(20)ちょっとした反省

 音楽祭から数日後、エセリアはいつものメンバーをカフェに集めた。まず音楽祭についての総括を終えると、ローダスが恐縮気味に話し出す。


「実は、私はエセリア様に謝罪しなければならない事がございまして……」

「あら、ローダス。どうかしたの?」

「アシュレイとして様子を見に行った時に、殿下が『音楽祭は上手くいかなかったが、何か他にアリステアの存在感を増す事ができるような、催し物は無いだろうか』と尋ねられて、思わず『絵画展などはどうでしょう?』などと、口走ってしまいまして……」

(ちょっとローダス! あなた私の知らない所で、何を口走っているのよ!?)

 シレイアは驚き、勢い良く隣に座る彼に視線を向けた。エセリアも怪訝な顔で問い返す。


「絵画展? アリステアは絵が得意なの?」

「彼女の絵心に関しては知りませんが、殿下の側仕えのエドガーの絵を、去年美術の授業で目にしていましたので。彼に指導して貰えれば、多少は見られる絵を描けるのではと思いまして……」

 そこまで話を聞いたシレイアは、憤然とした様子で会話に割り込んだ。


「馬鹿じゃないの!? あのお花畑ペアが素直に絵の描き方を指導して貰って、真面目に描くわけないでしょうが! エドガーなんたらの描いた絵に、あの馬鹿女が一筆か二筆入れて、あの女作の絵って事にして臆面もなく発表するのに決まっているじゃない!」

「…………」

 それを聞いたローダスががっくりと項垂れ、サビーネが控え目にシレイアを宥めてくる。


「シレイア。幾ら何でも、さすがにそんな事をするとは」

「絶対にしないと断言できる!?」

「……むしろ、やりそうに思えてきたわ」

「そうでしょう? だけど証拠もないのに、盗作呼ばわりもできないし、あの女の名前を高めるだけよ……。もうこうなったらエセリア様の絵を、有名な画家の方に描いて貰うしかないわ!」

 思わず遠い目になったサビーネに対し、シレイアは血走った目で拳を握りながら主張した。それを見たエセリアが一瞬呆気に取られてから、苦笑気味にシレイアに告げる。


「シレイア、落ち着いて頂戴。話が変な方向に逸れているわ。私は彼女と手段を選ばず、勝負をしているわけではないのよ?」

「ですがエセリア様! 私はエセリア様があの女に負かされるなんて、我慢できません!」

「絵画展を開催しても、私は別に構わないわよ? それに誰かに絵を描いて貰おうとも思わないわ。描き上げたものを、そのまま出すだけよ」

「そう仰られても……。もう、ローダスったら! もう少し考えなさいよ!」

 本人が構わないと言っている以上、文句を言う訳にもいかず、シレイアはローダスに八つ当たりした。しかしここでミランが予想外の事を言い出す。


「いえ、ローダスさんはとても良い仕事をして下さいました。実に最高のタイミングです。これぞ正に、神のお導き……」

 そう低い声で告げてから、「ふふふふふ」と不気味な笑いを漏らした彼に、周囲の者達は全員、訝し気な視線を向けた。


「ミラン、どうかしたの?」

「エセリア様。実は今日、この話し合いが終わったらお渡ししようと思って、ここに持参した物があるのです」

「あら、何かしら?」

「これです。どうぞ、ご覧になって下さい。先程定期便で、学園への納入品と一緒に、店から私に届けられました」

 そう言って今まで自分の膝の上に乗せていた、割と大きくて平たい箱を持ち上げ、テーブルの上に乗せた。更に蓋を開け、入っていた小さい箱を取り出す。それはワーレス商会で長年構想を温めていた画期的な新画材であり、実用化及び商業化の目途がついた物だった。

 それを用いた作品を提出することで、絵画展で話題を浚うのが確実だとその場は盛り上がった。アリステアに脚光が浴びる可能性が少なくなったことで、シレイアは胸を撫で下ろしたのだった。





