(14)思いがけない特命

「これが、現時点で考えている応援グッズで、メガホンに紙テープにスレイベルに横断幕よ。スレイベルは既にワーレス商会の工房に試作品の作製を依頼済みで、布や紙も各種素材と色の物を揃えて、見本として持ってきて貰えるように手配したわ」

 描かれている図と、それに添え書きしている内容を見ても、今一つピンとこなかったアリサとメラニーは、怪訝な顔で問い返した。


「え、ええと……。この見慣れない形状の物は『めがほん』ですか? それに『かみてーぷ』とはどのように使う物でしょうか?」

「この絵を見ても、良く分からないのですが……」

「メガホンは丈夫な紙で作って、声を大きく響かせる物よ。紙テープは空中に放り投げて、華やかさを演出するの。実際に見てみないと、分かりにくいと思うけど。それで2人にはこの図を元に試作品を複数作って、それで大きさや形状を決めたら、ある程度の数を作って貰いたいの」

「はあ……」

「そうですか……」

 取り敢えず頷いた2人から、エセリアはシレイアに視線を移した。


「それでシレイアには、この横断幕に書き入れるキャッチフレーズを考えて欲しいの」

 唐突にそんな事を言われたシレイアは、2人と同様に困惑する。


「はい? あの、『きゃっちふれーず』とはなんでしょうか? 不勉強で、申し訳ありません」

「簡単に言うと、5人の参加女生徒の印象や特徴を万人に強く印象つける、短い文章や言葉の事よ。長々と文を書き連ねても、屋外でそんな物を一々読む人はいないでしょう?」

「なるほど……。なんとなく分かりました」

「シレイアは授業でも詩作は得意みたいだし、教授に何度も褒められているもの。あのバーナムを撃退した時に咄嗟に出てきたあの文言にも、本当に惚れ惚れしたわ」

「ありがとうございます。そういう事であれば、考えてみます。例えば、エセリア様だったら……、《この世に生まれ落ちた奇跡の文聖、エセリア・ヴァン・シェーグレン。この名こそが、真の不朽の名作である》とかでしょうか?」

「…………え?」

 サラリとシレイアの口から紡がれた言葉に、エセリアの顔が僅かに引き攣った。しかしこれまでにシレイアから本を借り受け、回し読みをして、マール・ハナーを初めとする数々の作家の小説にのめり込んでいたアリサとメラニーは、劇的な反応を示す。


「きゃああああっ、素敵! さすがはシレイア!」

「本当! 私だったら、とてもそんな文章は思いつかないわ!」

「さすが選抜試験トップで、定期試験でも学年2位の実力!」

「そんなシレイアを抜擢された、エセリア様の人を見る目もさすがです!」

「でも私、参加する女生徒を全然知らないのよ。どういう文章にするか考えたいから、知っているならどんな人達なのか教えてもらえない?」

「それなら私達に任せて! 皆、最近は放課後は訓練場で自主練をしてるし」

「そこに応援も兼ねて何回も見学に行って、5人全員の顔と名前は一致させているから教えるわ。早速これから、訓練場に行ってみない?」

「それは助かるわ。何事も早い方が良いしね」

 すっかり盛り上がっている三人に、ここでエセリアが控え目に声をかける。


「ええと……、それならあなた達にお任せして良いかしら?」

「はい! 勿論です!」

「是非ともお任せください!」

「来週までには、5人分のキャッチフレーズを考えておきます」

「そう……。よろしくね」

 そのままの勢いで、三人は賑やかに教室を出て行った。


「ちょっと、失敗したかしら……」

 その場に一人残ったエセリアがそんな事を呟いていたのを、彼女達は知る由もなかった。




「シレイア、ほら、あそこ!」

「ちょうど良かったわ。今日は5人全員揃ってる」

 移動した三人は広い訓練場を一望できる場所に陣取り、早速女生徒のチェックを始める。するとアリサとメラニーが嬉しそうに声を上げた。それを聞きながらシレイアは鞄からノートとペンを取り出し、全体を見渡しながら確認した。


