(14)アクシデント発生

 帰宅すると居間の方から人の声がしたので、ルーナは何気なく居間に足を向けた。


「ただいま」

 ルーナがドアを開けて声をかけると、何故かいつもなら店にいるはずのゼスランを初め、ネーガスやアルレアまで困惑した顔で勢揃いしていて戸惑ってしまった。


「おねえちゃん! ごめんなさいぃ~!」

「あの、ルーナ! 本当にごめんなさい! アリーは悪くないのよ!?」

「うん、悪いのは俺だから! アリーを怒らないでやってくれるかな!?」

 自分の姿を見るなり泣き叫びながらアリーが駆け寄ってしがみつき、リリーとカイルが必死の形相で懇願してきたことで、ルーナは混乱した。


「え、ええと……、あの、一体、どうしたんですか?」

 周囲に説明を求めると、ラングが溜め息を吐いて手にしている本を開きながら

、ルーナに差し出してくる。


「これだよ」

「これって……、え? どうして破れてるの?」

「うわぁあぁ~ん!」

 開かれたページが中心に近いところから下に向けて半分程が破れており、ルーナは驚いて思わず口に出した。するとアリーが益々泣きじゃくり、ラングが事態の説明をする。


「簡単に纏めると、アリーがここで本を読んでいたら、姉さんのラブレターを見つけたと騒ぎながらカイルが乱入してきて、それを姉さんが追いかけて取り合いになって、アリーが本のページをめくろうとした時に二人がぶつかって倒れ込んで、アリーの肘を身体で押して、破いてしまったんだ」

「ふぇえぇっ」

「ああ……、そういうことですか。運が悪かったですね」

 容易にその光景が騒動できたルーナは、納得して頷いた。そして思わず(リリーお姉さんに恋人がいたんだ。知らなかったな)などとこの場に関係ないことを考えていると、リリーとカイルが神妙に謝罪してくる。


「本当にごめんなさい。カイルに掴みかかったら、バランスを崩して倒れてしまって」

「いや、そもそも、僕が姉さんの書きかけの手紙とか、勝手に持ち出さなければ良かったわけだから」

 家族全員が沈鬱な表情になっている情況をなんとかしようと、ルーナはなるべく明るい表情で皆を宥めてみた。


「あの……、確かに借り物の本の破ってしまったのはまずいと思うけど、そんなに大騒ぎしなくても……。明日、私がちゃんと謝るから」

「でもっ、おじさんとおばさんが、いってた。ふえっ……、おやしき、こわいおばさんが、いるって。うえぇっ、お、おねえちゃん……、おこられちゃうぅ~」

「いや、確かに少々厳しい人がいるとは言ったが。ルーナの言うとおり、そこまで責任を追及されることはないかも……」

「そ、そうよね。少し破れてしまったけど、無くしたとかバラバラになったわけではないし……」

「ふぅえぇぇっ」

(多分、伯父さんと伯母さんがメイド長の話をしていたのを聞いていたんだろうけど……。確かに厳格な人みたいだし、否定できないなぁ……)

 焦って弁解する伯父夫婦を眺めながら、ルーナはこれからどうするかを考えた。しかしここでネーガスが、話をまとめにかかる。


「破ってしまったものは仕方があるまい。正直に謝罪して、弁償するしかあるまいな。ルーナ。明日屋敷に持っていって、謝りなさい。本を借りてきたのはお前なのだから、これはお前の責任だ」

「はい、その通りです」

「そんな!」

「おじいちゃん!」

 厳しい口調で言い渡したネーガスに、周囲から悲鳴じみた声が上がる。


「叱責されるのを回避するために知らぬふりして破れたまま返却するとか、新しく買った本と差し替えて知らぬふりをするなど、間違ってもご領主様に対して失礼なことをするなよ?」

「はい。そうします。早速明日、謝りますから」

「そうしろ。それならいつまでも騒いでいないで、さっさと夕飯にするぞ。アリー、泣くのは止めろ。お前が泣いていても、本は元に戻らん」

「…………っ、うん」

「…………」

(おじいさんの言うことはもっともだし、取り敢えずアリーが泣き止んだからこの場は良いか。後で部屋に戻ったら、改めて宥めよう)

 厳めしい顔つきのネーガスに言われ、アリーはなんとか涙を引っ込めて頷いたが、室内の殆どのものがネーガスに責める視線を向けた。



 結局、一家は重苦しい空気のまま夕食を食べ終えたが、アリーはすぐに部屋に引きこもり、ルーナも一緒に部屋に入った。それからなんとか宥めてアリーを寝付かせたものの、翌朝になってもアリーは起きてこなかった。


「アリー、朝よ」

「…………」

 お屋敷勤めを始めて以降、それを口実に、せめて朝はゆっくりしなさいと伯父達に言い聞かされたルーナは、アリーと共に朝の支度はしなくなっていた。そして朝食の時間に合わせて着替えを済ませたが、声をかけてもアリーがまだ布団をかぶってぐすぐずしているのを見て、少々厳しい口調で言い聞かせる。


「アリー。具合が悪いなら仕方がないけど、そうじゃないなら朝ご飯を作ってくれた伯母さん達に失礼よ。起きなさい」

「……おきる」

「じゃあ、着替えて食堂に行くわよ」

 泣きはらした目で起き出した妹を可哀想に思ったものの、ルーナは心を鬼にして妹を促しつつ食堂に向かった。

 食堂でも沈んだ表情のアリーは無言のまま食べ進め、周囲もそんな彼女を気遣って室内には重い空気が漂っていた。そして食べ終えると再び部屋に籠ってしまった。


「リリーお姉さん。アリーのことをお願い」

「分かっているわ。ちゃんと様子を見ているから、心配しないでいってらっしゃい」

 妹が心配だったもののルーナは時間が迫っていたため、アリーのことをリリーに頼んで屋敷に向かった。そして出勤したルーナは、真っ先にアネッサに相談した。


「アネッサさん。ちょっとご相談があるんですが」

「あら、どうしたの?」

「実は……、これを家に持ち帰っていたんですが……」

 本を差し出して問題のページを開くと、アネッサは僅かに驚いた表情を見せて納得した。


「あら……、破れてしまったのね。でも、あまり気にしなくても良いと思うけど」

「一応、お詫びした方が良いと思いますので。この管理をされているのは、執事長でしょうか? メイド長でしょうか?」

 ルーナが神妙に尋ねると、アネッサはあっさりと指示を出した。


「それに関してはメイド長よ。じゃあ早いうちに謝って来なさい」

「構わないですか?」

「ええ。何か聞かれたら皆には事情を説明しておくし、悶々としながら仕事をされるより、しっかり気持ちを切り替えて働いて貰った方が良いわ」

「すみません。それでは少し時間を貰います」

「行ってらっしゃい。わざと破ったわけではないだろうし、メイド長だってあまり厳しく怒ったりしないわよ。あまり心配しないで」

 笑顔のアネッサに見送られて幾分心が軽くなりながら、ルーナは本を抱えてケイトが仕事をしている部屋に向かった。

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