 その日、別れ際にエセリアからちょっとした頼まれごとをしたシレイアは早速サビーネと相談するため、消灯前に彼女の私室を訪れた。


「エセリア様、今日も冷静だったわ。絵画展の事を聞いて、思わず取り乱してしまった自分が恥ずかしい」

 椅子に落ち着くなり、シレイアが放課後の一幕を思い返しながらしみじみと告げると、苦笑いしながらサビーネが宥めてくる。


「シレイアの気持ちは分かるわ。エセリア様と比べたら、私達はまだまだ未熟だもの」

「いかなる時も、落ち着いて優雅に。友人ながら、やっぱり憧れるわ」

「エセリア様……。本当に同じ学園に在籍しているなんて、やっぱり奇跡に等しいわね」

 少しの間だけ感動の余韻に浸ってから、シレイアは早速話を切り出した。


「それはともかく、今日別れ際にエセリア様に頼まれた事について、早めに確認しておこうと思ったの。サビーネはどう思った?」

 その場に居合わせ、同様の要請を受けたサビーネは、困惑気味に言葉を返す。


「そうね。去年先輩方が作成した剣術大会準備進行マニュアルを元に、今年はエセリア様抜きでも順調に準備を進めているけど。どうしてエセリア様は今になって『刺繍係と小物係の責任者以外で、平民で中心メンバーになっている人のリストを作っておいて欲しい』なんて言われたのかしら?」

「私も不思議に思ったけど、エセリア様にはいつも通り深い考えがあるのだろうし、あの場でわざわざ詳細を尋ねなくても良いかと思って」

「私も同感。それで早速、刺繍係と小物係に所属している人のリストを揃えてみたのだけど……」

 そこで差し出された何枚かの用紙を見て、シレイアは(さすがサビーネ、仕事が早いわ)と感心した。


「これがなかなか、難しいのよね。平民の女生徒となると、必然的に騎士科や官吏科所属、もしくはそちらに進級希望の教養科の女生徒でしょう? 貴族の女生徒に比べて圧倒的に数が少ないし、平民の男子生徒と比べてもかなり人数が少ないのよ」

 それを聞いたシレイアも、難しい顔になりながら同意する。


「そうよね。私も今日話を聞いた時、刺繍係や小物係で活躍している平民の女生徒っていたかしらと、思わず考え込んでしまったわ」

「他の係や男子生徒と変な軋轢を起こさないよう、前年に引き続き各係の責任者は、貴族の最上級学年の方にお願いしているし」

「各係の責任者の顔と名前は完璧に把握しているけど、準備の合間に名簿と照らし合わせて、確認しておく必要があるわね」

「一応、候補は考えておきましょう。ええと……、ちょっと待ってね」

 サビーネは断りを入れてから、ペンを取り上げた。そして少しの間リストを凝視してから、迷いなく名前の先頭に次々チェックの丸印をつけていく。


「お待たせ。丸を付けた人は、確実に貴族よ。後は平民か、普段付き合いがない貴族の生徒ね」

 彼女の交友関係の広さと情報収集能力の高さを認識していたシレイアは、その判断を全く疑わなかった。 


「さすがサビーネ。これでかなり絞り込めたわ。これをミランとカレナにも見せて、確認を取れば良いわね」

「そうしましょう。あと各係の責任者に話を聞いて、実際に係内でどんな風に役割分担しているかも、聞いておいた方が良いんじゃない?」

「そうね。平民でもあまり積極的に活動できていない生徒なら、エセリア様の条件に当てはまらないかもしれないし」

「色々大変だけど、頑張りましょうね」

「勿論よ。大変な分だけやりがいがあるわ。今年も絶対、成功させましょうね。それじゃあ、サビーネ。そろそろ部屋に戻るわ」

「ええ、おやすみなさい」

 エセリアからの依頼につい、早くも解決の目途が立ったことに気を良くしながら、シレイアは寮の自室に戻って行った。






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