(3)一致団結シェーグレン公爵家

「シェーグレン公爵、エセリア嬢! 審議の場など設けるのはお止め下さい!」

 血相を変えて現れるなり、大声で訴えたバスアディ伯爵ダレンに対し、ミレディアが不愉快そうに顔を顰めながら冷たく言葉を返した。


「まあ……、聡明で名高いバスアディ伯爵の物言いとは、とても思えない仰りようですこと。審議の場を設けるとご裁可されたのは、両陛下ですのよ? 私達には何ともできませんわ」

「しかしですな! ご本人や公爵が、その必要なしと申し出れば!」

 必死に言い募った彼の台詞を、コーネリアが容赦なくぶった切る。


「どうしてそんな事を、父や妹が両陛下に対して申し出る必要がありますの? 今回の件を有耶無耶にしたら、シェーグレン公爵家とエセリアの名誉が傷付くだけですわ」

「それはそうですが! もし仮に婚約破棄などとなったら、エセリア嬢に一片の非が無くとも、新たな結婚相手など容易に見つかりませんぞ!」

 そんな恫喝めいた台詞にも、エセリアは毅然として言い返した。


「それが何か? あのような謂われのない誹謗中傷を受けてなお、黙って殿下と結婚する位なら、一生独身で後ろ指をさされる方がはるかにマシです。少なくとも、心穏やかな人生が送れる事は確実ですもの」

「そんな……。お考え直し下さい、エセリア嬢!」

 愕然としながらも、まだ往生際悪く自らの保身の為に翻意を促すダレンに対して、ここで周りから失笑気味の声がかけられた。


「しかしバスアディ伯爵は、随分余裕がおありですな。自家の存続が怪しくなっている時に、エセリアの心配までできるとは」

「は? どういう意味でしょうか?」

 思わず怪訝な顔で問い返した彼に、ディグレスが少々わざとらしく驚いてみせる。


「おや、お分かりにならない? 残念ながらグラディクト殿下は、公の場であのような騒ぎを起こしたあげく、見当違いの誹謗中傷をした責任を取って、廃嫡されるのは確実でしょう」

「ですからそれは! シェーグレン公爵のお力で何とか!」

 そこでさり気なくミレディアが口を挟んでくる。


「しかしこの場合、廃嫡だけで済むかどうか……。王族の籍を抜いて、臣籍降下をされるやもしれませんわね」

「その場合の受け入れ先に、真っ先に家名が上がるのは、やはりバスアディ伯爵家でしょう」

「それが妥当でしょうね。現に伯爵は、殿下の実の伯父上でいらっしゃいますし」

「…………」

 母に続いて、ナジェークとコーネリアがさり気なく指摘すると、ダレンは口を噤んで険しい表情になった。そこでコーネリアが何気ない口調で、父親に問いかける。


「ですがお父様、この場合、バスアディ伯爵家の後継者はどうなりますの? 確か伯爵には、れっきとした後継者がいらした筈ですが」

 それにディグレスが、真面目くさって答える。


「それはそうだが、まさか元王子殿下と養子縁組をして、その人物を飼い殺しと言うわけにもいくまい? 当然、次期当主はグラディクト殿下になるだろうな」

「もしくは伯爵に隠居するように指示が出て、殿下が即刻バスアディ伯爵家の当主に収まるでしょうね」

「あら、そうなのですか。でもそれは、シェーグレン公爵家にもクリセード侯爵家にも全く関係がありませんから、どうでも宜しいですけど」

「そうですね、姉上。我が家には微塵も関係ありませんから、どうでも良い事ですね」

「…………」

 そして完全に表情を消したダレンの前で、如何にもわざとらしく「あはは」「うふふ」と笑っている兄と姉を見ながら、エセリアは僅かに顔を引き攣らせた。


(うわぁ……、普段温厚なお父様とお母様がいつに無く好戦的だし、お姉様とお兄様がいつにも増して辛辣過ぎる。バスアディ伯爵、相手が悪かったわね)

