(4)うんざりする日常

 授業が正式に開始され、学園生活も軌道に乗るに従って、クラス内は自然にグループに分かれて行動するようになっていた。


「カテリーナ様。相変わらずあちらの方々は、騒がしいですわね」

 侯爵令嬢であるカテリーナの周りには、同様の上級貴族の令嬢達が集まっており、その中で家格や容姿で抜きん出ているカテリーナが、自然に彼女達を率いる形になっていた。

 本当であれば、他の下級貴族や平民の子女とも親しく交流したかった彼女だったが、周りにそのような者達を引き連れていてはそれは叶わず、微妙に不満とストレスを溜め込む日々だった。


「周囲の方に迷惑になるくらいの、騒々しさではありませんから。活気があって、結構な事ではなくて?」

「それはそうかもしれませんが……」

 その日も、楽しげに語り合っている平民の級友達のグループを、敵視する発言をやんわりと窘めていると、その一団に溶け込んでいるナジェークの話題になった。


「それにしても、あのナジェーク様は、随分舌が良く回る方だったのですね。存じませんでしたわ」

「本当に。貴族のみならず、平民まで容易く取り巻きに引き込むなんて」

「仮にも公爵家の嫡子とあろう方が、何を考えていらっしゃるのかしら」

 口々にナジェークを非難する台詞を言い合う彼女達に、カテリーナは何を言う気力も失せて黙り込んだ。


(この人達、普段はそれほど性格は悪く無いのに、彼が絡むと途端に見る目が厳しくて……。確かに各自の家がアーロン殿下派に属しているとは言え、何も敵対派閥の家の子女を目の敵にしたところで、何も得るものは無いでしょうに)

 カテリーナは溜め息を吐きながら、こちらの様子を窺っている他のグループの視線を確認しつつ、心の中で愚痴った。


(そもそもこの学園が平民にも門戸を開放しているのは、しがらみのない、自由な交流を奨励しての事。それなのに貴族同士で反目しあって、どうすると言うのよ。本当に馬鹿馬鹿しいわ)

「あら?」

「何事かしら」

「こちらに向かって来るわよ?」

 その声にカテリーナが顔を向けると、至近距離までやって来たナジェークが、笑顔を振り撒きながら声をかけてきた。


「やあ、カテリーナ、アルゼラ、ファニーナ、リルーメイ。ちょっとお邪魔して良いかな?」

「…………」

 周囲が無言のまま、自分の様子を窺っているのが嫌でも分かったカテリーナは、(普段、あれだけ好き放題言っているのなら、相手に直接言いなさいよ)と内心で苛つきながらも、傍目には穏やかな口調で言葉を返した。


「それは構いませんが、ナジェーク様は私達全員の名前を覚えておられるのですね」

「クラス全員の名前を覚える位、簡単だからね」

「それは感心な事だと思いますが、本人の了承無しに名前を呼び捨てにするのは、どうかと思いますわ」

 軽く嫌みを含ませてみた台詞にも、ナジェークは全く悪びれずに言い返してくる。


「貴族平民関係なく交流を深めると言うのが、創設以来のここの方針だから、それの一助として名前呼びにしているのだけれど、その意見に賛成だよ。だから君達に聞きに来たんだ」

「え? 何を聞きに来たと仰るのですか?」

「だから、このクラスの中で、名前を呼び捨てにしても構わないかどうかを確認していないのは、あとは君達だけでね。他の人達は全員、構わないと快諾してくれたから」

「それは……」

 事も無げにそんな事を言われてしまったカテリーナは、咄嗟に言葉に詰まった。


(他の人達が全員そうだと言われたら、面と向かって拒否はできないわね。下手をすると、クラス内の和を乱すと言われそうだし)

 周囲が不満げな顔付きになっているのは分かったが、拒否したければ自分ですれば良いと心の中で突き放したカテリーナは、平然と彼の申し出に答えた。


「私達を名前で呼びたければ、そうされて構いません。それがあなたのやり方で、クラスの他の方々も合わせておられるみたいですし」

「それは良かった。それじゃあ失礼するよ」

(厚かましい……、と言うか、話の持っていき方が上手いのね。先に抜かりなく、周りを固めておくなんて)

 用を済ませてさっさとその場から離れたナジェークを見送りながら、カテリーナが半ば呆れ半ば感心していると、それまで一言も発していなかった周囲が、口々に不満そうに言い出す。


「……何だか、釈然としませんわ」

「私達が、平民と同じ扱いだなんて」

「でも確かに、この学園の方針に反しているわけではありませんから」

 カテリーナは一応やんわりと宥めてみたが、それに対してアルゼラが少々馬鹿にしたような口調で応じる。


「カテリーナ様は、本当にお人がよろしいですわね」

「そうかしら?」

(あなた達が、狭量過ぎるだけよ。そうはっきり口に出しても、理解できるかどうかは分からないけど)

 まともに相手にする気にもならず、微笑んだだけのカテリーナに、アルゼラが鼻白んだ。その不穏な気配を察知したファニーナが、少々強引に話題を変える。

「それにしても……、ナジェーク様はすっかりこのクラス内を掌握されましたね」

 それに続いて、次々に悔しげな声が上がった。


「他のクラスの方々とも、気安く話されておられましたわ」

「学園内で王太子派の家を、増やすおつもりではないのかしら?」

「本当に、油断できませんわね」

「あなた方……。気持ちは分かりますけど、あまり声高に派閥云々などと口にされない方が賢明ですわよ? 上の王子殿下お二方のうち、明確な優劣は付けられないながらも、グラディクト殿下が立太子されているのは、れっきとした事実なのですから」

 カテリーナがそう指摘すると、アルゼラが真顔で応じる。


「ええ、それは重々承知しております」

「そうですか。それなら」

「あのグラディクト殿下が立太子されたのは、ひとえにあのナジェーク様の妹であるエセリア様を、自身の婚約者にできたからですわ」

「アーロン殿下より一年先に生まれただけの、可もなく不可もない凡庸な方ですもの」

「エセリア様は王妃様の姪の中でも、特に可愛がられていると評判ですし」

「それに加えてエセリア様は、幼少期から奇才と名高く、商会と共同で数々の新しい文化の育成や商品の開発に携わったり、教会を通じて画期的な社会制度の構築に関わっておられますもの」

「本当に。彼女をアーロン殿下の婚約者にできたのなら、確実に殿下が立太子されていましたわ」

「確かに彼女の方が一歳年長ですが、それ位はどうと言う事も無いでしょうに。アーロン殿下周りの方々の不見識ぶりには、怒りさえ覚えますわね!」

 一瞬自分の話を理解してくれたかと思ったものの、すぐに王子二人の比較話、もっと正確に言えばグラディクトをこき下ろし、アーロンを誉める事に熱中し始めたアルゼラ達に、カテリーナは心底うんざりした。


(もう身も蓋も無いわ。下手をすると不敬罪一歩手前だと、理解していないわね。それにこれはアーロン殿下の周囲方々の不見識と言うよりは、グラディクト殿下側が目敏かったと言った方が正しいのではないかしら?)

 そんな自分にとってはどうでも良い事を考えつつ、カテリーナは密かに今後の事を考えた。


(本当に困った方々。家同士の付き合いが無ければ、一緒に居たくは無いわ。来年は絶対、騎士科を選択しましょう。この方達は貴族科を選択するのに決まっているから、否応なく離れられるわ)

 そんな決意を新たにし、一年間の辛抱だと自分自身に言い聞かせたカテリーナだったが、事態は意外に早く進展する事となった。

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