(34)負けず嫌いな奥様

「これより、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンとカテリーナ・ヴァン・ガロアの、婚姻の儀を執り行います」

 厳かなキリングの宣言と共に大聖堂内が静まり返り、キリングから婚姻にふさわしい祝福の言葉が述べられ、続けて二人の人生に恵みがあるよう、神に祈りをささげる。その一連の流れの中、ナジェークとカテリーナはキリングとは主祭壇を挟んで並んで立ち、傍目には神妙にそれに耳を傾けていた。


(うぅ……、緊張する。出席者の視線が気になるし、ナジェークが何か企んでいる気がして、安心できない)

 出入り口のドアからこの主祭壇前に至るまでに確認した、通路の両側の座席に控えている家族や親族、友人達の様子を思い返しながら、カテリーナは一人考え込む。


(でも事前にキャレイド公爵の話をしておけば、ナジェークがやりそうな事を推察できて、なんの予備知識もないよりましだから、わざわざこのタイミングで話してくださったのかしら? ありがとうございます、総大司教様。おかげで心構えができました)

 隣に立つナジェークを横目で見てから、カテリーナはキリングに視線を戻し、心の中で礼を述べつつ密かに気合を入れた。


「それではこれより、新郎新婦の宣誓に移ります。お二人はこの聖書に手を乗せてください」

 長いキリングの話が終わり、彼が自分の手前にある主祭壇に載せられていた聖書を手で示しながら、主役の二人に促した。それに従い、ナジェークとカテリーナは、目の前の聖書にそれぞれ片手を乗せる。


「それではまず新郎から、私の言葉を復唱してください。私、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンは、神前で以下の事を誓います」

「私、ナジェーク・ヴァン・シェーグレンは、神前で以下の事を誓います」

 キリングの台詞に続きナジェークも復唱したが、予定通りだったのはここまでだった。


「常に」

「自分自身を信じる以上にカテリーナ・ヴァン・ガロアを信じ、これまで自分が愛してきた家族や友人達以上に彼女を愛し、彼女が為すべき事のために全力で彼女を助け、また彼女の助けを得てこれまで以上に国に忠誠を誓い、万人が幸福を感じる成果を上げる事を、ここに誓います」

(ちょっと! 延々と愛を語るよりはましだけど、せめて大司教様の台詞が終わってからにしなさいよ!! 失礼でしょうが!!)

 明らかにキリングの台詞を遮り、自分がいいたいことを滔々とナジェークが述べてしまったことで、カテリーナの顔が僅かに引き攣った。更に自分の背後から困惑する気配が伝わってきたことで、頭を抱えたくなる。


「え?」

「あの……、今のは……」

「普通は、もっとシンプルな……」

「これで良いの?」

「総大司教様のお言葉を完全無視……」

「あり得ない……」

 しかしキリングの笑顔は全く変わらず、先程と同様の声で広い大聖堂内に宣言した。


「それでは続きまして、新婦に宣誓をしていただきます」

「………………」

(さすが総大司教の貫禄。自分の台詞を無視されてもスルーなのね。それにざわめいたのは招待客だけで、総主教会の方々は微塵も動じていないわ)

 まるで何事もなかったかのように笑みを崩さないキリングを見て、招待客達が瞬時に静まり返る。


「それでは、始めます。私、カテリーナ・ヴァン・ガロアは、神前で以下の事を誓います」

「私、カテリーナ・ヴァン・ガロアは、神前で以下の事を誓います」

(うん、大丈夫。言えるわ。総大司教様も容認してくださるみたいだし)

 ここでカテリーナがキリングと視線を合わせて様子を窺うと、彼は「分かっております」とでも言うように、笑顔で小さく頷いてみせた。それでカテリーナは気負いなく、頭の中で確認した文章を口にする。


「自分自身を信じる以上にナジェーク・ヴァン・シェーグレンを信じ、これまで自分が愛してきた家族や友人達以上に彼を愛し、彼が為すべき事のために全力で彼を助け、また彼の助けを得てこれまで以上に国に忠誠を誓い、万人が幸福を感じる成果を上げる事を、ここに誓います」

 文字通りのぶっつけ本番ではあったが、取り敢えず間違えずに言えたと確信したカテリーナは安堵の溜め息を吐き、ナジェークはそんな彼女を見て微笑んだ。そしてキリングはひときわ大きな声で、会場内の者達に宣言する。


「天上の神々もご照覧あれ。今ここに、若い二人の婚姻の宣誓がなされました。ただいまこの瞬間から、この二人は神の名の下に夫婦と相成ります。皆様、盛大な祝福の拍手を、二人にお贈りください」

 それと共に数多くの拍手が湧きおこり、ナジェークとカテリーナは背後に向き直り、出席者に向かって感謝の気持ちを込めて一礼した。


「お疲れ様」

「気苦労の半分はあなたのせいよ」

「しかし、咄嗟に合わせてくれるとは思わなかったな。君は普通の言葉でも良かったのに」

「そうしたら、負けを認めるようで嫌だもの」

「やれやれ。私の妻は、相当な負けず嫌いだったらしい」

「あら、知らなかったの?」

(それに、さっきの宣誓の言葉は、本心から言ってくれたことだと分かっているしね)

 二人揃って頭を上げてからナジェークに軽く文句を言ったカテリーナだったが、勿論本気ではなかった。ナジェークもそれは分かっていたらしく、満足そうに笑うだけだった。

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