(13)問題の多い人たち

 カテリーナを筆頭にガロア侯爵家の面々が諸々の事に奔走しているうちに、容赦なく日々は過ぎていった。そしていよいよ彼女とナジェークの婚約披露の日。多くの客を招き、シェーグレン公爵邸で華々しく夜会が開催された。


「皆様、本日は我が息子ナジェークと、ガロア侯爵令嬢カテリーナ嬢の婚約披露の場にお集まりいただき、誠にありがとうございます。今宵は二人をご紹介しつつ、若い二人と親交を深めていただけたらと思います。皆様、今宵はごゆるりとお過ごしください」

 まず主催者であるディグレスが挨拶し、続けてジェフリーが参加者に礼を述べる。両親達の横に立っているナジェークは笑顔でそれを聞き流しながら、前を向いたまま隣のカテリーナに囁いた。


「やはり少し緊張しているかな?」

 少々茶化すような物言いに正直腹が立ったものの、カテリーナも笑顔を崩さず招待客の方に目線を向けたまま囁き返す。


「当然でしょう。両親なら従来の派閥に関わらず、貴族相手なら何らかの面識はあるでしょうけど、私にはこれまで直接のお付き合いがなくて、面識がない方がこの場に相当数いるのよ?」

「その辺りは私がフォローするから安心してくれ。……ああ、親達の挨拶が終わった途端に、勢い込んでやって来たな。あの人達は母方伯父のキャレイド公爵と、ネシーナ夫人だよ」

「あの方なら王妃様の兄上でもあられるから、王宮でお見かけしたことがあるわ。勿論、直接お話ししたことはないけど」

 両親の挨拶が終わると招待客が移動し始め、上位貴族の中でもシェーグレン公爵家の近親者である夫妻が近寄って来た。ナジェークの説明にカテリーナが頷いている間に二人は彼らの前に立ち、キャレイド公爵リロイが満面の笑みで声をかけてくる。


「やあ、ナジェーク。やっと身を固める気になってくれて嬉しいよ。考えの足りない連中から、君に是非自分の娘を勧めてくれと懇願されるのに、いい加減辟易していたからね」

 祝辞と言えるのか微妙な第一声に、カテリーナは思わず溜め息を吐きたくなった。しかし生まれてからの付き合いで慣れているナジェークは、苦笑しながら軽く頭を下げる。


「これまで伯父上に煩わしい思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「全くだ。大体、お前が他人の言いなりになって妻を決めるような人間なわけないだろうに。そんな事も理解できない馬鹿どもとは最低限の付き合いにするか、この機会にきっぱり縁を切ったからな」

「一見博愛主義者なのに、辛辣で容赦がないのは相変わらずですね。伯父上のお眼鏡に適わなければ、カテリーナも即座に切り捨てますか?」

「当然だろう」

(さすがナジェークと血の繋がった伯父様だわ。もうこの程度の事で、一々動揺はしないけど)

 堂々と主張するリロイに、ナジェークは苦笑を深める。カテリーナは一連のやり取りを笑顔を保ちながら無言を保っていたが、ここで男達を窘める声が発せられた。


「あなた、ナジェーク。祝宴の挨拶としては相応しくありませんよ? それにカテリーナさんへの挨拶がまだです、いい加減になさい」

「うん? そうだったかな?」

「全く、あなたときたら……」

 ここで溜め息を吐いたネシーナは、カテリーナに向き直って笑顔で語りかけた。


「カテリーナさん、この度はご婚約おめでとうございます。ナジェークの義理の伯母になる、ネシーナ・ヴァン・キャレイドです。これから親戚としてよろしくお付き合いください」

 今度はごく真っ当な挨拶だったことで、カテリーナは(夫婦揃って面倒くさい方でなくて良かった)と内心で些か失礼な事を考えながら、笑顔で挨拶を返した。


「カテリーナ・ヴァン・ガロアです。ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

「先程、夫が不穏な事を口にしていましたけど、そもそもあなたをナジェークの結婚相手として認めないなら、この場に出席しておりませんから安心してね?」

「そうなのですか? それはありがたいですが」

 双方が苦笑しながら言葉を交わしていると、横からリロイが不満げに口を挟んでくる。


「おい、ネシーナ。あっさり暴露するな。手始めにナジェークと一緒に、少しからかってやろうと思っていたのに」

 しかしそんな夫の言葉を、ネシーナは切って捨てた。


「これからあなたに夫婦揃って散々弄ばれることになるのですから、最初の顔合わせくらい平穏に済ませておくべきです。カテリーナさん、聞いて頂戴?」

「はい? 何をでしょうか?」

「この人ったら、昨年からあなた達の事を探っていて、ナジェークが裏でやっていたあれこれを承知していたのよ? ここだけの話だけど、エセリアが裏で糸を引いていたあれこれもね。私が教えて貰ったのは、ごく最近だったけど」

「……昨年から、ですか」

「あの……、エセリアの事も、ですか? それでは王妃様には……」

 声を潜めながらネシーナが暴露した内容を聞いて、カテリーナは思わず遠い目をしてしまった。一方でナジェークが慎重に確認を入れると、リロイはあっさりと笑い飛ばす。


「そんな事、マグダレーナに知らせたら、即座に止めさせるに決まっているじゃないか! どうしてこんな面白い事を周囲に吹聴して、事前に潰すような真似をしないといけないんだい?」

「そうですか……」

「それに最近のゴタゴタで、社交界を一気に再編できそうだから願ったり叶ったりだからね。君達の水面下の働きのお陰で、本当に笑いが止まらないよ。持つべきものは優秀な甥と姪だな」

「あなた……、身も蓋もありませんわよ? それではまた後で、ゆっくりお話ししましょう」

「はい、また後程」

 すこぶる上機嫌に挨拶を済ませて、リロイはネシーナを連れてその場を離れていった。その背中を見送りながら、ナジェークが溜め息まじりに弁解する。


「カテリーナ。伯父上は昔から、面白い事が大好きなたちでね」

「実の伯父様を、その一言で括ってしまうのはどうかと思うわ。それに、あなたも同類ではないの?」

「否定はできないな」

「ここはできれば否定して欲しかったわね……」

「すまないね。正直なたちで」

「『正直』という言葉に謝りなさい」

 そこで下手に弁解などせず苦笑いしたナジェークを見て、カテリーナは本格的に頭痛を覚えた。


「とにかく、今後キャレイド公爵に、夫婦揃って弄ばれるだろうという事は分かったわ」

「まあ……、確かにそうなるだろうが、根は悪い人ではないから」

「覚えておくわ。気休めにもならないけど」

 そんな会話を済ませてから、カテリーナはナジェークとともに入れ代わり立ち代わり訪れる招待客と、挨拶を交わしていった。

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