(25)ワーレス商会拡大路線の秘密

「こんにちは。デリシュさんに席を頼んでいた、ナジェークという者だが」

「お待ちしておりました。お二方ともこちらへどうぞ」

 ナジェークの先導で店に入ると、店員に恭しく出迎えられた。年嵩の店員はナジェークの名前を聞くと即座に店の奥に向かって案内し始め、カテリーナは彼に続いて歩きながら、さりげなく店内の様子を観察する。


(随分繁盛しているみたい。それに、見慣れない料理が多いわね)

 あまり広くない事もあるのかテーブルは全て埋まっていたが、カテリーナはその事よりも既に供されている皿の中身が気になった。


「料理は任せるよ」

「畏まりました。店長を呼んで参りますので、少々お待ちください」

 テーブルが1つしかない個室に案内された二人は、勧められるまま席に着いて恭しく店員が出ていくのを見送った。それと同時に、カテリーナが疑問を口にする。


「デリシュさんはワーレス商会の本店で働いているのかと思っていたけど、ここの店長になったの?」

「彼は本店でも働いているが、ここを含む近隣五店舗の店長も兼ねているそうだからね。今の時間帯は、他の店舗に出向いているんだろう」

 ナジェークが事も無げに語った内容に、カテリーナは本気で驚愕した。


「本店勤務の他に、五店舗の責任者!? どうしてそんな事になっているのよ!」

「デリシュさんが色々な物を買い付けに地方を回っているうちに、その土地ごとの郷土料理に惹かれたらしくてね。王都内でそれを食べさせる、目新しい店を出したいと考えたんだ」

「それは分かるけど……、どうして同じ郷土料理の店を五店舗も出すの?」

「いや、それぞれ違う地方の郷土料理店なんだ。デリシュさんがどの地方の店を出そうかと悩んでいたら、エセリアが『どうせならなるべく一ヶ所に全て開店させて、お互いに宣伝させたら良いわ。来店したお客が、今度は他の店の料理も食べてみようと思わせるようにね』と助言したらしい」

 それを聞いたカテリーナが、唖然としながら問い返す。


「その助言を真に受けて、五店舗を周辺に集めて開店させたわけ?」

「意外に、集客具合は良いらしい。ここに来れば色々な料理が食べられると、口コミで人気が広がっているらしいな。エセリア曰く『珍しい店を一店舗だけ出してもすぐに飽きられそうだから、フードコート化すれば効率的よ』とか何とか言っていた」

 真顔で訳の分からない事を言われてしまったカテリーナは、肩を落として呻くように感想を述べる。


「呆れた……。『ふーどこーと』の意味が分からないし、従業員を含めた料理人を確保するだけでも大変でしょうに」

「以前からデリシュさんを観察しているが、彼の商機の見極め具合や統率力、人物鑑定眼は確かだよ。若い分、ワーレスよりも思いきりが良くて、業務拡大も厭わないしね。彼は父親以上の商人になれそうで期待している」

 そんな風にナジェークがデリシュを手放しで高評価していると、ノックの音に続いて入室の許可を得てから、デリシュがドアの向こうから現れた。


「失礼いたします。ナジェーク様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。カテリーナ様、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」

 声をかけられたカテリーナは素直に挨拶を返し、ナジェークも笑顔で応じる。


「ありがとうございます。こちらこそご無沙汰しています」

「やあ。こちらは開店以来、繁盛しているようだね」

「お陰さまで。来月末にもう一店舗開店させる予定なので、暫くはそちらの準備にかかりきりです」

「それは知らなかったな……」

 ナジェークが少々呆気に取られたところで、デリシュは笑みを深めながら申し出た。


「ところでナジェーク様。例の件、お口添えありがとうございました。父からも、宜しく伝えてくれと言われております」

「私は何もしていないさ。昨年の武術大会時の屋台の成功や、クレランス学園での学内行事への無償提供品の品質を見ても、ワーレス商会の実力は知る人ぞ知る状態だったからね。何も不思議な事ではない」

「そういう事にしておきます。……ああ、料理が来ましたね。どうぞごゆっくりお過ごしください」

「それではこれを」

「はい、頂戴致します。失礼します」

 背後から店員が出来上がった料理を運んできたのを機に、デリシュは何やら含みのある会話を終わらせた。ナジェークもさりげなく彼に向かって持参した封筒を差し出し、それを受け取ったデリシュが引き下がる。

 この間、余計な口を挟まずに彼らのやり取りを聞いていたカテリーナは、室内に二人きりになってからナジェークに尋ねてみた。


「さっきの封筒は何?」

「ワーレス商会には、色々世話になっているのでね。それに対する、ちょっとした見返りだよ」

「ここの食事の代金?」

「金銭でない事は確かだな……。そんなに詳細を知りたいのなら説明するよ」

「別に、何がなんでも知りたいというわけでは無いけど?」

 相変わらずのはぐらかすような物言いに、カテリーナが少々気分を害していると、それを察したらしいナジェークは苦笑いしながら説明を始めた。


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