(9)とばっちり
王宮からの至急の呼び出しを受けて出向いたエセリアは、案内役の官吏が自分の予想と異なる方向にどんどん進んで行く為、内心で不思議に思いつつ無言で後に続いた。
「それではアズール伯爵、こちらで両陛下がお待ちでございます」
しかし、彼がある重厚なドアの前で足を止め、それを手で指し示した為、エセリアは益々怪訝な顔になりながら尋ねてみた。
「ありがとうございます。あの……、今日は王妃陛下からの呼び出しで出向いたのですが、後宮でお待ちではないのでしょうか? それに両陛下と仰るからには、国王陛下もおられるのですか?」
「はい。仰る通りですし、こちらの謁見室で間違いございません」
「……そうですか」
真顔で断言され、やはり謁見室だったかと遠い目をしてしまったエセリアから向き直り、彼はドアを開けながら室内に向かって呼びかけた。
「アズール伯爵エセリア・ヴァン・シェーグレン様、ご入場いたします」
その宣言で覚悟を決めたエセリアが室内に足を踏み入れると、正面の一段高い所に玉座が二つ並び、そこでエルネストとマグダレーナが待ち構えていた。更に両脇に一列に並ぶ複数人の男性達と、彼らから少し下がった所に机を並べている書記官達を確認して、エセリアは内心で困惑する。
(うわ……、人数は少ないけど、これは正式な格式を伴った謁見だわ。でも最近、それほど目立つ事をしでかした記憶は無いのだけど……)
内心の動揺は面には出さず、エセリアは優雅な足取りで玉座の手前まで進み、主君に対して膝を折って一礼した。それを受けてエルネストが、彼女に声をかける。
「アズール伯、今日は急な呼び出しにもかかわらず、応じてくれて感謝する」
「とんでもございません。陛下からのお呼び出しとあらば、即刻応じるのは臣下としての務め。更に王都滞在中でありますので、お気になさらず」
「そう言って貰えると、気が楽だがな。それでは今日呼び出した理由だが、国政に関してアズール伯が過剰に干渉したのではないかと言う疑念が生じてな。真偽を確認した上で、そなたへの処罰を検討する必要が出てきたのだ」
「はぁ……、『国政に干渉』で、『処罰を検討』でございますか……」
(本当に何かしら? 全然、心当たりが無いんだけど。それに『処罰』とか言っておられる割には、両陛下のお顔が、どう見ても笑っておられるし)
エセリアはそんな大事に関して全く心当たりが無かった上、壇上の二人の表情に違和感しか覚えなかったが、そんな彼女の困惑を見て取ったように、エルネルトが苦笑しながら臣下を紹介した。
「それでは紹介しよう。こちらの手前に立っている者は、外交局局長のタイラー。隣が民政局局長のグルズだ」
「アズール伯、初めてお目にかかります」
「以後、お見知り置きください」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
そして初対面の挨拶を済ませたエセリアに対して、エルネストが説明を続ける。
「それでだな、実は両名は少しばかり、そなたのせいで迷惑を被っていてな」
「私がお二方に、どのようなご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
「シレイア・カルバムに結婚するように勧め、その彼女から民政局に異動するように迫られたローダス・キリングが、二人に異動を懇願したそうだ」
「……その事でございましたか」
ここで漸く事の次第が呑み込めたエセリアに向かって、主君の前であまり醜態を晒す真似はできないと、できるだけ怒りを押さえ込みながら、タイラーが非難の声を上げ始めた。
「アズール伯。貴殿には官吏組織については詳細をご存じないかもしれませんが、そもそも気軽に他局に異動できるものでは無いのですよ?」
「そうでございますか……。不見識で、申し訳ございません」
無暗に反論したら事がこじれるだけだと悟った彼女は、素直に彼に向かって頭を下げた。すると彼の隣に立っているグルズも、口調を抑えながら抗議してくる。
「加えて、仕事を選べるなどと思っていただいては困ります。官吏は組織の歯車にすぎません。それを適切に配置し、上手く使いこなすのが上司の仕事。それを何とお考えですか」
「……ごもっともです」
「しかもローダスは数ヶ国語を話せる上に、情勢分析にも優れていて、将来外交局を担う一人だと目をかけていたのに。外交局から出してくれと懇願された、こちらの身にもなってください!」
「私も、多大な迷惑を被っております。王宮の職場や家の門前で詰め寄られ土下座され、夜討ち朝駆けが常態化していたのですよ? 一体何をやっているのかと周りから訝しげな視線を浴びていた、私の気持ちがお分かりになりますか!?」
「お二人には、誠に申し訳無く……」
「おまけに国教会のキリング総大司教とカルバム大司教からも、懇願の手紙が山と送られてきまして、対応に大変苦慮しておりました!」
「最後には脅迫めいてきましたよ。内政に影響が出たら、どうしてくださるおつもりですか!?」
「あの……、そこの所は私が責任を持って、国教会との調整を致しますので……」
