(17)最大の崇拝者

 コーネリアが結婚した翌年、アラナも屋敷内で執事を務めていたガーディと結婚した。そして翌年最初の子供を身ごもったのを機に彼女はメイドの仕事を辞めたが、それまでもそれ以降もコーネリアからは執筆した本がワーレス商会と夫を通して届けられていた。

 そして結婚して五年目。アラナが二人目の乳児を昼寝させて子供部屋を出ると、何故か日も高いうちに夫が家に戻って来ていた。


「アラナ、戻ったぞ。静かだな。子供達は?」

「お帰りなさい、ガーディ。マルコは外に遊びに出て、ルイは昼寝中なの。今日は随分帰りが早いのね」

「今日は久しぶりにコーネリア様がお屋敷に出向いてこられて、これをお前にと言付かったんだ。そうしたら奥様が『アラナが喜ぶだろうから、今日はもう良いから早く持って帰りなさい』と仰ってくださったから」

 それを聞いたアラナは、満面の笑みで大きな紙包みを受け取りながら夫に告げた。


「勿体ないご配慮だわ。奥様によろしくお伝えしてね?」

「ああ」

「これはいつも通り、コーネリア様がお書きになった本よね。ありがたく頂戴するわ。……あら、随分大きいと思ったら、一度に四冊も?」

 早速近くにあったテーブルで包みを広げて中身を確認したアラナは、怪訝な顔になった。それにガーディが説明を加える。


「受け取る時にコーネリア様から少し伺ったが、同時発売をされるそうだ。詳しい事は一緒に入れた手紙に書き記してあると言われた」

「あぁ、これね。どれどれ?」

 すぐに上品な封書を見つけたアラナは、開封して取り出した便箋の内容にざっと目を通したが、思いがけない内容に目を見開いた。


「まぁ……、本の題材は、この前の婚約破棄事件だそうよ。シェーグレン公爵家が盛大に巻き込まれた事なのに、書いてしまって良いのかしら……」

「だがあの騒動の全貌と言うか、どうして元王太子殿下があんな暴挙に及んでしまったのか、詳細が未だにはっきりしていない筈だから、それを題材に本を書くなんて無理じゃないのか?」

 困惑気味にガーディが応じると、アラナは相変わらず目線を走らせながら感嘆したように呟く。


「コーネリア様はそれを逆手に取って、事件の黒幕や裏事情のパターンを変えて書かれたそうよ。大まかな流れや結末は変わらないけれど、『知られざる後宮暗闘編』と『頓挫した侵略計略編』と『邪な派閥抗争編』と『怠惰な溜め息編』としてお書きになったらしいわ。シリーズ名は『疑惑の迷宮』ね」

 それを聞いたガーディは、益々怪訝な顔になりながら疑問を口にした。


「前の三つに関しては、何となく黒幕が推測できない事もないが……、最後のは何なんだ?」

「ちょっと待って。それぞれ箇条書きで書いてあるわ。ええと…………、無能で無神経な王太子殿下に愛想を尽かしたエセリア様が、公爵家側から婚約破棄を申し入れるのは不可能だから、殿下自ら婚約を破棄するように陰で様々な人を操って仕向けたという筋書き……」

(コーネリア様……。エセリア様は実の妹君ですのに、なんて話を書いているんですか……。本当に相変わらずのご様子だわ)

 コーネリアの傍若無人ぶりに、アラナは最後まで読み切る前にテーブルに両手をついて項垂れた。しかしガーディは流石に事の重大性を認識し、慌てて確認を入れてくる。


「いや、ちょっと待て! 幾らなんでもその内容はまずいだろう!? 名前とか設定を変えても、分かる人には丸分かりだ! エセリア様がそんな事を企む筈がないし、シェーグレン公爵家が社交界から白眼視されかねないぞ!?」

 それを受けて、アラナは何やら達観した顔つきで再び便箋に視線を戻しながら、詳細を彼に伝える。


「そこら辺に関しては、予め本を書く前にご本人に了承して貰ったそうよ。本当にエセリア様って、色々な意味で動じない方よね。それにコーネリア様の事だから、旦那様と奥様にもきちんと許可を頂いているのじゃない?」

