(21)ローダスの翻意

 学年末の休暇に入って少しした頃。シレイアが自室で本を読んでいると、ローダスが来たとメルダが知らせに来た。特に約束は無かったのに何だろうと思いながら、シレイアは一階の居間に向かう。


「ローダス、どうかしたの? 今日はエセリア様に用があるから、シェーグレン侯爵邸に出向くって言ってなかった? もう行ってきたのよね?」

 エセリアへの仲介を頼まれた関係上、その日程を把握していたシレイアは、向かい合って座りながら怪訝そうに声をかけた。するとローダスは両肘を両膝に乗せて両手を組みながら、俯き加減で答える。


「ああ……。そこから戻る途中で寄った」

「なにか急用なの?」

「厳密に言えば急用というわけではないが、今、シレイアに確認しておきたい事がある」

「へえ、そうなの。何?」

(そうすると、エセリア様と婚約破棄についての意向確認とか、具体的な方針とか突っ込んだ話をしてきたのかしら? でもなんとなく、反応が変よね?)

 どう考えても様子がおかしい幼馴染に、シレイアは首を傾げた。そこでローダスは顔を上げ、真剣な面持ちでシレイアに問いかける。


「シレイア。お前は今年、エセリア様と同じクラスだったよな」

 その一言で、シレイアは盛大に気分を害した。


「ローダス……。あなた喧嘩を売りにきたの? ええ、そうよ! 同じクラスだったわよ! 『だった』と、これから過去形で語らなければいけない事実に少なからず落ち込んでいる真っ最中だっていうのに、なんなの、その無神経極まりない質問はっ⁉︎」

「それは俺も承知しているし、悪いと思ってる。だが、敢えて確認の必要がある出来事があったんだ」

 怒りのあまり、シレイアは思わず声を荒らげた。しかし微塵も動揺せず、真顔で話し続けるローダスを見て、シレイアは不審に思いながら問い返す。


「そんな真剣な顔で、一体何を私に聞きたいのよ?」

「その……、今年一年、シレイアはエセリア様と同じクラスだったから、当然全ての授業を一緒に受けただろう?」

「ローダス……。一回殴っていい? 聞きたいのは、そんな分かりきった事なの?」

「話はこれからだ! その……、エセリア様は音楽の授業を、どんな風に受けていた?」

 何やらものすごく聞きにくそうに問われた内容を聞いて、シレイアは呆気に取られた。


「はあ? どんな風って……、普通に真面目に受けていらしたわよ?」

「周囲から浮き上がるような行動をしたりとか、突拍子のない演奏をしてシレイアがフォローしたとか」

「エセリア様に限って、そんな事あるわけないでしょうが。音楽史や音楽理論は完璧で、試験でも確実に私より点数を取られていたわよ。選抜試験にはそれらの項目はなかったから入学後に勉強を始めたし、元々素養のある貴族の人には敵わないのは仕方がないけどね」

「それは俺も同様だが、知識とかの問題ではなくて演奏について知りたいんだ」

「演奏?」

「ああ」

 重ねて問われて、シレイアは音楽の授業時間を思い返す。


「そう言われても……。音楽の時間に演奏するのって、貴族の中でもよほど腕に自信がある人か、教授から指名を受けた人だったわよ? だってこれまでまともに楽器を演奏したことのない平民の生徒に拙い演奏をさせて、差別意識を増長させるわけにはいかないもの。元々平民にはハンデのある音楽の授業に関しては、期末試験の比重が低くされているくらいだし。他のクラスでもそうだと思っていたけど、ローダスのクラスでは違ったの?」

「勿論、俺のクラスでもそうだった。俺が聞きたいのは、エセリア様がどんな演奏や歌唱をしていたのかって事だ」

「ええと……、どうだったかしら?」

 そこで少しの間考え込んだシレイアは、冷静にこれまでの状況を説明した。


「元々エセリア様は自分の才能を誇示するタイプではないし、授業でも演奏が上手な他の人を推薦して、その演奏を聴いて適切に評価して、素晴らしい感想を述べていたわ。確かに何回かは他の人達と合奏や合唱をしていたけど、特に問題はなかったわよ? エセリア様は演奏も普通にこなせるけど自分の技量をきちんと理解した上で、他の方の才能に嫉妬したりせずに素直に認めて賞賛できる、素晴らしい人格者だと思うわ」

 それを聞いたローダスが、まだ若干納得しかねる顔つきで呟く。


「そうなのか……。うん、まあ、それなら問題ないんだろうな……」

「問題なんかあるわけないわよ。あんたさっきから、何を訳がわからないことを言ってるの?」

「その……、エセリア様が授業で変な演奏とかをしていたなら、シレイアがどうやって周囲を丸め込んで隠蔽したのかと思って。やっぱり、そんな事はなかったようだな……」

「本当に意味がわからないんだけど! エセリア様に対して、本当に失礼よね!?」

「シレイア」

「何よ!?」

「例のエセリア様の婚約破棄の件だが、今日俺は、それに全面的に協力すると言ってきた」

 段々喧嘩腰になってきたシレイアだったが、ローダスの台詞に瞬時に笑顔になった。


「本当!? それは心強いわ! でも……、エセリア様から話を聞いて以降、これまでローダスは慎重な態度を崩さなかったのに、何かあったの?」

「これまで熟考してきた結果、エセリア様が才能溢れる革新的な方なのは認める。認めるが……、施政者の一員で国の象徴になられるのにはかなり問題、ではなくて、ある意味少々差し障りがあると思う。非常に残念な事だが……」

 ローダスは遠い目をしながら、かなり残念そうに語った。しかしシレイアは、そんな彼の内心など全く察することはなく、予想外に賛同者を得た喜びで上機嫌に告げる。


「全く同意見よ! エセリア様は王妃陛下としても立派に重責をこなせる方だと思うけれど、いつ何時も自由な発想で自由な活動ができてこそ、あの方の才能は最大限に発揮できると思うの!」

「うん……、まあ、そういう事だよな……」

「ええ、そういう事よね! その辺りをローダスがしっかり理解してくれて嬉しいわ! これからエセリア様の為に、一緒に頑張りましょうね!!」

「ああ、頑張るよ……。こうなったら何がなんでも、婚約破棄に持ち込もう」

(ローダスが全面協力を決心してくれたのは嬉しいけど、一体今日、公爵邸でどんな話があったのかしら? 興味があるわ)

 その時、ふと感じた疑問をシレイアはローダスにぶつけてみたが、彼は言を左右にし、その場で答えなかった。それでシレイアは大した事はないのだろうと割り切り、その日シェーグレン公爵邸で何が起きたのかを知る機会を、永遠に失ったのだった。




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