(6)対決にもならない茶番

「今日の授業は、これで終了だが、イズファインから新規校内行事の説明があるので、皆そのまま引き続き座っていてくれ。イズファイン」

「はい。お時間をいただきます」

 最後の授業の担当であるカスパー教授が、授業の終了と共にさりげなく話を切り出し、イズファインも冷静に応じて教壇に向かった。 


「はぁ? 何であいつが説明するんだ?」

「新規校内行事って何だよ?」

 教室内がざわめく中、これから起こる事が分かっていたカテリーナ達は、無言のまま目と目を見交わす。


「皆、聞いて欲しい。今回グラディクト殿下が実行委員会名誉会長、婚約者であるエセリア嬢が実行委員会委員長に就任し、学園内で生徒達のより一層の一体感を図る為、剣術大会を開催する事が決定した」

「はぁ?」

「剣術大会だと?」

 イズファインの話に大多数の生徒が訝しげな顔になる中、幾人かの生徒がうっすらと皮肉げな笑みを浮かべているのを見て取ったカテリーナは、その理由に見当をつけた。


(あまり驚いていない生徒も何人か……。ああ、クロード達はバーナムと揉めた張本人だし、既にイズファインと組んでいるのね? そうなると無条件に彼に協力するのを決めているのは、私達だけでは無い事になるわ。余計に話を進めやすくなったわね)

 そんな事を考えながら笑いを堪えている間に、イズファインの説明が終わり、彼が冷静に話を締めくくった。


「そういうわけで、今後の国家行事への展開を含めて、近衛騎士団の視察も内々に決定しているので、各自修練を怠らずに準備を進めて欲しい。取り敢えず私からは以上だ」

「ふざけるな! そんな前例の無い事を勝手に」

「まあぁ! 感動したわ! これまでに前例の無い企画を立ち上げて、生徒達の融和を図ろうとするなんて、さすがグラディクト殿下! 皆、そうは思わない?」

「え?」

 バーナムとその周囲の幾人かの者達が憤然としながら言い返そうとしたが、すかさず立ち上がったカテリーナが、感極まった声を上げながら周囲の友人達を見回した。まさかここでカテリーナが話に割り込んでくるとは思わなかったバーナム達が呆気に取られて口ごもった隙に、ティナレア達がここぞとばかりに畳み掛ける。


「本当に素晴らしいわね。生徒達の融和を図る為に、全員参加の行事を新たに立ち上げるなんて、凡人にできる事ではないわ」

「こんな才気溢れる方と同じ時代に生まれたなんて、それだけで私達は幸せな星の下に生まれたと言えるわね」

「王太子殿下発案の行事に異を唱えるなんて、不敬な事をする生徒がいるわけは無いじゃない! 勿論私達全員、喜んで参加協力させて貰うわ」

「あの、でも……。私も協力したいのは山々なのだけれど……。今までの話を聞くと、男女別ではなくそれは構わずに対戦相手を決めて勝ち抜き戦なのでしょう? 男子との実力差ははっきりしているし、あまり無様な試合を近衛騎士団の方々の前で披露したくは無いから、出来れば私は不参加にさせて貰いたいのだけど……。そういう事は駄目なのかしら?」

 エマが恐る恐る軽く片手を上げつつ、控え目に申し出た内容を聞いて、バーナム達は反撃の糸口を掴んだとばかりに、勢い込んで言い募った。


「そうだぞ、イズファイン!」

「少しは各生徒の実力差も考えたらどうだ!」

「女生徒に恥をかかせる行事などで、どうして生徒間の融和が図れると?」

「そんな企画は認められないな!」

 彼らは得意気に言い放ったが、イズファインは不敵な笑みを浮かべながらエマに答えた。


「それは心配無い。グラディクト殿下は、自分の技量に不安のある生徒に対して、試合参加を無理強いさせない為に、他に色々と係を設定してある。そもそも全校生徒が一人一役を担うのが前提なのだから」

「あ、そうだったわね。それなら因みに、どんな係があるのかしら?」

「今現在決定しているのは、刺繍係、小物係、看板係、投開票係、会場整備係、運営係、それ位かな? 騎士科の人間で当日の試合に参加しない者は、それらの係のどれかに参加すれば良い事になっている」

「それなら良かったわ! 試合には参加しないけど、他の係で貢献させて貰うわね!」

「なっ!?」

 エマがあっさりと納得しただけでは無く、嬉々として了承してしまった事で、バーナム達は顔色を変えた。そこですかさず、カテリーナ達が追撃を加える。


「そういう事なら、私も他の係で参加させて貰うわ。自分の技量に自信が持てないもの」

「私もそうしようかしら。でも、そんな不安な生徒にも他の形での参加の道を作ってくださるなんて、さすが王太子殿下だわ」

「イズファイン、私は試合に参加させて貰うわ。女でも構わないわよね?」

「勿論だ、ティナレア」

「私も参加させて貰うわ。こんな革新的、しかも技量の劣った生徒も引け目を感じさせる事が無い行事を立ち上げるなんて、さすが次代の王たるお方。その方の側近くに仕える事ができるなんて、バーナムはさぞかし光栄でしょうね。本当に羨ましいわ」

