(29)予想外の報告

 三日後には王都を離れ、アズール伯爵領に戻る日。エセリアは滞在中のシェーグレン公爵邸に、シレイアとローダスを招いた。


「エセリア様。領地へ戻る直前の忙しい時期にお時間を割いていただいて、ありがとうございます」

「色々ありまして、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

 神妙に頭を下げた二人に、エセリアが笑って応じる。


「良いのよ。二人揃って出向いてくれて嬉しいわ。キリング総大司教様とカルバム大司教様からの依頼でシレイアに話をしてみたものの、その後の展開がどうなったのか少々心配だったから、直に話を聞きたかったの。お兄様から、収まる所に収まったらしいとは聞いていたけど」

 二人とは向かい合って座っているエセリアが、如何にも安堵した様子で語った。それを聞いたシレイアとローダスは、一瞬顔を見合わせてから満面の笑みで宣言してくる。


「はい! 宰相閣下と近衛騎士団団長のご夫婦と比べたら華やかさには欠けるでしょうが、史上初の夫婦で外交官と、夫婦で外交局局長、民政局局長を目指します! 」

「華々しいところは、ナジェーク様とカテリーナ様に全面的にお任せするつもりです。その第一歩として、アズール学術院で十分な成果を上げて見せますので、ご期待ください」

「……あの、ちょっと待って。何がどうなったらそうなるわけ?」

 全く予想外の話の流れに、エセリアは本気で戸惑った表情になった。そこでシレイア達は、ここに至るまでの経過と、二人で話し合った今後の計画について包み隠さず語って聞かせる。それを聞き終えたエセリアは、何とも言い難い表情になりながら感想を口にした。


「ええと……、正直、そんな斜め上の方向に議論がいくとは、想像していなかったけど……。とにかく、丸く収まって良かったわ。ミランとカレナの方も、順調に話が進んでいるようだし」

 そこで唐突に旧知の名前が出てきたことで、シレイア達は怪訝な顔になった。


「あの二人がどうかしましたか?」

「そう言えば、卒業後の消息を聞いていませんでしたね」

 思わず顔を見合わせたシレイア達に、エセリアが二人の消息を語って聞かせる。


「ミランはワーレス商会本店で、仕事を覚えさせられている真っ最中よ。でも来年アズール伯爵領に支店を出したら、そこの責任者を任される予定らしいわ」

 それを聞いたシレイアとローダスは、納得しながら頷く。


「そうでしたか。ミランは相当手腕がありそうですね」

「確かに、なかなか見込みがありそう」

「あら。どうしてそんな風に思うの?」

「何と言っても、あの商売に関して辣腕を振るっているワーレス氏ですよ?」

「我が子可愛さで、力量もないのに支店をポンと与えたりはしないでしょう」

「そうかもしれないわね」

「それで、カレナの方はどうなっているのですか?」

 シレイアがカレナについて尋ねると、エセリアは微笑みながら告げた。


「ワーレス商会は商品の取引を通じて、前々からソラティア子爵家と友好関係を築いていたけど、その縁でミランとカレナの縁談が纏まりそうなの」

 その話に、シレイア達は流石に驚きの色を隠せなかった。


「それは本当ですか?」

「良いのですか? 相手は子爵家とはいえ、貴族なのに」

「子爵が『末端の貧乏貴族なので、結婚相手を無理に貴族で探すより平民でも将来性のある者の方が良い』とのお考えで、トントン拍子に話が進んでいるそうよ」

「なるほど。そこまで考えているなら、良いかもしれませんね。ミランは目端が利いて、大成するタイプだと思いますし」

「それにクレランス学園に在学中も、仲が良くてお似合いだったし。何よりだと思うわ」

「正式に話が決まったら、あなた達にも教えるわね」

「お願いします」

 そこでシレイアは、ある事を思い出した。


「あ、そう言えば、職業選択意識改革特区構想の話を聞きました。それで国教会がそこの特区に新たに作る教会の責任者に、父が任命されたんです。今年中に赴任する予定なので、向こうに着いたらエセリア様にご挨拶に伺うと言っていました」

「あら、そうだったの? 向こうも一気に賑やかになりそうね。色々楽しみだわ」

「そうですか……。ミランとカレナの話が進んでいるんですか……」

 シレイアの話にエセリアは笑顔で応じた。しかしローダスが何やら難しい顔つきで考え込んでいるのを見て、不思議そうに声をかける。


「ローダス、どうかしたの? なんだか妙な顔をして」

「いえ、その……。俺達も纏まりましたし、ミラン達も話が進んでいるのを聞きまして……」

 エセリアの問いかけに、ローダスは微妙に言葉を濁した。しかしピンときたシレイアは、率直に彼が考えている内容について言及する。


「サビーネも結婚しましたし、本来だったら私達の中で真っ先に結婚するはずだったエセリア様が未だに独り身なのが少々申し訳ないというか、どうしていまだに相手がいないのかと、ローダスが微妙な心境になっているんですよ」

 その解説に、ローダスが慌ててシレイアに食ってかかる。


「おい、そこまで直接的に言わなくても!」

「でも端的に纏めれば、そういう事を考えていたんでしょう?」

「確かにそうだが、もう少し言いようというものが」

「変に気を遣い過ぎよ。エセリア様はそんな事、気にも留めておられないわ」

 そのまま軽く揉め始めた二人を仲裁すべく、エセリアは笑いを堪えながら会話に加わった。



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