(15)自業自得

 ローダスとの求婚騒動の後もシレイアは何事もなかったように日々の仕事に邁進していたが、ある日の午後、民政局に場違いな人物が現れたことに気がついた。


(あら? 誰かしら。女官の方が官吏の執務棟に来るなんて、珍しい。しかも王宮内の運営に係る内務局とか予算を司る財務局に出向くならまだ分かるけど、民政局ここに何の用事かしら?)

 服装は明らかに王宮内で勤務している女官のそれであり、身に着けている物のグレードから、かなり上部の人物と推察する。自分の席で仕事をしながら横目で観察していると、親と同世代に見えるその女性は局長席に歩み寄り、挨拶をしてから何やら言葉を交わしていた。一体何の用かとシレイアが怪訝に思っていると、ここでベタニスが呼びかけてくる。


「シレイア、ちょっと来てくれ」

「少々お待ちください」

 机に広げていた書類を手早く纏めたシレイアは、席を立って局長席に向かった。


「お待たせしました。どうかされましたか?」

「今、今日中に仕上げる必要がある仕事などは抱えていないな?」

「はい、それは大丈夫ですが」

「それでは、しばらくここでの仕事を免除するので、彼女に同行してくれ」

 唐突に傍らの女性を示されつつ出された指示に、さすがにシレイアは面食らった。


「はあ……。あの、こちらの方は?」

「王妃様付きのリステル・ヴァン・シャガードと申します。お仕事中に恐縮ですが、カルバム官吏にご足労いただきたく、お迎えに参りました」

 恭しく一礼されたシレイアは、恐縮しながら慎重に言葉を返す。


「あ、はい……。局長の許可が出ていますので同行しますが、どちらに出向けば宜しいのでしょうか?」

「後宮内の、王妃陛下のプライベートエリアです。そちらで王妃様がお待ちです」

「おっ、王妃様のところに!? 私がですか!?」

「はい」

 まさかの王妃との対面勃発に、シレイアは蒼白になりながら狼狽した声を上げた。


「ああああのっ! 何かの間違いではないでしょうか!? 私は就任三年目の、まだまだ若輩者の一官吏にすぎないのですが!? 王妃様と個別に面会する理由など、皆無だと思います!!」

「詳細については、存じておりません。私は、あなたを案内するようにとだけ指示を受けております」

 リステルからの冷静な返しに、シレイアは動揺のあまり若干涙目になりながらベタニスに向き直った。


「きょ、局長ぅ~」

 常には見られない部下の様子に、さすがに不憫に思ったのか、ベタニスは穏やかな口調で言い聞かせてくる。


「大丈夫だ。おそらく、王妃様からご下問があるはずだから、事実をありのままに、包み隠さず話してくればよい。それに間違っても、叱責される流れにはならない筈だ。安心して行ってきなさい」

「は、はぁ……」

「それでは、王妃様をあまりお待たせするわけにはいきませんので、そろそろ移動してもよろしいでしょうか?」

「は、はいっ! お手数おかけします! よろしくお願いいたします!!」

「それではベタニス局長。彼女をお借りします」

「はい。よろしくお願いします」

 冷静に指摘され、まさか王妃様を待たせるわけにはいかないと思い返したシレイアは、慌ててリステルの後について歩き出した。


(一体全体本当に何事よ!? 私、平民のただの官吏よ!? エセリア様のように王妃様と血縁関係がある大貴族でもないのに、突然フラッと呼びつけられてお目にかかるなんて、普通ではありえないと思うんだけど!?)

 廊下を歩き出したシレイアは、執務棟を進みながら必死に考えを巡らせていた。そして知らず知らず、思考が最悪な方向に向かう。


(私、自分でも知らないうちに、何か王妃様を激怒させるような失策をやらかした? ……いえ、冷静になってシレイア。私がそんな大事な大事業を任されている筈がないじゃない)

 無言で進むうちに、自分がまだまだ取るに足らない一官吏でしかない事を再認識してしまったシレイアは、がっくりと項垂れた。そしてそのまま、思考を巡らせる。


(何だか悲しくなってきた……。それに局長も『叱責される流れにはならない』とか言っていたし、そう言う心配は無用ってことだと思うけど。それならそれで、呼び付けられた理由くらい、教えてくれても良いのに! 心構えが全くできないじゃないの!!)

 そうこうしているうちに後宮に足を踏み入れ、幾つかの警護やドアをリステルの先導で問題なく通過しつつ奥へと進むうちに、シレイアの中で怒りが湧き上がってくる。この間、時折斜め後ろを確認し、無意識に表情をくるくると変えていたシレイアの百面相を目の当たりにしていたリステルは、必死に笑いを堪えていた。

 そのうち、一つの重厚なドアの前でリステルは足を止め、顔つきを改めてドアをノックする。


「失礼します。リステルです。シレイア・カルバム様をお連れしました」

「ご苦労様。入って頂戴」

「失礼いたします。シレイア様、どうぞ」

「……はい」

 中からの呼びかけに応じてリステルが入室し、シレイアを促してきた。それに軽く頭を下げ、シレイアも重い足取りで室内に足を踏み入れる。


(ううぅ……、緊張する。勿論、何かの折に遠目に目にしたことはあっても、こんな個人的に呼び付けられたのなんて初めてで……、でぇぇぇぇっ!?)

 足下に目を落としていたシレイアは、何気なく顔を上げた瞬間、その視線の先に予想外過ぎる存在を認めてパニックに陥った。


(こっ、国王陛下!? なんで、どうしてここに国王陛下までいるのっ!? そりゃあ、ここは後宮なわけだし? 陛下がいてもおかしくないかもしれないけど、この場に私が呼び付けられる理由が微塵も推察できないんだけどっ!?)

 絶句して固まったシレイアの様子を見て、エルネストと並んでソファーに座っていたマグダレーナが夫に苦言を呈する。


「あらあら……。相当驚かせてしまったみたいね、可哀そうに。だから陛下にはご遠慮くださいとお願いしましたのに」

「いや、そうは言っても、実際のところを本人の口から直に聞ける機会とあっては、好奇心が抑えきれなくて」

「ごめんなさいね。陛下が同席するなどと、ベタニス局長から聞いていなかったようね」

「いえ、あの……。そもそもどのような用件で私がこちらに出向くことになったのか、全く説明がなかったのですが……」

 辛うじて声を絞り出したシレイアだったが、その台詞を聞いた国王夫妻は揃って苦笑いの表情になった。


「まあ……、そうだったの。ベタニス局長も、少しお疲れだったみたいね」

「君に対しての意地悪とは違うだろうが、少々驚いて貰おうと考えたのかもしれないな」

「取り敢えず、そちらの椅子に座って頂戴。まずお茶を飲んで貰って、気持ちを落ち着かせてから話をしましょう。リステル、お願い」

「畏まりました。すぐにご準備いたします。それではカルバム様、こちらにお座りください」

「ははははいっ!!」

 いまだ同様著しいシレイアだったが、王妃の指示を無視するわけにもいかず、引き攣った笑みを浮かべつつ国王夫妻と向かい合う位置のソファーに腰を下ろした。






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