(22)新たなる一歩

「はぁ……」

 初年度の期末試験が終了し、後は年度末休暇までの期間を残すのみとなった時期。

 学園内のカフェで気の置けない友人達とテーブルを囲んでいた時、エセリアはなにやら考え込んでいたと思ったら、物憂げな溜め息を吐いた。それを見た周囲が、心配そうな顔を向ける。


「エセリア様、どうかされましたか? ご気分が優れませんか?」

「いえ、体調は良いのですが、主だった行事が全て終了しまして、少々気が抜けたと申しますか……」

 苦笑いで弁解したエセリアに、周りも同様の表情で頷く。


「確かに、そうですわね。剣術大会の話が出てから半年、様々な学内の行事をこなしつつ準備を続けて、あっと言う間でしたわ」

「でもその分、とても濃密な時間を過ごせたと思います」

「私も、一気に交友関係が広がりましたもの。その分、思いもかけない視点や意見を目の当たりにして、日々驚きと発見の連続でした」

 楽しげに、また感慨深く語る友人達を見て、エセリアも嬉しそうに微笑んだ。


「皆にそう言って貰えたなら、提案した甲斐があったと言うものだわ」

「ですが相変わらずどなたかは、自分が発案者だと公言しておりますけど」

 忌々しげにシレイアが呟いた途端、その場の空気が一気に冷えた為、エセリアはかなり強引に話題を変えた。


「そう言えば、シレイア。この前の期末試験も、相変わらず学年一位だったのよね? さすがだわ」

「ありがとうございます。……いけない! すっかり忘れていたわ!」

「どうかしたの?」

 いきなり動揺した声を上げたシレイアに、周囲は驚いた表情になると、彼女は申し訳無さそうに言い出した。


「実は期末試験が始まる前に、ローダスから頼まれていましたの。『是非一度、エセリア様と余人を交えずお話したい事があるので、ご都合を聞いて貰えないか』と。それで『学園内だと、誰にどこから見られるか分からないから、できれば休日に公爵邸にお戻りになった時に、時間を取って頂けないか』と言われまして……」

 しかしそれを聞いたエセリアは、鷹揚に頷いた。


「あら、そうだったの。構わないわよ? 一番近い休日だと明後日だけど、その日は一泊してくる予定なの。翌日はお茶会の予定が入っているけど、明後日の午後は空いているから、そこが都合が良ければ歓迎しますと伝えておいて貰えるかしら? ついでに、希望の時間帯も聞いて頂けると助かるわ」

「はい! すみませんでした。急に話を持ち出してしまったのに」

 嬉々として頷いたシレイアに、エセリアがおかしそうに笑いかける。


「大丈夫よ。でもシレイアでも、うっかり忘れる事があるのね。ちょっと可愛いわ」

「かっ、可愛いって! エセリア様!」

 クスクスと笑った彼女を見て、シレイアが僅かに顔を赤くしながら弁解しようとしたが、周りのサビーネ達が便乗してからかってきた。


「確かに、《冷徹才女》っぽくは無かったですわね」

「ええ、可愛いですわ」

「もう! 皆様まで一緒になって!」

 そんな心地良い空気に浸りながら、エセリアは頭の中で冷静に考えを巡らせていた。


(本当は……、来年入学する筈のヒロイン、アリステアへの対策を、この一年の間にしたかったんだけど……。良い考えが浮かばないものだから現実逃避をして、剣術大会の企画運営にのめり込んじゃったのよね……。本当に、どうしたものかしら)

 そんな悶々とした思いを抱えながら、その二日後、エセリアはシェーグレン公爵邸に戻った。

 そして自室に入って制服から私服に着替えるなり机に向かい、何やら紙に色々書きなぐりながら、呻き声を上げ始める。


「う~ん、やっぱり誰のルートに入るか分からないし、対策の立てようが無いのよね。それにグラディクトルートに入ったら、私が全力でバッドエンドを回避すれば良いだけの話だけど、他のルートのライバルキャラの皆も、何とか守らないといけないし……」

「うぅ~ん」

「だけど……」

「そうなのよね~」

「やっぱり取り敢えず、これかなぁ?」

 他人には意味不明な事を呟きながら、没頭してエセリアだったが、暫くして彼女付きの侍女であるルーナが、冷静に声をかけてきた。


「エセリア様。そろそろミラン様とご友人が、お出でになる時間帯ではないでしょうか?」

 それを耳にしたエセリアは我に返り、慌てて時計で時刻を確認してからルーナに微笑んだ。


「ああ、もうそんな時間になっていたのね。ありがとう、ルーナ」

「…………いえ」

 何やら物言いたげな表情で自分を凝視している彼女に、エセリアは不思議そうに尋ねた。


「どうかしたの? 私の顔に、何か変な物でも付いている?」

「いえ、相変わらず整った容姿をお持ちで、黙って笑って座っておられるなら、国内でも一・二を争う程の気品と血統をお持ちの、自慢のお嬢様でございます」

 微妙に抑揚が無い、その物言いに、エセリアの顔が引き攣った。


「……なんだか、妙に含みのある台詞に聞こえるのは、私の気のせいかしら?」

「気のせいではございません。大いに含んでおりますので」

「ええと……、言いたい事があるのなら、はっきり言ってくれて構わないのよ? 私はそれほど、狭量では無いつもりだし」

「そうですか……。それなら遠慮無く言わせて頂きますが……。相変わらず休暇でお戻りの度に、わけが分からない事をブツブツと呟いておられて、不気味なお嬢様だなと思いまして」

 淡々とそんな事を言われて、エセリアは思わず遠い目をしてしまった。


「……本当に遠慮が無いわね」

 しかしそれ位で恐れ入る時期はとっくに過ぎ去っているルーナは、とことん容赦が無かった。


「エセリア様付きになると侍女長からお話があった直後、近日中に寮にお入りになる予定を知って、これでは十分なお世話ができないと嘆いたものでしたが……。寧ろ最初はお休み毎にお世話をして、徐々にエセリア様の無軌道ぶりに慣れさせていこうとの配慮だったのだなと、今でははっきり分かっています。本当に前任者のミスティさんと侍女長には、深く感謝しております」

「何か……、結構酷い事を言われている気がするわ……」

 思わず項垂れたエセリアだったが、ルーナはてきぱきと動き始めた。


「そんな事より、そろそろお支度を。使うお部屋は、第二応接室で宜しいですね?」

「ええ。ああ、それと、そこのピアノは使えるわよね?」

「ピアノ……、でございますか? 申し訳ありません。調律は定期的にしている筈ですが、念の為、執事長に確認して参ります」

「お願いね」

 この一年近くの間に、休暇毎にしか顔を合わせない間柄ながら、ルーナの有能さと勤勉さを既に認めていたエセリアは、急に申し出た事にすぐ対応してくれる彼女に感謝しつつ、これからの予定に意識を向けた。


「さて……、本格的にローダスをこちらの陣営に引きずり込む為に、頑張りますか」

 そんな独り言を呟きながら、不敵に微笑んだエセリアの姿をルーナが目にしたなら、今度は何をしでかす気だと戦慄するに違いなかったが、それを目撃した者は皆無だった。

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