徐々に局長二人の口調がヒートアップして早口になっていくのに従い、その記録を取る為に控えている書記官達が自分に向けてくる視線に、徐々に怨念が籠ってくるのを感じながら、エセリアはひたすら神妙に頭を下げ続けた。
そしてひとしきり文句を言って気が済んだのか、はたまた単に喉が疲れたのか、二人は顔を見合わせて抗議を締めくくる。
「それではアズール伯。このような騒ぎは、今回限りにしていただきますよ!」
「全くです。冗談ではありません!」
「勿論、同様の騒ぎは繰り返しません。本当にご迷惑おかけ致しました」
エセリアが深々と頭を下げると、局長二人はエルネスト達に断りを入れ、一礼して退出した。それに合わせてエルネストが目線で人払いをした為、控えていた他の官吏達が静かに退出していく。そして室内に国王夫妻とエセリアだけが取り残されてから、マグダレーナが苦笑しながら口を開いた。
「ご苦労様、エセリア。取り敢えずあれで、両名の気も済んだでしょう」
「アズール伯爵、申し訳無い。事が意外に大きくなってしまって、両者から公式の場での抗議とそなたからの謝罪を、断固として要求されてしまってな。先程は処罰に関して口にしたが、事は個人に関する事でもあるし、特に咎めを受けさせるつもりは無い」
申し訳なさそうにエルネストが言葉を添えてきた為、エセリアはすっかり恐縮してしまった。
「いえ、確かにシレイアに余計な事を吹き込んだのは私ですし、前例の無い事態になってしまった責任はきちんと取ります。因みにローダスの異動に関しては、どうなったのでしょうか?」
この間、気になっていた事を控え目に尋ねてみると、エルネストが笑って答える。
「本日、希望通り民政局に移籍した上で、アズール学術院への派遣が決定したそうだ。国外からも人材や文献を集める他に技術や知識を広める上で、語学に堪能、かつ各国の情勢や慣習に詳しい人間が居た方が良いとの判断でな」
「そうでございましたか……。それであればあと一時間位は、両局長のお小言を受けても構いませんでしたが」
「そなたは本当に豪胆だな」
「私は心底、うんざりしましたわ」
笑顔で率直に思うところを述べたエセリアを見て、エルネストが笑みを深め、マグダレーナは溜め息を吐いた。そしてもう話は終わりかとエセリアが考えていると、エルネストが新たな話題を口にする。
「ところで、シレイア・カルバムを呼び出して今回の事について詳細を尋ねた時に耳にしたのだが、アズール伯は自身の領地で、男女平等社会参画特区の成立を目指しているとか」
「陛下には、お耳汚しの事だったかと」
「いいや、実に興味深い。確かに女性にも、男性以上に有能な人間は数多く存在している。私が知っている中で筆頭はマグダレーナで、次はそなただな」
「まあ……、恥ずかしいですわ」
「光栄です、陛下」
「だが重臣や官吏達の中には、『女性に外で仕事をさせる、ましてや政に女性を関わらせるなど以ての外』などと公言する者が、数多く存在している。その特区とやらを成功させ、実績を上げる事を期待している」
予想以上に好意的な主君の言葉を聞いて、エセリアはこれまでに幾度となく疑問に思っていた事を尋ねてみる良い機会かと思い、口を開いた。
「陛下。失礼を承知の上で、一つお尋ねしても宜しいでしょうか?」
「何かな? 遠慮なく聞いて構わない。今この場に居るのは、私達だけだからな」
「陛下が王妃陛下に、以前から公務を丸投げ」
「エセリア」
マグダレーナから鋭い口調で台詞を遮られ、確かに遠慮が無さ過ぎる物言いだったと瞬時に反省したエセリアは、すぐに言い直して質問を続けた。
「もとい、必要以上にお任せしておられるように、お見受けしておりましたが」
「私よりもマグダレーナの方が、何事も上手く回してくれるのでな」
「左様でございますか……」
エルネストは笑顔で応じたが、ここでマグダレーナが額を押さえながら、呻くように口を挟んでくる。
「エセリア。あなたが何をどう考えていたのかは知りませんが、陛下は私に色々お任せになっていても、最後の責任はきちんと取っていらっしゃいます」
「はい、申し訳ございません」
「謝る事は無い。マグダレーナと親しいそなたでもそう思ってくれていたなら、表立って妃を非難する人間など、いないに等しいだろうからな」
「陛下」
おかしそうに笑うエルネストを、マグダレーナが些か険しい表情で窘めるのを見て、エセリアは完全に納得した。
(なるほど。対外的には伯母様に丸投げしているように見えるけど、実際は伯母様に本来の王妃以上の裁量を、フリーハンドで与えているわけね。伯母様が色々革新的な事を考案したり導入しても、それを任せているのが陛下だから、まず陛下に「王妃の勝手にさせるな」と苦情がいくわけで……。これまで陛下の力量と人格を、少し誤解していたわ)
彼女がしみじみとそんな事を考えていると、ここで何故か少々心配そうに、エルネストが声をかけてきた。
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