(30)落ちる恋に深まる愛
「シレイアの言う通りよ。本来だったら間違いなく一番先に結婚したのは私だったけど、婚約解消したのは自分の意思だったから気にしていないわ。それにね、同じような事はこれまで結構言われていたから、もうすっかり慣れてしまったし」
苦笑気味に明かされた内容に、ローダスが控え目に詳細を尋ねる。
「ええと……、その、いまだにエセリア様が独り身な事とか、結婚相手が決まらない事に関してですか?」
「面と向かって口にする方は、さすがにいらっしゃらないけど。家族とかに『お相手を紹介しましょうか』とか、親切ごかして言ってくる方が偶にね」
呆れた様子を隠そうともせず、エセリアが淡々と付け加えた。それを聞いたシレイアが、苛立たしげに告げる。
「どう考えても、シェーグレン公爵家やエセリア様と友好関係を築きたい思惑を抱えた連中ですよね?」
「その通りよ。家族は私の好きにさせてくれているし、ごく親しい方々は私の意図を察して、殊更に口を出すような行為は控えているわ。だから家族が、その手の話はやんわりとお断りしている状態なの」
「ご家族の理解があって何よりですね。そもそもエセリア様と釣り合う人なんて、この世に存在するとは思えません」
きっぱりと断言したシレイアだったが、それを聞いたローダスは軽く彼女の腕を引きつつ声をかけた。
「おい、シレイア。その物言いは流石に失礼じゃないか?」
「だって、ローダス。考えてみてよ。エセリア様と並び立った時、見劣りがしなくて優秀さで引けを取らなくて同年代の独身男性なんて、一人でもあなたに心当たりがある?」
「…………ないな」
「そうよね?」
真顔で考え込んで頷き合う二人に、エセリアが笑いを堪える表情で声をかけた。
「ちょっと二人とも。世の中の独身男性に対して、少し厳し過ぎない?」
その声に、シレイアは真剣な面持ちで問い返した。
「そう言われても……。それなら逆にお聞きしますが、エセリア様から見て魅力的だなと思う方は存在しないんですか?」
「魅力的、ねぇ……」
するとエセリアは真剣な面持ちで、腕を組んで考え込む。
「それはまあ……、それなりに色々存在しているけど? 各種の技術や学問に秀でた方とか、商売の手腕に優れた人とか、人格者で他者からの人望が厚い人とか」
「エセリア様……、それは私が求めた答えとは、微妙に異なるのですが……」
がっくりと肩を落としたシレイアを慰めるように、ここでローダスが持論を展開する。
「それだけ、今のエセリア様は恋愛方面に意識が向いていないという事だろう。意外にこういう方に限って、突発的に恋に落ちるパターンがあるんじゃないか?」
「エセリア様が?」
「私が?」
女二人は揃って意外そうな顔つきになり、思わず顔を見合わせた。そして徐に口を開く。
「ローダス……。あなた、あの時お母さんが言っていたように、意外に乙女志向だったのね……」
「シレイア。それは少し言い過ぎだと思うけど……。まあ、そうね。落ちれるものなら落ちてみたいわね」
ここでローダスは、シレイアから若干残念なものを見るような目つきで呟かれ、エセリアからはどこか遠い目をしながら他人事のようなコメントをされてしまった。その反応に、彼は深い溜め息を吐いて感想を述べる。
「……なんだか、エセリア様だったら落ちかけても踏み止まって、目の前の穴を飛び越えて見事着地するような気がしてきました」
「恋の穴って、どれくらいの大きさなのよ」
そこで三人は顔を見合わせてひとしきり笑い合い、他の話題に移って楽しいひと時を過ごした。
※※※
「それでは失礼します。今日はお時間を頂き、ありがとうございました」
「アズール学術院でまたお目にかかるのを、楽しみにしています」
帰る二人を見送る為、屋敷の正面玄関ホールまで下りてきたエセリアは、笑顔で挨拶しつつ再度尋ねた。
「私も楽しみだわ。でも、本当に馬車で送らせなくても良いの?」
「はい。来る時もここまで歩いてきましたので」
「確かに少し時間はかかりますが、二人で楽しく歩いて来ましたから」
「あら、ご馳走様。それじゃあ、喧嘩しないで帰ってね」
楽しげに笑うエセリアに再度頭を下げ、手を振るエセリアに別れを告げて二人は屋敷の正門に向かって歩き出した。
「エセリア様への報告も済んだし、これからいよいよ仕事の引継ぎとアズール学術院への派遣に向けての準備に、本腰を入れないとね」
「ああ。仕事の幅も広がるし、未知の領域が際限なく増えていきそうだから、気を引き締めていかないとな」
「…………」
そこで何やら無言で自分の顔を眺めているシレイアに、ローダスが怪訝そうに声をかけた。
「どうかしたのか?」
その問いかけに、シレイアは小首を傾げながら口を開く。
「大した事ではないんだけど……。さっきローダスが、エセリア様が突然恋に落ちるとかなんとか言っていたじゃない?」
「言ったな。今にして思えば、ちょっと的外れな事を言ってしまった気がして、恥ずかしくなってきたが」
「よくよく考えてみれば、私の場合、いきなり恋に落ちたとかのパターンではないなと思って」
「確かにそうだな」
「だから私たちの場合は、今後、愛を深めていけば良いだけの話よね」
「………………」
さらりと口にして、一人納得したようにシレイアは頷いた。そこで先程とは逆に、ローダスが表情を消して口を閉ざす。
「ローダス? いきなり黙り込んで、どうしたのよ?」
相変わらず並んで歩きながらも無言になったローダスを見て、シレイアは不思議そうに尋ねた。それで我に返ったローダスは、僅かに顔を赤くしながら八つ当たりのように叫ぶ。
「……っ! だから、どうして唐突にそういう事を、面と向かって口にするかな!?」
「え? 何か間違ってた?」
「間違ってはいないさ! ああ、もう、すこぶる正論さ! よし、これから頑張って愛を深めるぞ!」
「そんなに気合を入れるものでもないと思うけど」
進行方向に向き直って、ローダスは気勢を上げた。そんな彼を眺めながら、シレイアは苦笑いする。そんな前途洋々な二人にとって、恐れるものなど全く存在しなかった。
(完)
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