(41)幻の暗殺計画
クレランス学園が長期休暇に突入し、エセリアがシェーグレン公爵邸に戻って数日後。彼女が自室で寛いでいると、ナジェークから呼び出しがかかった。
「お兄様。お呼びとのことですが、どうかしましたか? まあ! イズファイン様、いらっしゃいませ。お久しぶりです」
ルーナを引き連れてエセリアが応接室の一つに出向くと、ナジェークと一緒にテーブルを囲んでいる人物の姿を認めて声を上げた。
「エセリア嬢、お久しぶりです」
「二人とも、呼ぶまで下がっていてくれて構わないよ?」
挨拶するイズファインの台詞に続き、ナジェークが笑顔で指示してきたことで、オリガとルーナは余計なことは言わずに即座に頭を下げる。
「畏まりました」
「失礼します」
一応、ナジェーク達の呼び出しにすぐ対応できるよう、二人は続き部屋に下がってから、そこで待機を始めた。するとオリガが溜め息を吐いてから、愚痴っぽく言い出す。
「エセリア様が学園をご卒業されるまであと半年だし、絶対、例の婚約破棄に関しての話し合いよね。順調らしくて、確認する気にもなれないけど。それに私達はとっくに婚約破棄計画について知っているのだから、わざわざ遠ざける必要はないでしょうに、何を話しているのかしら」
「そうですよね。そうなると……、婚約破棄を目論んでいるのを知っている私達でも耳にしたら相当動揺するような、物騒なお話をするつもりなのでしょうか?」
素朴な疑問を覚えたルーナが頭に思い浮かんだまま口に出すと、オリガが狼狽しながら言い返してくる。
「ちょっと、ルーナ! 怖過ぎることを言わないで頂戴! まさかナジェーク様が、王太子殿下の暗殺を目論んでいるわけではないわよね!?」
「暗殺!? いえ、まさか、さすがにそれはないかと思いますが……」
「そうよね。さすがに考えすぎよね。馬鹿な事を言ったわ」
自分自身に言い聞かせるようにオリガが頷いたが、逆にルーナは真顔で考え込んでしまう。
「でも……、今日のお客様は、近衛騎士団所属のイズファイン様ですし……。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれませんね……」
「そんな!?」
ここでオリガが明らかに蒼白になって狼狽していることに気がついたルーナは、慌てて彼女を宥めようとした。
「すみません! 今のは口が滑りました! オリガさん、大丈夫ですよ! ナジェーク様とエセリア様に限って、まさか暗殺なんて本気で企んだりなさいませんから!」
「いいえ! あの二人だったら、綺麗さっぱり証拠を残さず、後腐れなく殺りそうだわ!」
(あ……、なんだか否定できなくなってきちゃた。どうしよう……)
既に涙目になっているオリガの訴えを聞いて、ルーナも暗殺などあり得ないと断言できなくなってしまった。しかしオリガの動揺をこのまま放置することはできず、ナジェーク達に再び呼び出されるまで、必死に彼女を宥める羽目になった。
「エセリア、ルーナ。ちょっと良いかな?」
「はい、お兄様。どうかしましたか?」
イズファインが帰って少ししてから、ナジェークがエセリアの部屋にやってきた。エセリアが怪訝な顔で兄を見やると、ナジェークは少々困ったような顔でルーナを横目で見てから、話を切り出す。
「エセリア。どうやら今日人払いをして話し込んだことで、私達が王太子殿下の暗殺を目論んでいるのではないかと、オリガとルーナが誤解したらしくてね。なんとかオリガを宥めて、納得して貰ったところなのだが」
それを聞いたエセリアは、目を丸くして問い返した。
「はぁ? 王太子殿下を暗殺? 『私達』って誰のことですか?」
「だから、私とエセリアが、だよ」
「…………ルーナ?」
顔を引き攣らせたエセリアが低い声で問いかけてきたことで、彼女と相変わらず困惑顔のナジェークに向かって、ルーナは弁解しながら深々と頭を下げた。
「ええと……、なんとなくお二人なら、それくらいやりかねないなぁと思ってしまったものですから……。オリガさんの不安を煽るような物言いをして、誠に申し訳ございませんでした!!」
それを聞いたナジェークは、溜め息を吐いてから宥めてくる。
「今日は偶々、余人を交えず話に花を咲かせたい気分だったから人払いをしただけで、本当に暗殺云々の話ではないから安心してくれ」
「はい、了解いたしました」
そこでいかにも不本意そうに、エセリアが口を挟んでくる。
「私って、一体どんな人間だと思われているのよ……」
「極めて多才で有能でいらっしゃいますが、色々と得体が知れな……、いえ、予測がつかないお嬢様でいらっしゃいます」
ついうっかりルーナは正直に答えてしまい、今度はエセリアが溜め息を吐く。
「……ルーナ。本音が駄々もれよ」
「申し訳ありません。精進いたします」
再び頭を下げたルーナを見てナジェークは苦笑し、エセリアはなんとも言えない顔になったものの、これまでに自分が色々と褒められない事をしてきた自覚はあったため、それ以上は何も言わずに話を終わらせたのだった。
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