「この場にいるのは、ざっと20人しら? 剣術大会の参加者予定数より随分少ないのに女生徒が全員揃っているなんて、皆さん真面目な人ばかりなのね」

「そうなのよ! 他にやる気のない人もいるのに、5人とも連日のように自主練習しているの」

「単に男で腕力があるから有利な生徒なんかには、負けてほしくないわ」

「本当にそうよね。真剣に考えてみる。全員の名前を教えてくれる?」

「ええ。あそこでイズファイン様と手合わせをしているのが、騎士科上級学年のカテリーナ・ヴァン・ガロアさんよ」

 メラニーが指さした先に視線を向けたシレイアは、体格で勝るイズファインと互角に手合わせしているように見える女生徒を確認し、深く納得して頷く。


「うん、一番目立っていたからそうじゃないかとは思っていたわ。入学してから噂を聞いた事もあるし。れっきとした侯爵令嬢なのに騎士科に進級するなんて、余程の自信と実力があるのかと思っていたけど、本当にその通りみたいね」

「本当にそうなのよ! イズファイン様にも引けを取っていないもの!」

「私達の、憧れの女性なのよね!」

 どうやら彼女達の一押しらしいと分かったシレイアは、微笑みながら次の女生徒を指さしながら尋ねた。


「それじゃあ次に、あそこの男子生徒に手合わせしてもらっている人は?」

「あの人はカテリーナさんと同じく騎士科上級学年の、テイナレア・ヴァン・マーティンさんよ」

「あの人も、なかなか強いのよね。動きが鋭くて、カテリーナさんみたいに華がある感じではないけど、隙がないって感じで」

「なるほどね。それならあの人は?」

「あの人は、騎士科下級学年のオリビア・ルモンドさん。お父さんとお兄さんが揃って近衛騎士で、小さい頃から本格的な訓練を受けてきただけあって、剣術は正統派の動きなのよね。授業でも、お手本として披露する事があるみたい」

「確かに他の人と比べて、動きが綺麗な感じがするわ」

「それからあの人は、騎士科下級学年の……」

 そんな調子で、シレイアは自主練習している五人の詳細な説明を受けつつ、彼女達の観察を続けた。その間、シレイアはノートに何度も思うまま書き連ねていたが、しばらくしてから顔を上げる。


「こんな感じかな……」

「え? もう5人分を考えたの⁉︎」

「どんな感じ? 教えて!」

「良いわよ」

 まだ若干考え込む素振りを見せながらもシレイアが口にすると、アリサとメラニーが食いつき気味に尋ねてくる。それに頷いたシレイアは、ノートに視線を落としながらお伺いを立てた。


「カテリーナさんは《クレランス学園に、凛と咲き誇る一輪の華。その名はカテリーナ・ヴァン・ガロア!》で、テチィナレアさんは《蝶のように舞い、蜂のように刺す! 孤高の女騎士、その名はティナレア・ヴァン・マーティン!》で、オリビアさんは《剣の道を極める、その崇高な気概と剣技が光り輝く。その名はオリビア・ルモンド!》で、ライラさんは《その鋭い眼差しから、何人たりとも逃れられない。勝利に向かって突き進む、その名はライラ・ヴァン・エストナー!》で、ミリアナさんは《勝利の女神の裳裾は、もうあなたの目前に! 努力の人、その名はミリアナ・レンタス!》にしてみたけど、どうかしら?」

 シレイアが考えた内容を立て続けに披露すると、二人は喜色満面で彼女を褒め称える。


「凄いわ、シレイア! この短時間で、そんなに考えつくだなんて!」

「それに、凄く素敵よ! 皆にピッタリの文章だわ!」

「きっとエセリア様にも喜んで貰えるわよ!」

「応援も、大いに盛り上がるわね。絶対よ!」

「ありがとう、そう言ってもらえて良かったわ」

 そして彼女達は上機嫌のまま、訓練場を後にしたのだった。


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