(24)シレイアの決意

「ガーディ、いい加減にしなさい!」

「なんだと!?」

「ダニエラ?」

 人垣を掻き分けて、騒動の渦中にダニエラが割って入った。そしてガーディの目の前に立ち、冷静に言い聞かせる。


「あなた、今の自分が他人から見て、もの凄く格好悪いと思われているのが分からないの? 落ちたのは残念だけど、受かった人を素直に祝福してあげようという気持ちにはならないわけ?」

 そんな諭す言葉も、興奮しているガーディの耳には入らなかった。今までより更に声を荒らげながらダニエラを怒鳴りつける。


「随分と偉そうに言いやがるな! 受かった余裕か? 貴様の方がはるかに目障りなんだよ!!」

「落ちたわよ」

「は?」

「あなとと同様に官吏登用試験に落ちて、官吏にはなれません。これで良いかしら? 同じことを二度も三度も言わせないで。よほど頭が悪いと思われて、恥の上塗りよ」

「……………」

(ダニエラが落ちた!? そんな!? いつも成績はクラスの半ば以上の位置につけていたのに!?)

 全く怒りを感じさせない淡々とした口調で告げられたことで、その内容が真実であると、その場全員が理解した。さすがのガーディも目を見開いて黙り込み、教室内に不気味な沈黙が満ちる。しかしその空気を全く気にせず、ダニエラがシレイアに歩み寄った。


「シレイア、合格おめでとう。ちなみに、配属部署はどうなったの?」

「その……、民政局に……」

「本当に!? 良かったじゃない! シレイアは前々から民政局入りを希望していたもの! 念願叶ったわね!!」

 本心から自分の合格を喜んでくれていると分かる笑顔に、シレイアは心底申し訳ない気持ちになった。


「でも、ダニエラ……。私はてっきり、あなたなら受かると思っていたわ」

 それを聞いたダニエラは、苦笑の表彰で首を振る。


「運も実力のうちよ。三年間、精一杯勉強してきたのだから、悔いはないわ。応援してくれた領主様や家族には良い報告をできないけど、仕方がないわよ」

「それなら、これからどうするの?」

「卒業したら、実家に戻るわ。今後の事を考えるのはそれからね」

(私の馬鹿……。クラス全員が官吏試験に合格するとは限らないのに。きっとダニエラとガーディ以外にも、落ちた人がいた筈。その可能性を忘れて、騒ぎ立ててしまったからこんな事に……。やっぱり寮の部屋に戻ってから、開封すれば良かった)

 シレイア以外の合格者の心境も似たり寄ったりであるらしく、教室内に気まずい空気が満ちた。するとダニエラに続いて、ミリーとオルガが生徒達の壁を分け入ってやって来る。


「ダニエラ……」

「私達、一緒に官吏として頑張っていこうと思ってたのに……」

「私達だけ受かってしまってごめんなさい……」

「ダニエラの方が、いつも成績が良かったのに……」

 そこで二人が涙ぐんでしまった為、ダニエラは慌てぎみに彼女達を宥めた。


「ああ、ちょっと、ミリーもオルガも泣かないで。シレイアと同様に、二人も官吏として頑張ってね? 応援してるから」

「ええ。分かったわ」

「ダニエラの分まで頑張るから」

 そのしんみりした様子に誰も口を挟めず、一番最初に騒ぎを起こしたガーディに物言いたげな視線が集まる。


「……ちっ!」

 これ以上騒ぎを起こしたら非難されるのは自分だけだとの判断はできたらしく、ガーディは不貞腐れた様子でその場を後にし、それを契機に全員が微妙に気まずい空気のまま解散していった。




   ※※※※※



 合格通知が届いた日。夕食後の時間帯を利用して、シレイアはサビーネの私室を訪れた。


「サビーネ、お邪魔するわね」

「いらっしゃい。急にどうしたの?」

「なんかもう、部屋に独りでいたら、益々気が滅入ってきちゃって」

「何かあったの?」

 勧められた椅子に座りながら、シレイアは愚痴を零した。心配そうに仔細を尋ねてきたサビーネに、彼女は溜め息を吐いてから話し出す。


「大あり。実は今日の授業の最後に、王宮からの通知が全員に配られたの」

「あ、官吏登用試験の結果ね!? どうだった?」

「合格。配属部署も希望通り、民政局に決定」

「良かったわね!!」

「うん、良かったんだけど、その後少し揉めたの」

「どういう事?」

「それがね……」

 自分の事のように喜んだものの、相手の浮かない様子に、サビーネは怪訝な表情になった。そしてシレイアが騒ぎの内容を一通り説明すると、サビーネは考え込みながら問いを発する。


「確かに官吏科に所属している生徒が、全員官吏登用試験に受かるとは限らないものね。因みに、今年は何人落ちたの?」

「五人よ。確かに成績が怪しい人もいたけど、ダニエラは合格確実だと思っていたのに……。気になっていたけど、やっぱり当日よほど具合が悪かったんだわ」

「その人、『運も実力のうち』と言ったそうだけど、それで片づけてしまうのは残念過ぎるわね」

「そうなのよ。それに私のせいで、クラス中の人間の前で自分が不合格だったと言わせてしまったし……」

 鬱屈の最大の原因をシレイアは口にした。しかしサビーネは、即座にそれを否定する。


「それに関して、シレイアが気に病む必要はないわよ。もとはと言えば、つまらない言いがかりをつけてきたガーディという人が悪いんじゃない」

「それはそうだけどね」

「そこまで気にしているなら、間違ってもそのガーディと言ったようにろくに仕事をしないうちに結婚して辞めたりしないで、官吏として立派な業績を上げるように日々努力していけば良いのじゃない? そのダニエラさんの分まで」

 サビーネがそう告げると、シレイアは真顔で考え込んだ。そのまま無言で考えを巡らせた彼女は、どこか吹っ切れたような表情で頷く。


「……うん、そうよね。そうするわ。絶対に官吏として誇れる実績を築いてみせるから」

「その意気よ。ところでこの間、ずっと頑張ってきたシレイアに、私からお祝いがあるの。ちょうど良いからこの機会に渡すわ」

「え? 何?」

 いそいそと立ち上がったサビーネが収納棚に歩み寄るのを、シレイアは不思議そうに眺めた。するとすぐに棚の中から何冊かの本を取り出したサビーネが戻り、シレイアの前のテーブルにそれを置く。


「最近エセリア様も忙しくてなかなか新刊を出せていないから、この半年間の間に出た他の作家の本を選りすぐったの。勤め始めたらまた忙しくなると思うから、それまでこれを思う存分堪能して、英気を養ってちょうだい」

 それを聞いたシレイアは、つい先ほどまでの鬱屈した気持ちを忘れて狂喜乱舞した。


「五冊も!? これ、本当に貰って良いの!?」

「勿論よ。官吏登用試験に備えて、この半年間は紫の間に寄り付きもしなかったでしょう? だから合格祝いには、絶対この類が良いと思っていたのよ。遠慮なく貰って頂戴」

「ありがとう! うわぁ、もの凄く嬉しい! 私サビーネとは、一生友人でいたい!」

「あら、私はとっくに、そのつもりだけど?」

 感激しきりのシレイアを見て、サビーネは(ここまで喜んでくれるなら、準備した甲斐があったわね)と満足し、自然に明るい笑顔になっていた。

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