(12)文字通りの怪我の功名

「何ですって!? 冗談では無いわ! 明日から早速夜会の予定が入っているのよ!? 他にも茶会や観劇の予定が目白押しなのに!?」

「ですがお義姉様、そう言われましても……。この状態で何をどうしろと仰るのですか?」

 カテリーナが左足首を指差しながら困惑気味に訴えたが、エリーゼは鼻で笑いながら言い放った。


「どうせ転んだと言っても、本当は大した事は無いのでしょう!? そんなわざとらしく大袈裟に包帯を巻いたりして! きちんと見せなさい。そうすればはっきりするわ」

「そう仰られても……。ここで解くと、戻すのが少々面倒なのですが」

「そんな下手な言い逃れを……。ノーラ! 良いからさっさとそれを解きなさい!」

「はぁ……。それではカテリーナ様、失礼します」

「構わないわよ」

 室内に控えていたメイドの一人にエリーゼが声高に言い付け、彼女が恐縮しながらカテリーナの足下にしゃがみんで断りを入れる。カテリーナがそんな彼女に鷹揚に頷き、徐々に包帯が解かれて幹部を覆っていた布が剥がされた瞬間、狼狽した声が上がった。


「まあ! 何て事でしょう! お嬢様、大丈夫ですか!?」

「これでも昨日よりは、幾らかは良くなったのよ?」

「それにしても……」

 カテリーナはメイドから気遣う視線を向けられたが、遅れて目にした他の者達も赤黒く腫れ上がった足首を目の当たりにして、揃って動揺した。


「カテリーナ!」

「これは酷い。ガルーダが心配して、一筆したためる筈だ」

「……っ!」

 そして顔色を変えたエリーゼに向かって、カテリーナが落ち着き払って話を続ける。

「お義姉様、これでお分かりいただけましたか? 医務官からは、きちんと処置を続けて全治二週間との診断を受けています。今湿布を剥がしてしまいましたから、治るのが幾らか延びるかもしれませんが」

 それを聞いたエリーゼが何か口にする前に、イーリスがノーラに焦った口調で言い付ける。


「ノーラ、何をしているの! 早く元通りにして頂戴!」

「はい!」

「あ、ノーラ。悪いけど一度剥がしてしまったから、新しい湿布に替えないといけない筈なの。持ち帰った鞄の中に医務官から貰った薬や包帯があるから、それを持ってきて付け直して貰えるかしら? もう荷物は部屋に運んであるのよね?」

「分かりました! ただいますぐにお持ちします!」

 慌ただしくノーラが廊下に駆け出して行き、患部の状態を確認した事で、それを大した事がないと決めつけたエリーゼを両親が冷ややかな目で眺める中、カテリーナは笑顔で話題を逸らした。


「ところでお父様とお母様は、もう領地に出向いてラルフの顔をご覧になっているのですよね? 今から会えるのが楽しみですわ」

 何ヵ月か前、領地の館でそこの運営を担っている次兄の所に産まれた甥の名前を口に出すと、予想通り初孫に骨抜きになっているらしいジェフリーとイーリスが、それまでの不機嫌さなどかなぐり捨て揃って笑み崩れる。


「ええ、とても可愛くて利発そうな子よ? あなたも絶対気に入ると思うわ」

「お前は今まで寮にいたからな。せっかくの機会だ。無理せず、領地でゆっくり養生してくると良い」

「そうさせて貰います」

「…………」

 それから暫くの間、ジェフリー達はラルフに関する話題で盛り上がり、ここで下手にカテリーナを屋敷に引き留めて余計な不興を買うわけにはいかなかったエリーゼとジェスランは、無言のまま小さく歯軋りをした。

 その後、自室に引き上げたカテリーナは、メイドの手を借りて私服に着替えてから人払いをしてベッドに転がった。


「怪我した時はどうなる事かと思ったけど、領地でのんびりできるお墨付きを貰えたのはバーナムのお陰ね。それぞれのご招待へのお断りは、お母様が理由を含めて、各家に懇切丁寧に説明してくれる筈だし」

 そして軽く左脚を上げ、ノーラが施してくれた湿布とそれを固定する包帯を眺めながら、一人苦笑する。


「やっぱり昨夜は、敢えて湿布をしておかなくて正解だったわね。腫れが殆ど引いていなかったもの。さすがに夜は痛み止めを飲んでも良く眠れなかったけど、それ位仕方がないわ。今日は疲れたと言って、早速お昼寝しましょう」

 そう決めた彼女は、見つかったら「行儀が悪い」と後からエリーゼに嫌みを言われる位は覚悟の上で、不足している睡眠を補うべく静かに目を閉じた。


 ※※※


「ナジェーク様、少々、宜しいですか?」

 長期休暇に入って帰宅したのはナジェークも同様で、シェーグレン公爵邸の書斎で父親から回された書類に目を通していた彼は、側近から声をかけられて彼に視線を向けた。


「ああ、アルトー。どうかしたかな?」

「ガロア侯爵家の密偵から連絡です。カテリーナ様が本日ご領地へ向けて、出立されたそうです」

 淡々とした口調での報告を聞いた彼は、少しだけ意外そうな顔つきになった。


「早いな。長期休暇三日目に出立とは。あの兄夫婦が、良く行かせたものだ」

「報告では、指を咥えて見送ったそうですよ?」

「兄夫婦とは異なり、ガロア侯爵は『足を怪我した娘を引っ張り回すなどけしからん』と、常識的な判断をされたらしいな」

「そのようです。それで彼らの予定が大幅に狂い、謝罪と調整に奔走しているらしいですね」

「それはそれは気の毒に」

 声だけ聞けば深く同情しているように聞こえるそれを、完全に面白がっているとしか思えないナジェークの表情が盛大に裏切っていた。


「ナジェーク様、少しは気の毒そうな顔をされてはいかがです?」

 半ば呆れながらアルトーが窘めたが、今更そんな事で恐れ入るナジェークではなく、すぐに真顔に戻って指示を出す。


「他に人がいるのなら、幾らでも取り繕うさ。それではアルトー」

「分かっております。幸いこちらは、少々の予定変更で済みますので滞りなく進めます」

「宜しく頼む」

 時間を無駄にせず、短いやり取りで意思疎通を済ませた二人はすぐに別れ、ナジェークは再び手元の書類に視線を戻した。

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