(27)反省

「その……、あれから色々考えてみたから、俺の考えを聞いて貰いたいんだが」

「ええ。勿論聞くから。話してみて」

「今の俺達の現状を改めて表現すると、婚約期間に入ったばかりだから、結婚云々に関してはこれからゆっくり考えていけば良いと思う。まずはアズール学術院の仕事が、軌道に乗ってからだな。本当にもの凄く、今更な話ですまないが」

 神妙に、如何にも反省している表情でそう切り出されたシレイアは、素直に頷いてみせた。


「ええ……、まあ、そうよね。仕事に慣れるまでどれくらいかかるのか、正直私にも全く見当がつかないし」

「それで、当面は学術院の宿舎に入らせて貰うが、おじさん達がアズール伯爵領に移住したら、休日とかにお邪魔させて貰って、ステラおばさんに家事一般を教えて貰おうと思っている」

 唐突に言われた内容に、シレイアは本気で驚いた。そして慌てて問い返す。

 

「はぁ!? ローダスったら、何言ってるの? 本気?」

「勿論、本気だ。おばさんに迷惑をかける事になって、申し訳ないと思うが」

「ええと、でも……」

「いきなり完全にこなすのは無理だと思うが、できる所からやっていくつもりだ。シレイアにできて、俺ができないとか言えないからな」

「急に何を張り合っているのよ」

「本当に何もできないと、ステラおばさんに罵倒……、あ、いや、叱責されそうだし……」

 ここで微妙に視線を逸らしつつ告げられた台詞に、シレイアの顔が僅かに引き攣る。


「……ごめんなさいね。なんだかトラウマになりかけていない?」

「大丈夫だ。そんな事はないから」

 そこで少々重い空気になりかけたが、ローダスが気を取り直しつつ話を続けた。


「それで結婚式も、仕事と生活が落ち着いてから、挙げたいと思った時にすれば良いと思う。向こうで交友関係が増えて、その関係者が来てくれれば良いなら向こうで。前々からの友人達だけで挙げたければ、王都で挙式すればよいし。その時になったら考えれば良いだろう。しなくても良いなら、それでも良いしな」

 妙に割り切った物言いに、逆にシレイアは少々不安になった。


「私はそれで構わないけど、ローダスは本当にそれで良いの?」

「それで構わないから、提案しているんだがな」

「それなら、そうしましょうか」

 平然とローダスが告げたのを見て、シレイアも安心しながら頷いた。ここでかなり自分に対して配慮して貰ったのを認識したシレイアは、かなり申し訳なく思いながら口を開く。


「そういう風に考えて貰ったのは嬉しいけど、申し訳ないわね。全面的に私の都合に合わせて、外交局から移籍までして貰ったし」

 ローダスが前々から、外交局で外交に携わるのを希望していたのを思い返したシレイアは、自分の都合だけで無理強いした形になったのを今更ながら反省した。するとローダスは、少々困った表情になりながら口を開く。


「いや、そこまで気にしなくても良いから……。実は今回移籍するにあたって、タイラー局長から言われた事があるんだ」

 そこで話題を変えられたシレイアは、思わず問い返した。


「外交局局長に? 一体何を言われたの?」

「局長が仰るには、『君は他国に関して幅広い知識を持っているし、語学も問題ない。しかし少々バランスが悪い』らしい」

「バランスが悪いって、どういう意味?」

 外交局勤務ならそれで何が悪いのかと本気で戸惑ったシレイアは、心底不思議そうに尋ね返した。 それに対しローダスは、タイラーから説明された内容を伝える。


「つまりだな、周辺国相手に交渉や交流を試みる場合、相手の事だけを知っていては駄目ということだ。相手の状況や文化の理解は重要だが、有益で適切な交渉などをしようと思ったら、相手国に対するそれ以上に自国に関する理解が必要不可欠になる」

 そこまで聞いたシレイアは、一瞬考え込んでから素直に頷いた。


「ああ……、言われてみれば、確かにそうかもしれないわね。相手の国に対してこちらが有利不利とか、進んでいるとか遅れているかを正確に認識していてこそ、最適な方法や答えを導き出せそうだもの」

「それで、『国内事情に一番精通しているのは、間違いなく民政局だ。この機会に、自国内の経済状況、庶民の生活状況などを実感しておくのも悪くはないだろう』と局長に言われた。更に『学術院に派遣されるとなれば、国内外の技術学術の幅広い情報収集を行うわけで、将来に備えて自国の劣っているところ進んでいるところをしっかりと実感してこい』と指示されたんだ」

 そこでシレイアは、感嘆の溜め息を吐いた。


「はぁ……。さすがは局長くらいになる方だと、物事に対する見方も随分違ってくるのね。私は単にローダスのしつこさに根負けして、移籍を承認しただけだと思っていたのに、さすがだわ」

「確かに傍から見たら、そうとしか思えないだろうな」

 シレイアの遠慮のない物言いに、ローダスが苦笑いで応じる。するとここでシレイアが、顔つきを改めて問いを発した。





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