「…………っ!」

 殊勝な物言いではあるものの、カテリーナの台詞は裏を返せば「あんたが側付きとして仕えている人間の提案に対して、ガタガタ文句を言える筈が無いわよね!? そんなに自分の腕に自信が無ければ、あんたが普段馬鹿にしている女生徒と同様に、他の係で参加しなさいよ!!」と暗に脅しをかけており、バーナムは盛大に顔を強張らせた。それを見たイズファインが、笑い出したいのを堪えながら、話を進める。


「それではここで、皆の採決を取りたい。学園長の指示で、生徒の総意としてこの企画に賛同する事を条件として、認可が下りているからな。この剣術大会の企画を推進する事に、賛同する者は手を挙げてくれ」

「賛成!」

「異議なし!」

「参加しなかったら、騎士科の名折れだろ!」

 イズファインが促すと同時に、教室内の殆どの者は威勢の良い声と共に勢い良く手を挙げたが、バーナムを初めとする六人だけは、あからさまにグラディクトが発案とされる企画に反対もできず、渋い顔で黙り込んでいた。すると彼らが手を挙げていない事に気付いたイズファインが、少々わざとらしく尋ねる。


「おや? バーナムと君の周囲は手を挙げていないが……、まさかこの企画に反対なのか? 王太子殿下の側付きなら、率先して賛成してくれると思っていたが」

「はっ、反対のわけ無いだろう! 保留だ!」

「そうだ! 保留に決まっているだろうが!」

「誰が反対だと言った!?」

「初めての行事だから、もう少し慎重に考えるべきだと思っただけだ!」

「イズファイン! 短絡的に決めつけるな! 失礼だぞ!」

 反対したなどと王太子の耳に入って不興を買っては堪らないと、バーナム達は口々に弁解したが、それ位の言い逃れはするだろうと予想していたカテリーナ達は、あっさりと彼らの退路を断った。


「そうよイズファイン。まさかグラディクト殿下発案の企画にケチを付けるなんて事、有り得ないでしょう?」

「皆、私達と同様に試合に出場するか他の係で参加するか悩んで、保留にすると言ったのよ」

「それ位、察して欲しいわ。皆があなたと同等に、誰が相手でも受けて立つと言える位の技量を保持しているわけでは無いのよ?」

「なっ! お前達!?」

 笑顔でにこやかにカテリーナ達が口にした結構失礼な内容に、バーナム達は声を荒げかけたが、イズファインが申し訳なさそうに彼らに謝罪した。


「確かにグラディクト殿下に忠実な君達が、彼発案の企画に反対する筈がないな。それに思い至らずに、申し訳無かった。他の係についてはいつでも参加できるし、途中からの変更も可能だから、ゆっくり考えてくれ。それでは騎士科上級学年では全員賛成と言う事で、実行委員会に報告する。皆、引き留めて悪かった」

「おい、ちょっと待て!」

 顔色を変えてバーナムが立ち上がりかけたが、イズファインはそ知らぬ顔でこの間傍観を決め込んでいたガスパーを振り返った。


「お待たせしました、ガスパー教授。終わりました」

「まだ話は」

「ああ。すんなり議論が纏まって良かったな。私からも満場一致で参加が採決されたと、学園長に報告しておこう」

「そんな事は」

「宜しくお願いします」

「だから満場一致など」

「それでは今日の授業は、これで全て終了。解散」

「ちょっと待て!」

 バーナム達が口を挟んでくるのを綺麗に無視しながらガスパーがその日の授業の終了を告げ、イズファインと共に素早く教室から立ち去って行った。それを見送ったカテリーナは、友人達と笑顔を見交わしながら心の中で快哉を叫ぶ。 


(やったわ! 上級学年が了承したものを、下級学年が大っぴらに否定できるわけもなし、これで騎士科は全面的に賛同よ。ガスパー教授は前々からバーナム達の増長を苦々しく思われていた筈だし、早速これから学園長に報告に向かわれたわね)

 ほくそ笑みながら彼女がバーナム達の様子を窺うと、彼らは苦虫を噛み潰したような顔で立ち上がり、連れ立って教室を出て行った。


(グラディクト殿下に企画を取り下げて貰うように、懇願に行くつもりかしら? それ位はナジェークも考えているとは思うけど、きちんと対処するつもりなのか後から聞いておきましょう)

 カテリーナは冷静にそんな事を考えながら、事が上手く運んで喜んでいる友人達を促して、教室から出て行った。

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