「お前が以前に言っていたが、旦那様達がおおらか過ぎるのは考えものだよな……」

「それは今更の話よね」

 半ば茫然とした表情で呟いたガーディだったが、ふと最近屋敷内で話題になった事を思い出した。


「本と言えば……。最近明らかになったんだが、ナジェーク様とエセリア様は、コーネリア様が本を執筆されている事を、これまでご存じなかったそうなんだ」

 それを聞いたアラナは、本気で驚いて夫に詰め寄った。


「はぁ!? 嘘!! どうしてよ! だってコーネリア様は、ご結婚前から本を書いておられるのよ!? 書き始めて何年経ってると思うの?」

「何でも当初、『妹があれだけ素晴らしい空想の話を書いているのに、姉の私がこれだけの作品しか書けないと思われるのが恥ずかしいから』とか仰られて偽名を使った上で、ご家族を含めた箝口令を敷いたんだろう?」

「ええ。妙な方向に奥ゆかしさを発揮されて……。確かに当時コーネリア様の執筆活動を知っていたのは、ご両親の他は私と、ワーレス商会のラミアさんだけだったわ。だけどご結婚を機に、コーネリア様はコーネリア・ヴァン・クリセードの名前で、堂々と作品を発表するようになったじゃない」

 アラナはそう主張したが、ガーディは微妙な表情のまま説明を続けた。


「それが…………、旦那様と奥様はコーネリア様からお話を聞いていると思っていたらしく、わざわざ話題にしなかったらしい。俺達使用人も、コーネリア様の執筆活動を耳した時は驚いたけど、まさかナジェーク様とエセリア様がご存じないとは夢にも思っていなかったし……」

「そうよね……。使用人が主家の方々に向かって、わざわざ話題に出したりはしないわよね……。恐らく、ワーレス商会の方もそうだったのね?」

「ああ。お嬢様達はワーレス商会に原稿を出していたが、当初口止めされていたラミア夫人は公表後、エセリア様にはコーネリア様からお話ししていると思っていたらしい。その流れでエセリア様の原稿を預かっていたミランにも、わざわざ説明していなかったとか」

 そこで二人は何とも言い難い顔を見合わせてから、揃って溜め息を吐いた。


「お二方の驚愕ぶりが目に浮かぶわ。よりにもよって自分達の姉が、あんなギスギスした陰謀とか人間の暗部とか壮大な謀略をテーマにした本を書いておられると知ったら」

「う~ん、でもコーネリア様の本は、どれもついつい引き込まれて面白いぞ?」

「それは確かにそうなんだけどね!?」

「それにお屋敷のお嬢様や若様達は全員色々な意味で才気溢れる方だけど、完全な人間など存在するわけないし、その欠点がこういう本を書いたりちょっと変な方向に暴走する位なら、可愛らしいものじゃないのかな? コーネリア様は他には非の付け所の無い、立派な若奥様なんだから」

 そんな冷静な夫の指摘に、アラナはまるで憑き物が落ちたように素直に頷く。

 

「そうか……、そうよね。そういう考え方もできるのよね。そんな欠点くらい、コーネリア様の全ての魅力と能力に比べたら、本当に些細な事よね」

「そうそう。だから夕飯の支度を始めるまで、早速読まないか? これまでと同じように、読後に感想を手紙にしてコーネリア様に送るんだろう?」

「当たり前よ。この最後にいつも通り、『アラナから感想を貰えるのを楽しみにしているわ』と書かれてあるもの。何と言ってもコーネリア様の原稿の、最初の読者は私ですからね! 家事の合間に頑張って、少しずつ読むわ!」

 便箋の最後を指さしながら上機嫌に宣言したアラナは、手早く封筒に便箋を元通りに折り畳んでしまってから、さっそく一番上に重なっていた本を取り上げ、一心不乱に読み始めた。そんな彼女を、テーブルを挟んで向かい側に座ったガーディが、微笑ましく眺める。


(幾ら殺伐とした話でも、コーネリア様の本なら本当に楽しそうに読むんだよな……。そんなに面白い本かと思って声をかけて借りてみたら、内容とのギャップに愕然としたぞ。そんなコーネリア様至上主義なところが、今でも可愛いんだけどな)

 実はコーネリアの本で縁付いたアラナは、コーネリアが嫁いだ後も他には類を見ない彼女の崇拝者だと屋敷の使用人達に認識されており、何年経過してもそれが変わる事は無かった。


(完)

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