訪した使者から告げられた内容を、娘に伝えた。


「王宮から、昨日殿下が申し立てた事に関する、審議の日程が決まったとの連絡が来た。明日の午前中にクレランス学園で、両陛下ご臨席の下開催するそうだ」

「学園で……、そうですか。分かりました」

「まだ官吏達も、相当混乱しているみたいでな。詳しい開始時間は改めて、今日中に連絡するとの事だ」

「両陛下のスケジュール調整だけでも、大変でしょうね……。本当にご苦労様ですわ」

 困り顔で告げてきた父親に、エセリアが神妙に返す。そしてディグレスは慌てて礼をしようとしたレオノーラを手で制しながら、先に挨拶をした。


「レオノーラ嬢、娘の招待を受けていただき、ありがとうございます。どうかごゆるりとお過ごしください」

 それはレオノーラはエセリアからの招待に応じて、今日この場にいると公爵が認めた発言であり、対外的にこの不躾な訪問の事が噂に上っても、公爵家で否定するとお墨付きを与えた事に他ならず、レオノーラは心底恥入ると同時に、深く感謝した。

「シェーグレン公爵様、ありがとうございます」

 それにディグレスが微笑んで頷いてから姿を消すと、姉妹は真顔で意見を述べ合った。


「意外に早く、日程が決まりましたね」

「お兄様あたりが、あちこちに働きかけたのではないでしょうか」

「ナジェークが? 確かあの子は、王太子殿下の補佐官に就任したばかりだし、殿下の振る舞いにはさすがに腹に据えかねていたのかもしれないけれど……」

 コーネリアが何となく納得しかねる顔になっていると、レオノーラがいかにも悔しげに呻いた。


「学園で審議が……。在校生なら何としてでもその場に潜り込みますのに、卒業してしまったのが悔しいですわ。あの女が公の場で世迷い言を口にするなら、エセリア様の手を煩わせる事無く、私が叱責して差し上げますのに。王宮で開催されるなら忍び込める筈もありませんから、まだ諦めがつきますが……」

「まあ、レオノーラ様。そんなに悔しがる必要はございませんでしょう?」

「え? コーネリア様、どうしてですか?」

 そこで笑いながら口を挟んできたコーネリアに、レオノーラは勿論、エセリアも怪訝な顔を向けたが、彼女は冷静に確認を入れてきた。


「レオノーラ様は、クレランス学園の制服を、もう処分してしまいましたか?」

「いいえ、暫くは記念に保管しておくつもりでいます。それが何か?」

「それなら明日は制服を着て、学園に乗り込めば宜しいのではなくて?」

「……はぁ?」

「お姉様!?」

 予想外の事を言われて当惑する二人に対して、コーネリアは堂々と主張した。


「学園の教授陣も事務係官も、在籍生徒全員の顔を覚えている筈はございませんもの。あなたの顔をご存知の方も、まさか公爵家のご令嬢を力ずくで締め出そうとする度胸のある方は、そうそういらっしゃらないのでは? 後々問題になったとしても、あなたが制服を着ていれば『卒業生とは気が付かなかった』と学園側は弁明する事ができますし、十分見逃して貰えるのではないかしら?」

「…………」

 あまりと言えばあまりな内容に、エセリアは唖然として固まっていたが、レオノーラは真顔でコーネリアを褒め称えた。


「さすがは、エセリア様の姉君でいらっしゃいます。感服致しました」

「それほどでもございませんわ」

「あ、あの……、レオノーラ様? お姉様?」

 不穏な会話に慌ててエセリアが割り込もうとしたが、ここでレオノーラがすっくと立ち上がった。


「私、これから皆様に、急ぎお知らせしなければいけない事ができましたので、失礼させていただきます」

「ええ、ごきげんよう」

「レオノーラ様、あの」

 エセリアが引き止める暇があらばこそ、レオノーラはそのままの勢いで駆け出し、応接室を出て廊下を駆け抜けながら、連れてきた侍女の名前を声高に叫んだ。


「アニー、急いで帰るわよ! 早くいらっしゃい!」

「お嬢様! お願いですからよそ様のお屋敷で、これ以上騒ぎ立てるのはお止めください!」

 再び騒々しくなった廊下を驚きの表情で見やってから、この間おとなしく黙っていたダリュースが、小首を傾げながら問いを発した。


「おばさまのおともだちは、にぎやかなかたがおおいのですか?」

「今日は偶々なの。いつもはおしとやかな方なのよ?」

「そうなのですか?」

 レオノーラの名誉の為に、引き攣り気味の笑顔でそう説明してから、エセリアは姉に向き直った。


「それよりもお姉様。どうしてレオノーラ様に、あのような焚き付ける事を仰いましたの?」

 それにコーネリアが、大真面目に言葉を返す。


「エセリア、昨晩の式典に続いて開催された夜会では、随分好奇心旺盛な方々に纏わりつかれてしまったでしょう? 直に事情を知る方が多ければ多い程、あなたが黙っていても皆様があちこちで吹聴してくださるわ」

「今後の対策ですか……。確かに何度も同じ話をするのは、面倒だとは思いますが」

「それにこんなに面白い話、書かなくてどうするの」

「……はい? 書く?」

 何か聞き間違ったかと、エセリアが戸惑った顔になったが、コーネリアは笑顔を振りまきながら話を続けた。


「コンセプトは『性悪女に誑かされた愚かな権力者に、不当に虐げられた深窓の令嬢の逆転劇』ね。あなたが虐げられる筈は無いけれど、その辺りは盛大に脚色すれば、よりドラマチックに仕上げられると思うし。どう? 売れると思わない?」

 そんな同意を求められたエセリアは、顔を強張らせながら問い返した。

「あ、あの……、お姉様? まさかお姉様まで、執筆活動をなさっておられるとか、仰いませんよね?」

 その問いに、コーネリアは満面の笑みで答えた。


「私にはあなたほど想像力や才能は無いから、夢のある恋愛話とかでは無くて、主に実話を脚色したものしか書けていないのだけど。貴族間の利権が絡んだ暗闘話とか、不倫が絡んだ三角関係とか」

「おおおお姉様!? まさか六年前に卒業したお姉様まで、学園に出向かれるおつもりではございませんよね!?」

 本当で本気の話の上、とんでもない可能性に思い至ってしまったエセリアが思わず声を荒げたが、その妹の反応を見たコーネリアが、心外そうに言い返した。


「まあ……、エセリア。あなたは私が子供を二人産んだくらいで、体型を崩すと思っているの? 私は今でも、学園在籍中と体型を変えていなくてよ?」

「いえ、私が言っているのは、今でも当時の制服が着られるかどうかという問題では無くてですね!?」

「うふふ、どんな展開になるのか、明日が楽しみね。エセリア、期待しているわよ?」

「……ご期待に沿えるよう、頑張ります」

 全く聞く耳持たない姉を見て、エセリアはどうあっても思いとどまらせるのは無理だと判断し、あっさり説得を諦めた。


(まさかのレオノーラ様や、お姉様まで参戦……。進んで審議中に乱入してはいらっしゃらないと思うけど、不安要素が増えたわ)

 予想外過ぎる展開に、エセリアはがっくりと肩を落とした。

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