 エセリアが軽く彼に同情したところで、ナジェークが何やら思わせぶりに言い出した。

「ですがバスアディ伯爵家が、この災難を回避する方法が、無いことも無いのですが……」

 その台詞に、ダレンがすかさず食いつく。


「ナジェーク殿、それは本当ですか!? 一体、どうすれば!」

「殿下はエセリアとの婚約を破棄して、ミンティア子爵令嬢と婚約すると宣言したのですよ? ですから、ミンティア子爵家に責任を取らせれば良いだけの話ではありませんか」

「え?」

「殿下がミンティア子爵家と養子縁組した上で、アリステア嬢と結婚してミンティア子爵家を継承する。何か問題でもありますか?」

「いや、全くその通りですな! さすがは英邁と誉れ高いナジェーク殿です!」

 一瞬戸惑ったものの、ナジェークの主張を聞いたダレンは歓喜の叫びを上げた。しかしその賛辞を鼻で笑うように、ナジェークが続ける。


「ただしこれは、あなたとミンティア子爵の間に、繋がりが無いときちんと判明した場合に限りますが」

「はい? それはどういう意味ですか? 我が家とミンティア子爵家などとは、微塵も関係がありませんが」

「関係がないですと? それは随分と面妖な話ですな。あなたはミンティア子爵と組んで、我がシェーグレン公爵家を嵌めようとしたのでは?」

「そんな! 滅相もありません!」

 ここで唐突に口を挟んできたディグレスにダレンは顔色を変えて反論したが、彼の主張は全く周囲に受け入れられなかった。


「エセリアと我が家の評判に傷を付け、王太子の婚約者に自分の娘を送り込み、内政に多大な影響を及ぼそうと企む。こんな大それた事を、末端貴族のミンティア子爵が単独で行うと?」

「とても信じられませんわ。現時点でそれなりの権力を持つ、どこぞの家が背後に付いていると考えるのが自然ですね」

「エセリアが王太子妃になれば、我が家の影響力が増すと考えたあなたが、ミンティア子爵を抱き込んで、我が家を陥れようと企んだと言うのが、可能性としては一番ありえますが」

「誤解です! 本当に私はあの家とは無関係で、シェーグレン公爵家に対してそのような不敬な事は!」

 目を血走らせ、髪を振り乱してダレンが訴えたが、そんな彼にコーネリアとナジェークがとどめを刺した。


「ですから父が先程、随分余裕がおありだと申し上げたのです。こちらに見当違いの懇願をする暇があったら、そちらの家とミンティア子爵家が無関係である事を証明しないと、益々状況が悪化するでしょうね」

「例え本当に無関係であっても、ミンティア子爵が責任逃れの為に『バスアディ伯爵から、娘を王太子妃にするとの内約を得ている。今回の主導者は伯爵だ』などと証言したら、一大事でしょう。下手をすれば騒乱罪や国家反逆罪の首謀者と見なされて、息子に家を継承させる事ができるか否かの話を通り越して、伯爵家自体が存続の危機ですね」

「……っ! し、失礼する!」

 事の重大さを漸く悟ったらしい彼が、真っ青な顔で踵を返して駆け去って行くのを、エセリアは呆然としながら見送った。


(うわぁ……、迂闊と言えば迂闊だったわね。衆人環視の中で婚約破棄宣言をさせれば、後からこっそり撤回して矛を収めるのは無理と思ったけど、政治的思惑が絡んでくるのを、すっかり忘れていたわ)

 密かに冷や汗を流したエセリアだったが、彼女の家族はいつも通りの笑顔で動き出した。


「やっと鬱陶しい方が居なくなりましたわね。お父様、お母様、また顔を出しますわ。ライエルを待たせているので」

「ああ、また後でな。それではミレディア、皆さんにご挨拶してこようか」

「ええ。ナジェーク、今夜はエセリアに付いていてね?」

「分かりました。それじゃあエセリア、何か飲み物でも飲みながら、のんびりしようか」

「え、ええ……、そうですね」

 とにもかくにも大広間では、先程の衝撃が徐々に収まりつつあったが、王宮の一角では怒号が湧き起こっていた。



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