(26)話し合い

 落ち着いてじっくり話ができそうな場所を考えてみたシレイアは、互いの実家なら人目には着きにくいものの、お互いに相手の家には心理的抵抗があると判断して却下した。しかし寮の談話室利用や、執務棟の食堂などは論外であり、時折利用しているカフェなども頭に浮かべてみたものの、何となく周囲の視線が気になりそうだと考える。悩んだ末、シレイアは以前二人で出向いた郊外の庭園を思い出し、そこを指定した。


(さて……、ローダスはどこかしら? あ、いたわ。すぐ見つかって良かった)

 予め前日に実家に戻ったシレイアは、当日、近くの停車場から乗合馬車に乗り込んだ。馬車は問題なく進み、シレイアは庭園入口での待ち合わせ時間に余裕を持って到着する。その直後、彼女はローダスを発見し、所在無げに佇んでいる彼に向かって歩み寄った。


「ローダス、待たせてしまって悪いわね。でもてっきり同じ乗合馬車に乗るかと思ったのに、別方向からの便に乗ったの?」

 不思議そうに思いながらシレイアが声をかけると、ローダスは淡々と言葉を返してくる。


「いや、一時間前の便で来て、これまで考え事をしていた」

「一時間前って……」

「まあ取り敢えず、少し歩かないか?」

「え、ええと、そうね」

 そこで二人は庭園に足を踏み入れ、並んで歩き出した。すると少しして、ローダスが控え目に尋ねてくる。


「シレイア」

「何?」

「その……、ステラおばさんは、まだ怒っているだろうか?」

 心配そうにお伺いを立てられたシレイアは、(やっぱり、結構ダメージを受けているみたい……)と若干冷や汗を流しながら答えた。


「あの……、そこら辺は気にしなくて良いわよ? あの時、お母さんが少々きつい物言いをしたのは、半分以上わざとだし。ローダスは乙女志向が過ぎるって、後でコロコロと笑い飛ばしていたくらいだから」

「乙女……」

 ボソッと呟いたローダスが、何とも言い難い表情になって口を閉ざす。それを見たシレイアは、神妙に付け加えた。


「その……、不本意な言われ方をしていると気になるなら、母さんの代わりに謝るわ」

 その申し出に、ローダスは軽く首を振った。


「いや、その必要はない。確かに、乙女志向と言えば乙女志向だ。だがこんな言い方をしたらしたで、男女差別ではないかと突っ込まれそうだが」

「取り敢えず、この話題は終わりにしない?」

「……そうだな」

 何やら不毛な会話になりかけたため、シレイアは半ば強引に話の幕引きを図った。対するローダスも、この件に関してはあまり深入りしたくなかったらしく、神妙な表情で頷く。


(さすがにお母さんが『まだ世迷言をほざくなら、ローダスは官吏としても夫としても見込みはない』なんて断言していたなんて言えないわ。下手したら、再起不能になりかねないもの)

 内心でハラハラしていたシレイアだったが、ここでローダスが再度尋ねてきた。


「それで……、ノランおじさんは呆れていなかったか?」

 その問いかけに、シレイアは宥めるように言葉を返す。


「それも、あまり気にしなくて良いと思うわ。お母さんの言いたい放題の台詞を聞いて、最後はローダスに同情していたと思うわよ?」

「そうか……」

(うあぁぁぁぁっ! 気まずいっ! 空気が重すぎる! どう話を切り出せば良いのよっ!?)

 静かに頷いたローダスは、その後は無言で歩き続けた。シレイアは内心で動揺しながら、そんな彼と並んで歩く。すると少し先に東屋が現れ、ローダスがそこを指さしながら提案してきた。


「ちょっとあそこに座って、話をしないか?」

「そ、そうね。色々と込み入った話になりそうだし」

 シレイアは即座に同意し、そこまで歩いて行った。小さめのその東屋にはベンチが四方に設置してあり、二人は向かい合って腰を下ろす。そして腰を落ち着けると同時に、ローダスが頭を下げた。


「まずは、あの時、怒鳴りつけて悪かった。おじさんとおばさんにも、日を改めて謝罪に出向くことにする」

「その……、あまり気にしていないけど、謝罪したいと言うならそれは受け入れるから、あまり気にしなくて良いわよ?」

「そうか。それなら良かった」

 そこで安堵したように頷いたローダスは、妙にしみじみとした口調で話し出した。


「でもあの時、おじさんとおばさんに指摘されて、本当に目が覚めたというか……。そうだよな。世間一般の枠にはまらないシレイアとの結婚なんだから、世間一般の枠から外れたものにしかならない筈なのに、俺は何を考えていたんだろうな。エセリア様と比べて自分の凡人っぷりを自覚して、暫く落ち込んだぞ」

 それを聞いたシレイアは、思わず真顔で断言する。


「ローダス。比較対象が間違っていると思うわ。エセリア様と比べたら、世の中の大抵の人間は凡人に決まっているもの」

「それでも俺は、これまでそのごく少数の非凡な人間だと思っていたんだがな」

「それはちょっと自信過剰じゃない?」

「面と向かって、そこまではっきり言うなよ。一応傷つくじゃないか」

 そこで二人は、思わず顔を見合わせて苦笑した。それで幾分空気が替わったところで、ローダスが再び口を開いた。



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