(42)謎の近衛騎士

 エセリアがクレランス学園を卒業した翌週。自室で届いた手紙に目を通していたエセリアが、ルーナに指示を出した。

「ルーナ。三日後に二人お客が来ることになったから、準備をお願いしたいの」

「畏まりました。いらっしゃるのはどのようなお客様でしょうか?」

「イズファイン様のご友人二人で、同様に近衛騎士団所属の方よ」

「近衛騎士の方ですか?」

「ええ、そうよ」

 てっきり普段から交流のある貴族の女性かと思ったルーナは、意表を突かれて問い返した。それにエセリアが真顔で頷き、話を続ける。


「一度こちらに寄ってから他で用事を済ませて貰って、その後で遅めの昼食を食べていただこうと思っているの」

「分かりました。それでは第二か第三応接室を押さえた上で、お二人がお戻りになった時にすぐ出せる軽食の用意を整えておきます。他に準備する物はございませんか?」

「他はお兄様に頼んであるから大丈夫よ」

「分かりました。三日後ですね。準備しておきます」

「お願いね」

 内容を確認して了解したルーナだったが、密かに考え込んだ。

(てっきり外部からは容易に状況が分からない在学中に、婚約破棄に持ち込むと思っていたのに、エセリア様は無事に卒業してしまうし……。何やら現在進行形で企んでいるのは分かっているけど、怖くて詳細を聞けないのよね。近衛騎士の方をお呼びするなんて、どう考えても婚約破棄絡みだと思うのだけど……)

 しかし幾ら考えても埒が明かないため、ルーナはすぐに意識を切り替えて目の前の仕事に集中した。




 エセリアから話があった三日後、予定通り二名の制服姿の近衛騎士が屋敷を訪れ、エセリアが笑顔で出迎えた。

「クロード様、ティム様、ご卒業以来ですね。お久しぶりです」

「こちらこそ、ご無沙汰しております」

「今回イズファイン経由でエセリア様に声をかけていただいて、光栄です」

「それで、今回お願いしたい件ですが」

「安心してください。手紙の指示通り、滞りなく済ませてきます」

「これくらい恩返しにもならないとは思いますが、お任せください」

「よろしくお願いします」

 どうやら時間を無駄にするつもりはなかったらしく、応接室で顔を合わせて挨拶と簡単なやり取りを済ませた彼らは、すぐに席を立った。それに伴い、エセリアもルーナを従えて玄関ホールへと向かう。


「使っていただく馬車と馬は、お二人の到着に合わせて正面玄関に準備させておりますので、そこまでお見送りします」

「恐縮です」

「それでは早速、使わせていただきます」

(え? 馬車と馬って、私、そんなものは手配していない……。そういえばお話を聞いた時、ナジェーク様にお願いしていると言っていたのは、この事だったのね)

 エセリアの後ろを歩きながらルーナは多少困惑したが、口には出さずにおとなしく付いていった。そして正面玄関に着くと、確かに馬車寄せに一台の馬車と騎乗用の馬が一頭準備されていた。それを手配したらしい二人を見て、エセリアが声をかける。


「ヴァイス、アルトー、ごめんなさいね。あなた達にまで手間をかけさせて」

「いえ、これくらい、大したことはありません」

「ナジェーク様の指示通り手配しておきましたが、こちらでよろしいですか?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 そのやり取りを眺めながら、ルーナはちょっとした違和感を覚える。

(あら? ナジェーク様付きのお二人が準備したのは予想がついていたけど、馬車にシェーグレン公爵家の家紋が付いていないわ。近衛騎士の方がわざわざ制服姿で済ませる用事なら、家紋付きの格式のある馬車を使うのかと思ったのに、どういうことかしら?)

 ルーナが不思議に思っているうちに、二人の騎士は馬車の御者台と馬に乗って挨拶してきた。


「それでは行ってきます」

「詳細は、戻った時にご報告します」

「はい。よろしくお願いします」

 二人が馬車と馬で立ち去るのを見送ってから、エセリアは笑顔で振り返る。


「さてと。それではお二人が戻るのを待ちましょうか。ルーナ、昼食はすぐ出せるようにしておいてね? 何時間かかかる筈だから、少し遅くなる筈よ」

「畏まりました。ところでエセリア様、あのお二人に何をお願いしたのですか?」

「ちょっとした送迎と支払いよ。戻ったら分かるわ。それじゃあ私は部屋に戻るから」

「はぁ……」

 さらりと流したエセリアを問い詰めても無駄だと考えたルーナは、自室に向かうエセリアを黙って見送った。そして質問相手を、その場で話し込んでいたヴァイスとアルトーに変える。


「あの……、お二人はどうしてあの馬車と馬を貸し出したのか、ご存じなのですか?」

 その問いかけに、二人が少し驚いたような微妙な表情で応じた。

「ああ……、うん。一応な」

「ルーナは聞かされていなかったのか……」

「近衛騎士の制服姿で、何をするんですか? 本当に暗殺とかではありませんよね?」

「いや、それは大丈夫。エセリア様が言っていたように、本当に送迎と支払いだから」

「暗殺とか物騒な話ではないから、安心してくれ」

「本当に、物騒なお話ではないんですね?」

 ルーナがそう念を押すと、二人は無言で顔を見合わせてから、微妙に言葉を濁しながら答える。


「その……、ルーナ? 暗殺とかではないが、全く物騒ではないと言えば嘘になるかもしれなくてだな……」

「ある意味、物騒と言えなくもないかな……。あの二人が戻ってきて報告を始める前に、ある程度の心構えはしておいた方が良いと思う」

「……さっさと教えてください」

 思わず眉根を寄せながらルーナだったが、ここで男二人は脱兎の勢いで逃げ出した。


「それじゃあ、俺達は他の仕事があるからこれで」

「そのうち、嫌でも分かるだろうから。色々頑張れ、ルーナ」

「二人とも! ちょっと待ってください!」

 あっという間に駆け去った二人を追いかける気はさすがになかったルーナは、がっくりと肩を落とした。

(もう! 段々不安になってきたんだけど! エセリア様は何も言わなかったから聞かなかったけど、聞くのが怖いし! どうせ話を聞かせられるのなら、一度で済ませた方が良いわよね!)

 そう考えたルーナは、うんざりしながら仕事に戻った。

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