(17)崩れ去る虚構

「グラディクト……、もう良かろう。これ以上の議論は不毛だ。潔く己の非を認めて」

「父上は騙されているのです! エセリアは休み時間や放課後など、入れ替わり立ち替わり女生徒を周りに侍らせ、ありもしないアリステアの誹謗中傷をでっち上げては学園内で流布させるような、品性下劣な女なのです!」

「まだ言うか……」

 発言を撤回する気も、非礼を謝罪する気も無いグラディクトを見て、エルネストは(育て方を間違った)とがっくりと肩を落とした。そんな彼をマグダレーナが慰める。


「陛下、お諦めください。事ここに至っては、取り繕う事はとても無理ですわ」

「……そのようだな」

 エルネストが呻いて自分自身に言い聞かせていると、観覧席から複数の女生徒達が立ち上がった。


「確かにありもしない誹謗中傷をでっち上げて他人を貶める行いは、品性下劣と評して当然ですわね。まさしく、今の殿下のように」

「何だと!?」

 あからさまな当てこすりにグラディクトは気色ばんだが、エセリアを崇拝している紫蘭会会員達は、微塵も容赦しなかった。


「ですが、そちらの方に関しては、『ありもしない』ではなく『れっきとした事実』しか、私達は口にしておりませんわ」

「それ以前に、どうして取るに足らない方の、どうしようもなくつまらない事など、話題にする必要がありますの? 時間の無駄ではありませんか」

「私達がエセリア様を囲んでいた時は、大抵はエセリア様の著作や新作についての意見交換や、感想を話題にしておりましたもの」

「どこに、その方を話題にする余地があると仰るのやら」

「著作だと? お前達は一体、何の事を言っている?」

 グラディクトが訝しげな顔を向けると、彼女達は揃って大げさに驚いてみせた。


「まあぁあ! エセリア様の婚約者でありながら、殿下はこの事もご存知ありませんの?」

「一部の上級貴族間では、有名な話ですのに!」

「貴族に限らず、本を愛する一部の平民の方々の間でも、知られた事実ですのよ?」

「エセリア様は未だ何の功績を上げておられない殿下とは、比べるのもおこがましい程の輝かしい成果を、既に文化面で上げておられますのに」

「貴様ら! 王族に対して不敬だぞ!?」

 明らかに馬鹿にした口調でのそれに、グラディクトがいきり立ったが、彼女達は全く臆する事無く言い放った。


「エセリア様は、十歳になる前に初めて小説なるものを書き上げて、そのジャンルを確立された、文化の改革者であられますのよ!」

「常識に捕らわれない、全く新しい発想! まさに天才! 皆様がこぞって褒め称えるのに使われる、『文聖』の二つ名に相応しい、何と輝かしいその功績!」

「ああ……、エセリア様と同じ時代に生を受けただけでも、我が身の幸運に打ち震えますわ!」

「あ、あの……、皆様? 両陛下の御前ですし、あまり興奮されない方がよろしいかと……」

「…………」

 胸の前で両手を組み、自分を見つめながら口々に賛美する言葉を恥ずかしげも無く声高に叫ぶ彼女達を見て、エセリアは僅かに顔を引き攣らせながら彼女達を宥めようとした。そして周囲がドン引きする中、会員の一人が、ある事実を口にする。


「エセリア様がマール・ハナーのお名前で打ち立てた業績は、世間の誰もが認めるところで」

「えぇぇっ!? マール・ハナーって言ったの!? まさかエセリア様がマール・ハナー様だとか、おかしな事を言ったりしないわよね!?」

 いきなり驚愕の声を上げて会話に割り込んだアリステアに、会員達から鋭い声が投げかけられた。


「おかしな事を言っているのはあなたでしょう? エセリア様がマール・ハナーの名前で本を書いているのは、知る人ぞ知る事実ですもの」

「だっ、だって! マール・ハナーが書いた《クリスタル・ラビリンス》は、私が子供の頃に発行されてるのよ!?」

 そう喚いた彼女に、複数の侮蔑的な視線が投げられる。


「あなた、先程の私達の話を、全然聞いていらっしゃらなかったみたいね」

「エセリア様が初めて小説を書かれたのは、十歳にも満たない頃で、一番最初に書かれた作品が《クリスタル・ラビリンス》シリーズですもの」

「私達が子供の頃に、それらが発行されているのは当然でしょう?」

 その事実を突き付けられたアリステアは、忽ち血の気を失った顔付きになった。


「そんな……、あれを書いたマール・ハナー様が、エセリア様だったなんて……。てっきりどこかの国で、実際に玉の輿に成功した人の話か、マール・ハナー様が凄い預言者かと思っていたのに……。だからあんなに上手くいってたんじゃないの?」

「アリステア、どうしたんだ!? 急に気分でも悪くなったのか!?」

 ぶつぶつと独り言を漏らしながら、再び床にへたり込んだ彼女を見て、グラディクトが勢い良く観覧席に向き直り、怒りの声を上げた。


「いい加減にしろ! お前達が示し合わせて、アリステアの悪評を流していたのは分かっているんだ! ユーナ・ヴァン・ディルス! モナ・ヴァン・シェルビー! 直に耳にしたお前達から、この恥知らず達に指摘してやれ!」

 しかしその呼びかけに応じる者が現れる筈もなく、彼は紫蘭会会員達の嘲笑の的になった。


「まあぁ、どなたが恥知らずだと?」

「まともに、相手をする気にもなりませんわ……」

「殿下は先程から、誰の名前を口にしておられますの?」

「その方も、先程から床に座り込んだままで、様子がおかしいですし」

「あら、元から少しおかしかったのではない?」

「それもそうね」

 くすくすと小さな笑いを漏らす彼女達を、グラディクトは殺気すら感じる目で睨み付け、そんな混沌としてきた空間で少し前から置物状態になっていたエセリアは、うんざりしながら椅子から立ち上がった。


(いい加減、自滅していくのを傍観しているのにも飽きたわね。後からグダグダ言われるのも、話を蒸し返されるのも面倒だし、そろそろ私がきっちり引導を渡してあげましょうか)

 そして彼女は、文字通りグラディクトとアリステアに対して、とどめを刺す事になった。



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